表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄堕ち  作者: 暦師走
5/16

5.業火雷人

「――――――ぁぁぁぁあああああああああ゛あ゛あ゛ッッ、ぐぇ!!?」


 虚空に浮かんでいたのも、僅かな間だけ。

 相変わらず受け身を取れず、小さな体は容赦なく固い地面を転がっていく。


 ようやく止まっても酔いと鈍痛でしばらく倒れたままだったが、ふと頭の中でカラカラと。

 脳が故障したのかと錯覚する乾いた音がして、重い上半身をムクっともたげた。

 徐々に大きくなる異音に自然と顔を発生源に向けるや、遅れて杖がロットと同じように壁から吐き出され、そのまま額へ真っすぐ直撃。

 流れるように地面へ、再び力なく倒されてしまった。


 新たにこさえたケガにしばし悶絶したが、おかげで意識もハッキリしてきた。

 うっすら溜まった涙を拭えば杖を支えに立ち上がり、コツンっと地面を叩いて杖先に明かりを灯す。


 すると遥か遠い天井を支える太い柱の数々。

 そしてどこまでも続く広い空洞が、宮殿の一角にいるように錯覚させた。


 下り坂を転がってきた道のりに加えて、足裏に伝わるサラサラとした触感。

 これまでに無いひんやりとした冷気からも、辿り着いたのは恐らく下水道の類なのだろう。

 灰の都が覆う世界の底の底に、どうやら降り立ってしまったらしい。


「…これ、下手をしたら目的地がさらに遠のいたんじゃないですか?」 


 思わぬ足止めについため息を漏らしたが、周囲を見回しても景色が変わるわけではない。

 どこまでも続く暗闇に辟易しつつ、掌を上に向ければ、ポッと火の球を出現させた。

 その大きさたるや、小ネズミを焼くのも心許ないものだったろう。

 それでもしばらく小火を眺めていると、僅かに先端が揺らめいた。


「…あっちですか」


 風に揺られた火はあっさり消え、吹きつけてきた方角へゆっくりと歩きだす。

 広大な空洞にペタペタ足音を響かせ、いくつもの太い柱と。

 そして優に100を超える歩数を進んだ頃だったろう。


 ふと柱の影に見えた異物が、ロットの足をその場に止めさせた。

 街中であれば泥酔した住人の姿でも映ったのだろうが、灰の荒野にそんな景色は期待できない。

 すかさず人影へ火を飛ばせば、柱に寄りかかっていた死体が勢いよく燃え始める。

 焚き火の如く一帯は照らされていくが、それによって景観が大きく変わるわけでもなかった。


 それでも1つ。

 また1つと。

 

 ロットの瞳に映る死体の数が増えていけば、自ずと警戒心も増していく。



「…こんなところに落ちてまで、互いに殺し合ってたんですかね。つくづく救えない方々ですよ」



 呆れたように周囲を見回せば、死体はどこまでも続いている。

 やはり辟易しながら移動を再開するが、行けども行けどもその数が減ることはない。

 むしろ奥に進むほど増えている状況に加え、それらの大きさは全て“大人”のもの。

 到底彼らに、ロットが滑り落ちた通路を抜けられるはずはないだろう。


「ささやかな風の抜け道以外にも、彼らが通ってきた入り口はある、と見積もっても良さそうですね。先輩方が起きあがる前に、サッサと通してもらいましょうか」


 念には念を入れ、倒れた亡者が襲ってこないか警戒を続ける。

 しかしそれらに焼き付いた焦げ跡や、切り刻まれた傷。

 前者に関しては炎を使った形跡はなく、後者は傷の深さや位置から、同じ武器を使って出来たモノのように思える。

 ハエの魔物の仕業ではないことは一目瞭然で、亡者同士が争うことはない。


 そうなればロットたち同様、人間性を保つ“パーティ”の存在が一瞬脳裏をよぎった。

 もちろん相手が友好的であるとは限らず、短い考察を頭の片隅へ追いやろうとした矢先。

 入れ違いに聞こえた異音に、思わず足を止めて片耳を傾げた。


 静寂の中だからこそ否応なく注意を引きつけられ、もしも想像通りの音であるなら、引き返したいのが本音である。


 

