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英雄堕ち  作者: 暦師走
9/16

9.一点突破

 荒野に積もる灰は、巨人が練り歩く度に振動で震えた。

 1歩踏み出すごとに粉塵まで巻き起こり、地表が瞬く間に覆い隠されるからだろう。

 赤い双眸を巡らせても標的を一向に捉えられず、そこらで転がる巨石を時には跨り。

 あるいは垂直に立っているものを掴み、裏側にいないか何度も確かめていた。


 それでも見つからない相手に、続けて別の場所へ視線を向けようとした時だった。

 直後に片足が膝まで地面に沈むと、巨体がグラリと前に傾く。


 咄嗟に腕を突き出して倒れるのを防ぐが、それまで天を仰ぐほどの高さにあった巨人の頭は、おかげで今や地上近くまで迫っていた。


 すると荒野の灰が突如盛り上がり、飛び出したロットが勢いよく杖を伸ばした。


「<ファイヤーランス>っっ」


 全身に積もった灰を払うように唱えれば、炎の一閃が真っすぐ巨大な顔を貫いた。


 如何に巨人と言えど、所詮は元“生物”。

 攻撃が必ず通るであろう目論見は当たり、容赦のない一撃に反応する時間もなかったのか。

 巨人は特に抵抗する素振りを見せなかったが、一方でダメージを負った様子も感じられなかった。

 

「……そういえばジンさんが以前調査して、亡者は頭を落とさないと死なない、とおっしゃってましたね。この程度の火では、流石に倒せませんか」


 轟々と傷跡が燃えさかっているのに、巨人はいまだ怯まずにロットを見下ろしてくる。

 

 如何に巨人と言えど、所詮は元“生物”。

 亡者となった今、重傷の1つや2つで怯む相手ではないだろう。

 

 途端に自分が非力に思えて、あまりの迫力に体まで硬直しかけた刹那。

 おもむろに巨人の腕がピクリと動けば、咄嗟に火炎球を再び顔めがけて打ち込んだ。

 視界を塞いだ隙に巨石の裏へ避難するも、直後に背後で激しく拳が叩き込まれる。

 振動と衝撃で思わず転びかけたが、幸い目的地に身を隠すことには成功した。


 その間も巨人は呻きながらロットを探すも、当人はすでに灰の下へ潜って姿をくらましたあと。

 足踏みと叩きつけで何度も危機に晒されたが、やがて敵の足元が再度灰に沈みこんだ。


 それを合図にすかさず魔術を放ち、その後も執拗に奇襲戦法を繰り返したからだろう。

 業を煮やした巨人が雄叫びを上げるや、両腕で頭上を一心不乱に掻き回し始めた。

 まるで雨乞いをしているように見えたが、その指先へ徐々に光が集まってきたのも束の間。

 暗闇しかなかった夜空から、次々と“星”が地上に降り注いだ。


 初めは幻想的にすら思えた光景も、やがて迫った光が家屋並みの大きさだと気付けば、流石にのんびり眺めている場合ではない。

 ただちに走り出せば火山岩の如く一帯に降り注ぎ、近くに落ちれば軽々と体が浮かされた。

 


 地上めがけて降下する流れ星の群生に、自分の足では決して逃げられないと悟った最中。

 ふいに体がヒョイっと持ち上げられると、知らぬ間に接近していたジンに連れ去られていた。

 おかげで危険地帯が徐々に離れていくも、空はいまだに凶悪な光を煌めかせてやまない。

 

