缶コーヒーに一輪の花を
大学に向かう途中、ふと視界に入る。
街路樹の根元に、缶コーヒーが置かれ、飲み口から花が一輪生えていた。道路の傍にあることで、意味はすぐに判った。
気付いて気分のよいものではない、と通り過ぎた。
数日後、花はまだあった。ふと足を止める。
ゴミと間違えたフリをして捨てるか悩む。
「可哀想にねぇ」
「え?」
びくりとして隣をみると、お婆さんも花を見つめていた。
「毎年、女の子が手向けていくの。缶コーヒーを飲んでから、花をいけてねぇ」
缶コーヒーを飲んで顔を歪めるのが、見ていられないのだとお婆さんは言う。
気になったと思い、話しかけてくれたらしい。された誤解が気まずくて、立ち去ろうとした。
「落としたわよ」
落とした学生証を、お婆さんは拾ってくれた。
「素敵なお名前ねぇ」
「ありがとうございます」
礼を言って、その場を去った。
翌日には、花が消えていて、ほっとした。
一年後、その場所には少女がいた。高校生ぐらいの少女だった。
缶コーヒーと一輪の花を持っている。
無視することができず、声をかけた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃんが好きなブラックが、飲めないんです……」
確か去年も同じ無糖だった。彼女が顔を歪めていたのは、コーヒーが苦かったせいなのか。
「俺飲めるから、代わりに飲もうか?」
「代わりになってくれるんですか?」
「うん」
花を煩わしく感じてしまった罪悪感から申し出ると、少女はぱっと表情を輝かせた。
純粋な親切心でないことに苦笑しつつ、缶コーヒーを飲み干す。
空になった缶コーヒーを受けとると、少女は街路樹に向き直った。
「今日誕生日なんです。お兄ちゃんは私のケーキを受け取りにいくためにこの道を通って……」
途切れた先は聞かずとも、解った。少女は、缶コーヒーをコンと置いた。
「ケーキなんていらないから、お兄ちゃんを返してって、ずっとお願いしていたんです」
自分の誕生日を喜ぶこともできずにいたのかと思うと、さすがに良心の呵責に苛まれる。
少女が、缶コーヒーに花を挿した。同時にぐらりと視界が揺れた。立っていられず、がくりと膝をつく。
「ありがとう。海里お兄ちゃん」
少女は、とても嬉しげに笑っていた。しかし、いつ自分は彼女に名前を名乗ったのだろう。
「誕生日おめでとう。結香」
するりと祝いの言葉がでた。一体、いつ自分は彼女の名前を知ったのだろう。
「とっても嬉しい誕生日プレゼントだわ」
再会の抱擁をする兄妹の姿があった。
俺の意識は、そこで途絶えた――