 それでも“自我をもつ亡者”がいる可能性を鑑みるならば。


 杖をぎゅっと握って忍び足で向かい、やがて天井に開いた穴から差す、一筋の淡い光が否応なくロットの視線を奪った時。

 光の中に屈みこむ人影が、もぞもぞと動いている姿を捉えた。


 先ほどからずっと聞こえていた咀嚼音から、相手が“食事中”であることは想像できる。

 しかし灰の荒野で食べ物を見かけた試しがなく、恐る恐る脇に歩き出せば2歩。

 そして3歩と。


 それぞれの正体を探るべく、よく見える位置まで回り込もうと試みた。


 もっとも人影に注意を向けすぎたせいで、足元の注意を疎かにしていたらしい。

 足先で何かを蹴った感触を最後に、すぐさま人影から視線を逸らすもすでに手遅れ。

 積み上げられていた亡者の死体が重々しい音を立て、ドサッと広い地下空洞に響き渡る。



 途端に咀嚼音もピタリと止まり、かつてない静寂に喉を鳴らした。

 恐る恐る人影に視線を戻せば、そこには横たわった死体に覆いかぶさり、貪欲に食い散らかしていた“英雄”の姿があった。


「あ、あの…お食事の邪魔をするつもりは…」


――ぐるるるるるるるぅぅ…


 全身全霊で威嚇する相手に、自分を奮い立たせるように声を絞り出した。

 それでも返ってきたのは獣同然の唸り声だけで、到底まともに会話ができる状態ではない。


 ふいに相手が立ち上がれば、長い黒髪は上半身を覆い、乱れた毛髪の隙間から覗く肌も赤紫色に変わり果てている。

 ロットに似た特徴をもつ体に、あるいは近い将来の自分の姿なのではないかと。

 少しばかり危機感を覚えたが、幸い心が不安に圧し潰されることは無かった。


 ミイラ化してなお自我を保つジンの存在があり、何よりも両目を赤く光らせ、獣のように唸る小さな魔術師の姿が想像できなかったからだ。


「気は進みませんが、降りかかる火の粉は振り払って然るべきで…<ファイアボール>!!」


 視線を逸らしながら不意打ちをかませば、業火は瞬く間に着弾点を焼き尽くした。

 激しく揺らめく炎は天井から差す光さえ遮り、一方で周囲を轟々と明るく照らしだす。


 にも拘らず標的の姿は見当たらず、場合によっては炎に飲まれた可能性もあったが、長年魔術を唱え続けてきたからこそ分かることもある。


 炎の中で踊り狂う人影は見えず、死へと誘う断末魔も聞こえてこない。

 それはつまり敵に躱された証拠であり、それだけの機動力を持つ相手の次の行動も自ずと予測できた。



 だからこそ瞬時に振り返り、寸でのところで構えた杖が敵の一撃を防いでくれた。

 幸い圧し潰されずに済んだのは、相手の武器が短剣だったから。

 そして辛うじて腰に服を引っかけた男が痩せぎすで、体重も下手をすればロットと変わらなかったからだろう。


「ぐるるるらららぁぁぁぁ!!!」

「……完全に正気を失ってしまったのなら、遠慮も手加減もいりませんよね。先輩?」


 歯をぎりぎり噛みしめ、生臭い吐息が顔にかかってくる。

 振り乱された黒髪の隙間からは、血色の眼が睨み下ろしてくる。

 そんな相手を杖ごと発火させようとしたが、即座に敵は杖を蹴って背後に飛びずさった。

 着地を狙って火炎放射を放ったが、すると相手は突然轟音をあげながら眩く光りだした。


 噴き出した炎は瞬く間にかき消され、強烈な明かりも相まって咄嗟に目を閉じてしまう。

 

