表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄堕ち  作者: 暦師走
6/16

6.英雄対決

 男の長い黒髪が激しく揺れ、おもむろにロットへ振り下ろされる。


 かと思えば風を切る鋭い音が聞こえ、咄嗟に自分の最期を予見した。



 しかしロットから離れていったのは、自らの首ではなく男の方。

 小さな体の上を瞬く間に飛び越え、深い闇の中へと消えていく。


 すると1枚の布切れが入れ違いで、スッと目の前に突如降り立った。


 それが人影だと気付くのに時間がかかったのは、その不自然なまでにやせ細った体躯のせいだろう。

 枯れ木のような体の両脇からは、痩せた両手がぶら下がり、すらりと湾曲した剣がそれぞれ握られている。


「――この程度でギブアップたぁ、相変わらず根性のねぇ英雄様だなぁ、おい」


 続けて鼻で笑い、人を小バカにしたような声音が頭上から降ってくる。

 さらに視線を上げれば、落ち窪んだ眼窩が赤く灯って干からびた顔を向けてきた。


 連戦に次ぐ連戦で、ロットの体はすでにボロボロ。

 それでも彼に――ジンに、それ以上蔑まれまいと、無理やり体を抱き起こした。


「……魔術師に接近戦をこなせだなんて、あなたは鬼ですか?そのために同盟まで結んだと言うのに…来るのが遅いんですよ」

「大した距離も稼げてねえくせに、ガタガタ言うなや。状況は?」


 再会を喜ぶでもなく、淡々としている彼に思わずムスッとなる。

 その間も浮かぶ「なぜ」。

 そして「どうやって」。

 

 彼に尋ねたい質問はいくらでもあったが、それでも物事には順序がある。

 

 頭を整理しながら指先を何度も握っては開き、浅い呼吸を何度も繰り返す。

 それから情報を整理していけば、ジンを一瞥することなく口を開いた。


「…相手は武器である短剣を触媒に、雷の性質をもつ魔術を使用します。素早さも恐らくあなたと同等か、それ以上でしょう」


 ほかにジンに伝え忘れていることはないか。

 急いで記憶を巡らしていくも、ふいに迸った稲妻が暗闇で敵の姿を浮かばせる。

 光の源はやはり片手に握っている短剣で、凶悪に唸るその電流へ腕が突っ込まれた。


 そこから引き抜かれた手には、剣を模した雷が握られていたが、敵が2人に増えたから二刀流になったのか。

 それとも双剣を持つジンを真似たのかは分からない。


「やれるか」

「えぇ、お待たせしました」


 凶暴性を増した敵を前にしても、いつも通りの声音でジンが話しかけてくる。

 彼にとっては些細な変化でしかないのだろうと、思わず緩みかけた頬を引き締めた。

 ギュッと杖を握り直すも、離れた敵の荒い息遣いが一段と大きくなった時。 

 相手が握っていた雷が地面に叩きつけられるや、次の瞬間にはロットの眼前に現れていた。

 

 

 瞬間移動の魔法か。

 あるいは魔法の威力を利用して飛んできたのか。

 瞬きをする暇も、驚いて仰け反っている時間も無かった。


 そのまま首を斬り飛ばされてもおかしくなかったが、直前でジンが相手を蹴り飛ばしたおかげで、鼻先がピリッと掠める程度で済んだ。


「ボーっとすんなや。そんなんじゃ、俺がわざわざ来てやった意味が無くなるだろうが」

「い、言われなくとも分かってますよっっ、<ファイアダーツ>!!」


 発破をかけられるまでもなく、咄嗟に小さな炎を流星の如き速さで飛ばした。

 術の中では最高の速度を誇るが、その見た目通り、威力はさほど伴っていない。

 挙句に宙でひらりと敵に躱されては、ジンに怪訝そうに一瞥されても仕方が無いだろう。


 辛うじて相手を掠めた炎弾も、そのまま通り過ぎて虚空に消えていった。



 しかし標的の脇腹で一筋の火傷痕が燻っているのを捉えるや、つい口角をニヤリと上げてしまった。


「さっき振り回してくれたお返しです。<フレイムダンス>っ!」


 両手で杖を掲げながら回せば、頭上で火の輪が形成されていく。

 そこから弾けた火の粉が徐々に大きくなっていくと、やがて炎の球となって一斉に敵へ向かい始めた。


 もっとも相手は動揺する素振りも見せず、見慣れた体裁きで軽々と避けていった。

 まるでロットを挑発するかのようだったが、焦ることは何もない。

 炎の球は男に刻まれた“印”に向かって飛んでおり、通り過ぎようとも再び彼に向かっていくだけ。


 それもやがて敵を完全に包囲するが、短剣の雷が力強く光り出せば、一振りでロットの魔法は消し飛ばされた。

 一見して実力差が明確に示されたようにも窺えるも、炎の術者が悔しがる様子はない。


 その理由に敵が気付いた時には、ロットの傍にいたはずのジンの姿はなかった。

 