「で、どうすんだ?全然効いてるようには見えなかったぜ。戦闘員さんよ」

「ボクが出会う相手に毎回勝てるような強者なら、今頃こんな場所にいませんよ」

「そいつは同感だ」


 逃走しながらため息を零すジンに、顔を上げてジッと視線を投げかける。

 しかしロットの視界に入ったのは、慣れ親しんでいる彼の落ち窪んだ眼窩ではない。

 その頭上から覗き込む巨人の目とかち合い、なまじ離れたばかりに姿を補足されてしまったのだろう。


 巨大な腕が頭上に掲げられると光の球が出現し、白い太陽はますます一帯を眩く照らすが、決して足元を明るくするために出したわけではないだろう。

 拡散していた光は急速に集まり、やがて収束した一筋の光線が2人めがけて照射される。


「ジンさっ…ジン!ボクを敵に向けてください…ッッ」

「…ったくよ」


 ジンの腕の中で暴れるや、舌打ち交じりに聞こえた呟きに反応する間も無い。

 踏み出された足が力強く地面を叩くと、灰が噴水のように上空へ巻き上げられた。

 そのまま粉塵を突き抜けた直後に光線が灰の壁を吹き飛ばしたが、着弾点にジンたちの姿はない。

 突然消えた標的に巨人の目が周囲を見回し、浮かんでいた頭上の光球もフッと消える。


 しかしその足元ではモグラの通り道が如く灰が盛り上がり、それも程なく「ぷはっ!」と。

 ロットが顔を出して呼吸を確保したところで、素早く干からびた腕が頭を掴んだ。

 再び灰に沈められると潜航は続行され、盛り上がりは石柱の裏まで続いた。


 ようやく各々が顔を出せた時には、ぐったりして一向に反応しないロットに、ジンの訝し気な視線が向けられる。

 小さな体を掴み上げ、それから乱暴に柱へ叩きつけると途端に息が吹き返された。


「がはっっ!…こふっ……も、もう少し優しく…起こしてくだ、さいよ…痛たたたっ…」

「戦闘中に寝んなって何度言わせる気だ。そもそもここまで来て死にやがったら、次会った時に殺すぞ」

「生憎とまだ呼吸が必要な身でして…ところで逃亡中に噴き上がった灰。あれがジンの…“英雄として授けられた力”の一端なんですか?」

「……アレを始末する方法はまだ浮かばねえのか」

「ジンが保有する力についてまずは教えてください。そもそも潜るだけで巨人の足元を沈められるなんて、おかしいと思ったんですよっ」

「…ココじゃあ、あれが精一杯だ」


 吐き捨てるように告げたジンを追及したいが、この状況で出し惜しみをするような男ではない。

 巨人の片足を沈められる程度の能力を持ち、灰の噴水を起こし、生前の体裁きがミイラになったことでさらに身軽になった。

 

「――そして呼吸を必要とせず、灰の中を自由に潜ることもできる…」


 地鳴りと上空で木霊するうなり声を耳にしながら、石柱に体を預けて現状を分析してみる。

 ジンにしても“いま”持てる力は全て出し切っている状態らしく、さんざん敵の顔に叩きこんだ炎も、一向に相手を弱らせている様子はなかった。


 しかし物思いにふける間もなく、ふいに聞こえた軋み音と共にパラパラ砂粒が降ってきた。


 光の柱から吹き出る強風で舞ったのか。

 それとも2人を探す巨人の足が蹴り上げたものなのか。

 

 鬱陶しそうに頭の上を払い、訝しみながら見上げたのも束の間。

 石柱を掴む大きな指がミシミシ音を立て、赤い双眸がギロッと睨み下ろしてくる。


「…ね、<ネイパーム>!」


 ジンに風の如くさらわれる最中、咄嗟に屈んでいた巨人の顔に炎を放った。

 その弾速はこれまででもっとも遅く、それでも緩慢に動く相手には十分早かったらしい。

 緑色の炎が敵に触れた直後、べったりと。

 まるで濡れた布のように指先や顔に張り付き、一向に消えない炎に巨人が悶えだす。


 放った魔術は確実に視界を奪っていたが、巨大な手が2人を探るように広げられるや、集まった光が球体となって放たれる。

 それらが一気にロットたちの頭上まで迫り、そのまま落ちてくればひとたまりもなかったろう。


 しかし一向に落下する様子はなく、むしろ球体の周りを小さな光がくるくる回りだした。

 光の数は徐々に増えていき、やがて周回していた光球は心変わりでもしたのか。

 突如2人に迫ってくるや、素早く飛び出したジンの背後をザックリ抉っていった。


 光球はさらに連続して降り注ぎ、その度に大地が激しく震わされる。

 そして最初に放たれた巨大な光からは、ダメ押しとばかりレーザーが複数照射され、衝撃で吹き飛ばされたのも1度や2度では済まない。

 