 それでも地面を杖で叩けば、ロットを中心に炎の柱が立ち昇った。

 視界を敵に塞がれたとはいえ、背後で聞こえた微かな足音。

 そして首筋に走った悪寒に反応できていなければ、今頃は首を斬り落とされていたろう。


「恐ろしく素早い敵は、やたらと人の背後に回りたがる習性でもあるんですかね?ジンさんもよく使っていた手ですから、おかげで対策も取れましたが…」


 周囲を炎で囲まれ、ひと時の安寧に嘆息を吐いた束の間。

 ふいに頭上が眩く光ると、武器を構えた男が上空に浮いていた。

 おそらく柱を駆けのぼり、唯一ロットが晒されている場所を狙ってきたのだろう。


 どうやら敵の洞察力もまた加味して戦わねばならないらしい。

 高らかに掲げられた短剣には雷がまとわりつき、バリバリと凶悪な音を立てる武器の様相から、次に起こることは容易に想像できる。

 そのまま視線を前方に戻せば、燃え盛る業火へ迷うことなく飛び込んだ。


 すると背後では落雷が直撃し、辛うじて敵の魔術を回避する。

 振り返れば炎の壁も衝撃で消し飛ばされたらしく、途端に一帯を暗闇が満たしていく。

 熱気の代わりに冷気まで吹き込むも、体が震えたのは何もそれだけが原因ではない。

 まるで嵐の前の静けさのような。


 それまで響いていた戦闘音も、ずっと聞こえていた唸り声も。

 ギラつくほどの敵の凶暴性も、一体どこへいってしまったのか。


 前方でポツンと佇む敵の薄気味悪さをはじめ、乱れた黒髪から覗く血色の瞳が、ロットの心臓をまるで鷲掴みにしているようだった。



「…遠慮……もとい、手加減してもらうのは、ボクの方だったのかもしれませんね。ははっ…」


 冷や汗がこめかみを伝い、自ずと杖を握る手にも力が入る。

 その間にも相手を倒せる呪文を思い浮かべてみるが、単純な威力では明らかに劣っている。


 機動力に関しては比べようもなく、力の差も歴然。

 それでも知恵を絞っていると、敵の短剣から発生した雷が、一帯を明るく照らしだした。

 直後に男が横なぎに武器を振るや、電撃を帯びた斬撃がロットに飛ばされる。


 咄嗟に屈んで一撃を避けるが、さらに繰り出された斬撃に身を投げ出すようにして躱していく。

 回避できないものは火炎球をぶつけて反らし、両者の間を雷と炎が激しく飛び交った。

 次々と火花が爆発音と共に散っていくも、ふと転がって攻撃を躱した刹那。

 不自然に敵の攻勢が途切れたことに違和感を覚え、その正体にハッと気付いた時には、すでに敵が真上から飛びかかってきたあと。


 すぐさま杖を掲げて防御態勢に入ったものの、今度の一撃はそれまでのものとは別格。

 杖に触れたのは短剣ではなく、その周囲を迸っていた雷撃だった。


「ぁぐッッ……!!」


 電流が杖を伝って腕にまで響き、激痛が肩へ届く前に男を振り払う。

 すると相手はあっさり退いたが、宙へ軽々と飛ぶ間も一筋の雷を短剣から引きぬいた。

 それを槍のようにロットへ投げ、あまりにも早い弾速に躱すこともできない。

 そのまま雷撃は右肩に被弾し、反動で後ろへ飛ばされそうになった。

 


 しかし直後に喉元が押さえつけられると、ロットの体は強引に床へと叩きつけられる。

 衝撃で空気が肺から絞り出され、杖を握っていた腕まで短剣で刺される。


 片手で首を締め上げていく力も、徐々に強くなっていく。


「ぐっ……あっ…」


 肉を締め付ける音が耳元に届き、杖を掴もうにも腕は串刺し。

 残るもう片方の腕も、電撃を食らってピクリとも動かせない。

 自分の瞳すら見る対象を選べず、視界には敵が歯を食いしばり、殺意をむき出しにした顔が映っている。

 そして相手の瞳にもまた、苦痛で歪んだ自分の表情を見つめ返していた。


 おどろおどろしく乱れた長髪も、まるで背後に死神が佇んでいるようにさえ見せていたが、あるいは僅かに舞っていた火と雷の残滓が、2人の陰影を明かりで浮かび上がらせていたのか。

 それともロットに最期の時を知らせるべく、かすんでいく意識が映し出した幻だったのか。


 どちらにしても、脳裏に浮かんだのはいつもと同じく、悔しさと。



 そして今度こそ“英雄”という悪夢から目覚めたいと願う、ただ1人の少年の想いだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