 乱れた長い髪も相まって、余計に視界が塞がれていたからだろう。

 背後に立つ彼を捉えることは終ぞ無かったが、それでも体を捻りながら飛び上がると、一瞬にしてその場から逃れてしまった。


 返し刀で短剣まで振るわれ、複数の雷をジンは華麗に。

 一方のロットは炎を撒きながら、後退を余儀なくされてしまった。


「…仕留め損なうなんて、ジンさんらしくありませんね」


 短くも激しい攻防の末、やっと一息ついたロットの隣にジンが着地する。

 反射的に小言をもらしていたが、彼からの反応は芳しくなかった。

 ちらっと視線を向けても、ジンは干からびた顔に一層しわを寄せているだけ。

 低い唸り声をあげる敵から視線を逸らさないあたり、取り合っている余裕もないのだろう。


「…あの野郎。刃先が触れた瞬間に、体をよじって躱しやがった。どんだけ繊細な肌してんだ」

「ジンさんと違ってミイラ化してないからじゃないですか?あるいは彼が行使する魔術と何か関係があるのかもしれませんが……それにしても合流まで随分と時間がかかってましたね。スピード自慢が聞いて呆れますよ」


 いまだ敵を睨みつけるジンに、ここぞとばかりに話を蒸し返せば、ようやく彼の顔がジロリと向けられた。

 その視線から逃れるように。

 あるいは見張りを交代するように瞳を前方へ戻すと、それまでの緊張感もいくらか和らいだらしい。

 ついロットが笑みを少し浮かべれば、隣でジンが溜息を零すのが聞こえた。


「自慢した覚えは1度もねぇだろうが。それよかテメェ、こんな所まで落ちてきやがって。挙句に殺されかけたとあっちゃ、下手すりゃこっちが今度は待つ羽目になってたんだぜ」

「あの程度で追い詰められていたように見えたのなら、笑えない冗談ですね…ところでどうやってココまで追ってこられたんです?」

「焦げ跡」

「あぁ…確かにあちこちで魔法は使いましたが……でもお礼は言いませんよ?勝手に脱落したのはそちらなんですから」

「んなもん期待するような間柄でもねえだろ」

「ふふっ、まったくもって同感です」


 最後にもう1度だけ笑い、それから目の前の脅威に意識を切り替える。

 相手を仕留められる方法を一心不乱に考えていたが、ロットの思考が定まるよりも早く。

 敵が短剣に電流を帯びると、纏っていた雷を勢いよく天井へ放り上げた。

 

 1本の光の束は途中で爆発四散し、そこから弾けた無数の落雷が降り注げば、咄嗟にロットが展開した”炎のカーテン”もあっさり突き破った。


 思わぬ威力と数に、圧倒されている暇もなかったろう。

 直後にジンに脇へ抱えられると、景色は一気に遠ざかっていった。

 それまで立っていた地面には無数の稲妻が刺さるも、気付けば今度は宙に軽々と放り上げられていた。


 

 次に地面が見えた時には敵とジンが剣を交え、睨み合った数秒後には激しい攻防を再開。

 その間もロットは宙に浮き、ゆっくり下降しているように感じたのは、彼らの剣速が捉えきれない速さに達していたからだろう。


 同じ英雄の身でありながら、ここまで土俵が違うと少なからずプライドも傷ついてくる。


 ギリッと奥歯を噛みしめるも、今は戦闘の真っただ中。

 くだらないプライドを拭い去れば、すぐさま杖先に宿した炎でボーガンを模った。


 それから火の矢を敵の背に放つも、矢先が触れた途端に標的は飛びずさってしまった。


 同時にジンもいつの間にか姿を消しており、慌てて彼を探したのも束の間。

 最初は頭。

 次に肩から背中にかけて衝撃が走ったところで、ようやく自分が宙にいたことを思い出した。

 

 無様な着地態勢から立て直そうとしたが、鈍痛で浮かんだ涙を拭う暇もなかったろう。

 直後に体をすくい上げられる浮遊感に襲われ、さらに視界が眩い光に包まれた。

 

 

 ジンに助け出されたこと。

 そして敵の魔術から逃れたことに気付いた時には、再び地面にぺしゃりと落とされていた。

 相変わらず雑な扱いにジト目でジンを睨むも、彼の落ち窪んだ瞳と視線が合うことはない。


「威力も速さも上々だが、“発射音”のせいで致命傷を避けられちまったぞ。もっと静かにできなかったのか?」

「呪文とは総じて音が立つものなんですよ。それにジンさんを巻き込まないようにしようと…いま“致命傷を避けた”と言いましたか?当たるには当たったんですか?」

「矢が腹を貫いたうえに体も燃え始めた…が、追った先で急にバリバリ雷を出してきやがったせいで、俺ごと火が弾き飛ばされた」


 剣を肩に置く彼の説明に、淡々と耳を傾けていた矢先。

 ロットの脇腹が無言で蹴りとばされ、背後に飛びずさったジンを敵が追いかけていった。


 痛みに顔をゆがめている間もなく、すぐに彼らのあとを追えば遅れて呪文を詠唱する。


 