 転がる石ころのような有り様は、とても英雄だった者の姿とは思えなかったろう。

 ジンの機動力とロットの炎が、辛うじて2人を生かしていた時だった。


「あ゛ぁ゛…――英雄ごっこはもう“止め”だ」


 おもむろにジンが溜息を零すや否や、突如進行方向をぐるっと切り替えた。

 巨人の脇をすり抜ける進路をとり、かと思えば地中に潜ったりして何度もロットは窒息しかけた。


 抗議の声の1つでも上げたかったが、ジンが視線を向けているのは光の柱のみ。

 巨人の攻略はもはや諦め、“出口”を目指すことにしたらしい。


「…敵前逃亡だなんて、とても人には見せられない姿ですね。まぁこんな場所に堕ちただけのことはありますけど」

「アレを仕留めることが俺らの目的じゃねえだろ」

「それは…それもそうですね」


 脇に抱えられながら嘲笑すれば、それまで通り灰と炎で敵の攻撃を逸らしていく。

 このまま順調に進んでいけば、いずれゴールに辿り着くだろうと考えていた矢先。

 最初に放たれた巨大な光の球は、それまで我関せず上空で漂っていたはずだった。

 それが突如2人の背後に降下するや、迫りくる明かりが途端に一帯を眩く照らした。


 同時に全身を殴るような衝撃波に突き飛ばされ、次にロットが目を開けた時には地面に顔を埋め、口に入った灰がザラザラと舌の上で這っていた。

 不快な感触にぺっぺっと吐き出すが、ふと体に乗った異様な重みに思わず顔を歪めた。


 だがその正体にすぐ思い当たれば、慌ててロットに覆い被さっているものをどけた。


「ジンっっ……ジン!!しっかりしてくださいっ」


 何度も揺さぶりながらジンを起こそうとするが、彼の落ち窪んだ眼窩に光が灯ることはない。

 光球の衝撃を全身で庇ってくれたのか、もはやピクリとも動いてはくれなかった。

 

 これまで旅してきた戦友のあっけない終わりに、しかし心を痛めている暇もない。

 ふいに一帯が突如暗くなれば、ロットたちの頭上を巨大な足が覆っていた。

 そのまま踏み潰されるのも、ジンと同じ場所で復活できるのなら“有り”だったろう。


 もっとも最期は諦めて始末された事を知られれば、彼の怒りを買う可能性は十分あった。

 


 そして再び仲違いし、決闘紛いの状態に陥るのは、もっと嫌だった。


「…<ネイパーム>!!」


 杖先をグッと持ち上げるや、再び緑の炎が巨人の足へ纏わりついていく。

 ゼリー状に燃えた物質が絡む様相に、2度目と言えどいまだ相手は慣れないのだろう。

 慟哭を上げながら引き下がっていくも、地団駄を踏んだところで簡単に消えるものではない。

 

 その隙にジンを引きずり、少しでも光の柱に近付こうと試みる。

 灰の荒野にはミミズが這ったような跡が残るも、やはりジンのようにはいかない。

 細長い体の両脇に腕を通し、杖で引っ張るように移動していたのも束の間。

 再び重い地鳴りが迫り、これまで幾度も憶えてきた絶望が舞い戻ってきた。

 

「……もし同じ場所で死んだら、同じ場所で一緒に復活できると思いますか?…ジン」


 赤い双眸で迫る巨人の存在を忘れたように、途方もなく黒焦げの相棒に語りかける。

 その間も敵は片手を握り締め、筋肉が絞られる音が聞こえてくる。

 今度は反撃に際し、怯まないよう拳を一気に叩き込むつもりなのだろう。


 しかし巨人の予想に反し、すでにロットには反抗するだけの気力は残されていない。

 物言わぬジンの体をギュッと抱え、やがて轟音が間近まで響いた刹那。

 突如ロットは地中へ引き込まれ、息も出来ずに悶え苦しんだ。


 体は下へ下へと沈んでいき、それから程なく浮上を始めれば、次に光が見えた時には勢いよく宙に跳び上がっていた。

 

