十二の刃《Ⅰ》
ラウサーの魔法によって、隆起した大地の上を彼女は駆け抜ける。
手綱を握り、愛馬と共に異形が犇めく戦場を駆ける。
砂埃を挙げながら、大型の足元を抜ける。中型の真横を通り抜け、邪魔な小型を手に持った武装で吹き飛ばす。
紫色の稲妻を走らせ、遠く離れた異形ですらその稲妻の餌食にする。
手綱を器用に動かし、後ろの騎馬隊に指示を飛ばしながら彼女はこの戦場を駆け抜ける。
吹き抜ける風に茶色に染まった髪が揺れ、その神々しくも鋭い黄眼が敵の穴を見定める。
「――崩すッ!!」
剣が一閃、途端に横並びであった大型が膝を付いて倒れる。
たった一振りで、大型異形種の硬い《防壁》と《障壁》を粉砕する。
手を付いた大型の真横から移動し、正面から再び剣を振るう。
立ち上がる異形の体が真っ二つに両断され、彼女が馬を走らせた道は灰一色に染まっている。
「殺せ、殺せ!! さっさと、殺せッ!!」
「声を荒げて、小物ね――」
異形種へと命令を飛ばし、砂埃の中で次々と消える異形を前にトレファが焦る。
愛馬を走らせ、単騎で油断したトレファの首を狙う。
振るった刃が虚空を切り裂き、彼女の舌打ちがその結果を物語る。
剣先に僅かに付着した血を振って飛ばす。首筋を押さえて、手に流れた血を見て苛立つトレファを彼女は笑う。
「……首の皮が1枚切れただけでしょ? それとも、そんなに痛かったかのかしら?」
「女狐の仲間……女狐なら、女狐らしく。男に腰でも振って、媚びてれば良いんだよッ!!」
女狐――。決して人を褒める時に使われる言葉ではない。
その上、媚を振り撒け――と、トレファは軽々しくも口にした。
振り上げた剣に、これまでの憎悪が込められる。
一族の中で、落ちこぼれで誰の目にも止まらず。誰一人にも認められず孤独であった彼女――
命の危機から自分の奥底に眠る力に目覚め、自分を制御出来ずに目に付く全てを破壊した。
目の前の命の危機から脱しても、今度は外の世界で《害獣》として誰かから駆除される。
生きていても、孤独。死んでも孤独な彼女に、未来は手を伸ばして優しく寄り添った。
誰でもない。他人である筈の自分の為に、笑ってくれた――
チョロい――。そう言われても仕方はない。
だが、彼女の《孤独》であった心の穴を埋めた。誰でも出来る事だが、誰もしなかった。
見て見ぬ振りをして、自分から遠ざかる。そんな孤独な世界、灰色の世界で――未来だけが太陽であった。
そんな光である未来をトレファは侮辱した。心の底から敬愛する彼女の《太陽》を――
「誰を……侮辱したのか?」
振り払った剣先が、異形が崩れて降りかかる灰を吹き飛ばす。
彼女、南共子は――自分を救ってくれた彼女を敬愛している。
故に、未来やその仲間達をバカにされるのは、断じて許さない。
「――断頭」
構えた剣の先に魔力が込められる。
トレファが危機を察知し、中型、小型、特異型が盾役としてトレファの前へと並ぶ。
だが、共子の放った斬撃はそれら全てを一刀両断する。
綺麗な断面で、灰化するのが僅かに遅れる異形種達がトレファの前で消える。
ようやく理解した。彼女が、この軍団の最強なのだと。
「……なるほど、貴様がこの軍団の頭か……」
「はぁ? 何言ってんの? 私は――第三師団の師団長だ。ただの師団長だ」
背後から第三師団と呼ばれる共子の部隊の一部が合流する。そこで、冷静さを取り戻した共子がその場から去って行く。
トレファの命を取るのでも、目の前の異形を殲滅するのでもなく。
ただ、真っ直ぐ前進する。ただ、それだけであった。
――見逃された。そう捉える事も出来るが、それ以上に彼女達の一団はおかしかった。
倒せる筈の異形も倒さずに、目の前の進路を妨害する異形だけを切り捨てる。
彼女の後に続く他の一団も似たようなものであった。彼女達の様な機動力は無く。
徒歩の為か、異形を倒す数は多い。だが、それでも異形との戦いは最小限に留めている。
まるで、他に狙いがあるかのように――
「アイツらの進む先は……倭…。ならば、倭を先に潰すだけだッ!!」
指示を受け、数体の大型異形種が開口部に魔力を凝縮する。
真っ黒な球体が形成され、真っ黒な稲妻が大気に走る。
黒やメリアナが扱った漆黒の魔力とほぼ同質の魔力性質が形成される。
それが1体ではない。数十体と横並びになって、倭を狙う。
トレファの指が鳴らされ、異形の開口部から魔力砲が放たれる。
遠く離れた倭の地へと極大レーザーが迫る。だが、黒焔騎士団は誰一人そのレーザーに見向きもしない。
その異変にトレファがいち早く気付く。そして、その正体が連なるレーザーの前に躍り出る。
「……返すぜ、1つ残らずな――」
躍り出た人影が、レーザーを全て殴り飛ばす。
あり得ないと思われるが、それを現実に目の当たりにしている。
拳一発によって、異形が放った極大レーザーが湾曲させられ、こちらへと跳ね返される。
レーザーの着弾によって、異形は頭部を無くして灰となる。
だが当然、跳ね返した方も無事ではない。
しかし、実際にその男は平然とやり遂げていた。誰かを殴るように壁やサンドバッグを殴るように――
拳による打撃一つで、魔力砲を湾曲させる。例え、異種族の者でもそう簡単に出来る訳がない。
まして言えば、出来たとしても腕の1つは消えている。否、消えていなければならない。
腕が無傷なのは、生物学上あり得ない。にも関わらず――
「ん? 自己紹介でもしといた方が良かったか? まぁ、どうせ……ここで死ぬのに変わりわねーけどな」
その男は、赤い短髪を風に僅かに揺らしながら、緑眼をもて灰一色に染まった大地を見下ろす。そして、その大地を這いずり回る異形種に狙いを定める。
 