 それからは炎。


 雷撃。


 そして剣戟の激しい戦闘音が地下に響き、あまりの壮絶さに何本も柱が砕けていく。


 当初は2対1の構図も、敵の広範囲に渡る魔術。

 あるいは接近戦に持ち込まれたロットをジンが庇うことで、大きなハンデとはならなかった。

 単純な実力差では、相手の方が勝っていることを意味していたのかもしれない。



 しかし純粋な“我慢比べ”であれば、ロットたちも負けてはいなかった。


 この世界の狂気にいまだ染まらず、その心構えがやがて結果に表れたのか。

 それまで放たれていた雷の頻度も減り、動きも初めの頃に比べれば格段に悪くなっていた。


 数的有利もようやく発揮され始め、そのまま戦い続けていたのなら、先にどちらが仕留めるか競争になっていたことだろう。

 2人が敵を挟むように立ち、一気に仕留めるべく詰めようとした刹那。

 突如相手の周りで渦巻いた稲妻が、次々ロットたちに向かってきた。

 眩い槍の数々を咄嗟に炎で蹴散らすも、杖を振る回数が徐々に減った頃だったろうか。

 目の前を漂う火の粉をパッと最後に振り払うと、敵の姿は跡形もなく消えていた。


「…上だ」


 消えた相手を探すロットとは対照的に、ジンが静寂を埋めるように呟いた。

 彼の声を追って、まずはその落ち窪んだ眼窩を。

 それから視線の先を辿っていけば、天井で立ち込める“暗雲”に自然と注意を引きつけられた。


 ゴロゴロと響く雷鳴からも、敵の魔術であることは明らか。

 そしていまだジンが見上げ続けていたことから、相手の居場所も自ずと特定できた。

 

「……あの亡者は雲の中、ということですか?」

「光ったかと思えば、雷になって上に吸い込まれていきやがった」


 周囲に転がる柱の残骸や、燃え盛る死体の山。

 隠れられる場所はいくらでもあったが、それらにジンが目をくれる様子は一切ない。

 躱すことに必死だったロットに比べ、あの状況でもしっかり敵の姿を追えていたようだ。

 

 彼の実力にはいつも驚かされるが、うっかり零しかけた賞賛の声も、暗雲の表面を走った電流で中断される。


 次の瞬間には無数の雷が降り注ぎ、咄嗟にロットを抱えたジンが華麗にそれらを避けていく。

 しかし躱した落雷の中から突如敵が現れると、咄嗟にジンが振るった剣も、光の速さで相手が消えたことで空振った。

 

 その直後に落ちた背後の雷から敵が姿を再び見せるも、後ろ向きに抱えられていたロットとうっかり目が合った。


「ねっ…<ネイルバイト>!!」


 ジンが振り返る間もなく、ロットが咄嗟に宙を勢いよくひっかいた。

 まるで猫が威嚇するような一撃は、もちろん敵に届くはずもない。


 それでも宙に浮かぶ“炎の爪痕”に、思わず相手も注意を向けてしまったらしい。

 硬直した隙に爆発させれば、唸り声と共に敵は一筋の光となって雲に吸い込まれていった。

 ゴロゴロ聞こえてくる雷鳴は、まるで彼の悲痛を表しているようだった。



 一方で落雷が止まったことからも、相手が怯んだことは間違いないのだろう。

 おまけに光速で動き、絶え間なく攻撃できる敵が一カ所に留まったのなら、これ以上の好機をみすみす逃すつもりはない。


「…ジンさん。備えてください」

「あ゛ん?なんか言ったか」

「赤い猛りと共に空へ羽ばたけ…『プロメテウス』っっ!!」

 

 怪訝そうに返したジンに答えることなく、呟きに近い詠唱から一変。

 途端に大声で呪文を唱えるや、赤く光った杖から炎の塊が飛びだした。


 そのまま雲の中へ吸い上げられる光景は、まるで小石を泉に放るようなもの。

 侵入口を起点に小さな波紋が表面を伝い、一見して心許ない一撃のようにも感じられた。

 

 しかし暗雲が突然赤く膨れ上がり、まるで太陽がくしゃみをしたように。

 暴れる炎が逃げ場を求め、燃え滾る様相を見上げていたのも束の間。

 炎が一気に地上へ押し寄せれば、やがて地底すべてが業火で満たされていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