「――…ジン?」


 虚空で風を感じる間も体は前に抱えられ、恐る恐る黒いミイラに問いかけてみる。

 すると無い瞳にギロリと睨まれてしまい、思わぬ展開につい息を吞んでしまった。


「なに諦めてやがんだ。まだ何も終わっちゃいねえだろうが」


 ニコリともしない彼が一言告げるや、着地した先は地面に突き立てられた巨人の拳。

 その場に留まれるはずもなく、すぐさま腕を駆け上がれば敵も驚いたのか。

 飛び上がるように拳を持ち上げるも、反動を利用してそのまま肩へと飛び移った。

 

 すかさず巨人は顔を向けてくるが、目で追った先にジンたちの姿が見当たらない。

 髭面を振り回すように2人の在り処を探すも、髪の一房に掴まった英雄たちは、嵐が鎮まるまで黙々と機会を窺っていた。


「…ジン。敵の攻撃からボクを庇ったせいで終わられても寝覚めが悪いので、あんな真似。2度としないでください」


 激しい揺れに振り落とされまいと掴まってはいるが、ジンの補助でその心配もない。

 いまだに巨人が捜索している間に思いの丈を小声でブチ撒ければ、同じく小声でジンも応戦してくる。


「あんま嬉しそうじゃねえな。諦めてくたばってた方が良かったか?」

「気絶してたのは百歩譲るとして、何の相談も無しにあんな…こんな事をするなんて、心臓に悪すぎます!」

「敵を騙すにはまず味方から、ってのが常識だろ?死んだふりも立派な作戦の内ってな…そもそも次にどこで復活できるかも分からねえってのに、黙ってくたばれるかよ」


 訝し気に返すジンに、もちろん反論したい言葉は百も二百もあった。

 しかし生への執念がロットを上回り、そのためには我が身を犠牲にしてでも相棒の存在が必要だったのだろう。

 その事実が少年を閉口させるも、ふいにジンが小さな体を抱え直した。

 それまで一心不乱に動き回っていた巨人が落ち着きを見せ、光の柱へと歩き出したからだろう。


 最後にジンたちが向かっていたからか。

 あるいは“目指す価値があるだけの何か”があるからこそ守りに向かったのか。


 いずれにしても2人が手にした最大の好機を、みすみす逃す理由は無い。


「――行くぞ」


 光の柱を囲む石柱を調べる巨人をよそに、ぽつりとジンが囁く。

 小声に反して力強い声音に、キュッと彼の腰に掴みなおした刹那。


 一気に髪の中から飛び出したところで、瞬く間に頭頂部へ到達する。

 異変に気付かれた時点で再び跳び、感慨もなく光の柱の中へ飛び込んだものの、まだ高さが足りていなかったのか。

 吸い上げられる感覚も無ければ、期待していた浮遊感の類もない。


 むしろ格好の的になった2人を巨人が見上げ、巨大な手がゆっくりと伸ばされてくる。


「……先に言っとくが、俺はまたココに戻ってくるからな」

「ここまで来てそんなこと言ってる場合ですか!!~~っ今度はボクの作戦を試させてもらいます!死んでも恨み言は無しですよ!?」


 冷静に告げるジンに対し、ロットが調子を戻したように感じたのか。

 薄ら笑いを浮かべる彼にムッと顔をしかめるも、喧嘩をしている場合ではない。

 今にも握りつぶされそうな光景に怯むことなく、杖を下に向けるや否や――。


「あっ…え~っと……こ、<この技に名前はありません>!!」


 そう唱えると同時に杖から炎が噴き出し、浮遊していた2人を轟々と空へ押し上げた。

 チラッと見降ろせば巨大な拳は握りしめられ、惜しくもロットたちを掴み損ねたのだろう。

 巨人の口惜しそうな表情が見えた気もしたが、それもやがて温かい光で見えなくなる。

 

 そのまま徐々に意識まで遠ざかると、2人の姿は夜空に輝く流れ星のように消えていった。

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