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英雄堕ち  作者: 暦師走
1/16

1.灰の荒野

「――いい加減死ねやオラァァアアぅぅうううぉぉおお!!??」


 敵の首を斬り飛ばした直後。

 背後から現れた槍使いの一閃を、咄嗟に仰け反って躱した。

 その姿勢のまま槍の柄を蹴り上げれば、突き出した勢いのままに相手はつんのめる。

 

 絶好の機会に、弧を描くように上半身を振れば、一刀のもとに相手を両断。

 これでようやく長い戦いに終止符も打たれ、ホッと安堵したのも束の間。


 すぐさま地面一帯を覆う灰からアンデッド(亡者)たちが新たに這い出してきた。


「おいおい、いい加減勘弁してくれっての」 


 連戦に次ぐ連戦で、とっくに体はボロボロ。

 受けた怪我の中には、体向こうが見えるほどの切り傷もあったが、“ミイラ化した体”に痛覚はない。

 片足、片腕だけでも戦えそうな今の姿のおかげで、何とか長期戦に持ち堪えていた。


 しかし不思議と疲労だけは蓄積し、枯れ木のように痩せた手足も徐々に動かなくなっていく。


 それでいて武器を携えた亡者が、際限なく地下から這い出してくる、この現状。

 遅れを取った隙を。

 数の暴力を前にしては容易く打ちのめされ、最期は敗北者らしく地面に突っ伏すことを余儀なくされてしまう。


「…てめぇら全員、顔は憶えたぜ…“次遭った時は”死ぬほど後悔させてやっから、首を洗って待ってやがれっっ…!」


 死力を絞って啖呵を切るが、周りを囲む亡者たちが反応する様子はない。

 程なく武器が次々振り下ろされ、鈍い音が外側。

 そして内側からも断続的に聞こえ、刃や鈍器の感触が全身に行き渡っていく。


 瞳の光も徐々に暗転し、やがて深淵に意識が沈む感覚に身を委ねていた矢先。

 踵を返すように自我が浮かび上がれば、次に目覚めた場所は灰の上。

 屍同然に横たわる自分の体を起こし、気怠そうに一帯を見回した。



 そこはやはりドコとも知れない、広大な灰の荒野のど真ん中。


 右を見ても。左を見ても。

 最期を迎えた場所に戻ってきたのかも、判別することはできなかった。


「……諦めたのは失敗だったのか。そうじゃなかったのやら…」 


 死に。

 

 そして起き上がる度に自身へ問いかける疑問には、未だ答えが見つからない。


 生きていた時は、英雄の重責と死に戻りに辟易し。

 死んでからは、運命に背いた罰とばかりに、殺し合いの日々を送らされている。


「…さて、と」


 思うことは沢山ある。

 しかし過去を振り返ったところで、それらを取り戻せるわけでもない。

 現実逃避もほどほどにすれば、砂漠にも似た一帯の景色を一瞥。

 それから体に残った灰を落としていくが、先程負った傷は1つも見当たらない。

 周辺の景色同様に、見慣れたミイラの肉塊が映るだけだった。

 

 干からびた手には武器が握り締められ、次に落ち窪んだ眼窩が視線を移した先は、遥か地平線に降り注ぐ光の柱。

 “生前”も死に戻る際は光に向かって復活していたが、その時は暗闇の中を歩いただけ。

 それが1度拒絶しただけで灰の荒野に落とされ、地獄のような時間を繰り返している。


「生きてても死んでも、結局目指す場所は同じか……蛾でもあるめぇし…」


 文句を言いながらも体を反転すれば、灰を踏みしめて何百。何千。

 何万回目の挑戦とばかりに、再び光の柱に向かって歩き始めた。


 そこに希望を見出したわけでも、ましてや奇跡を期待していたわけでもない。


 言ってしまえば“暇潰しの一環”。

 延々出現する亡者たちの相手をし続けるよりかは、よほど建設的だろうと考えての行動だった。


 だったのだが…。


「…またお出ましか」


 ものの数分。あるいは数時間。

 星の無い夜空が覆うせいで時間の概念も死んでいるなか、再び地中から亡者が出てきた。


 それぞれが剣や斧。


 あるいは弓、槍と。

 多種多様な武器を持って迫ってくるが、厄介なのはそれだけではない。

 すでに多勢に無勢だと言うのに、その中で雑魚と呼べる個体が1体もいないのだ。


「……どうした。牽制してるだけじゃぁ、俺は仕留められねえぜ」


 そして挑発をかけても反応が無いのは、相手が亡者ゆえか。

 だとしても間合いを取り、考えなしに突っ込まないあたりが、自我の無い怪物の動きとは思えない。

 

 あるいは生前の戦闘経験が、彼らをそうさせているのか。

 だとしたら互いに殆ど変わらない姿に成り果てた手前、両者を隔てるのは自我の有無だけ。

 自分の一歩先の未来を行く彼らを鼻で笑えば、それが合図となったのだろう。


 一斉に襲い掛かってきた亡者たちに、すかさず武器を構えた直後。

 

 突如敵の背後から巨大な炎球が迫り、真っすぐ向かってくる様にすぐさま地面に潜った。

 すれ違い様に起きた爆発音が地鳴りを起こし、しばらく続いていた燻りも徐々に薄れていく。


 その間も地中から様子を窺いつつ、記憶を辿って魔術の発動地点を特定し、およその方角が決まったところで地中遊泳を開始。

 灰の中を物ともせずに進むと、やがて感知した振動にピタリと動きを止めた。

 1人分の足音から察するに、先ほどの魔術でほかの亡者は殲滅できたのだろう。

 今は戦果を確認しようとしているのか、爆発地点まで移動している途中らしい。


「ほぉ、ずいぶんと余裕ぶってやがるみてぇだなぁ」


 地上に届かない声で毒吐けば、剣をゆっくり垂直に立てた。

 徐々に近づいてくる振動に集中し、やがて狙いを定めた地点を踏みしめた瞬間。

 一気に剣先を、地上へ勢いよく押し上げた。


「あ゛あ゛ぁぁああああああーーーーッッ……ぅぅっ…」


 手応えあり。

 切っ先を通して相手の悲鳴が伝わってきた――と同時に、ひどく困惑も覚えた。


 亡者たちは声を発することはせず、加えて今聞こえた断末魔も高音すぎる。

 猛烈な違和感に見舞われ、恐る恐る地上に頭を出して確認しようとした時。

 突如炎の渦が眼前まで迫り、再び灰の中へ素早く潜った。


 致命傷を与えたわけではないのだから、反撃を受けるのは当然のこと。


 しかし潜るまでの刹那に見えた光景に、一瞬思考が止まる。

 それから辟易したようにため息を零せば、ゆっくりと。

 

 あくまで“ゆっくり”と、再び剣を地上に突き出した。



 相手を驚かせて、また魔術を放たれたのでは話にならない。

 剣を1本地上に置き、そのまま片手を野に咲いた花のように開けておく。

 残るもう片方の剣も捨てれば、同じように手を広げておくが、攻撃される素振りは無い。


 ひとまず安全は確保できたところで、いよいよ全身を地上にせり出した。


 それでもなお魔術は飛んでこず、どうやら“事前の交渉準備”が役に立ったらしい。

 ようやくまじまじと相手を観察すれば、まるで乙女のように座っていたのは“小さな1人の子供”。

 フワフワとした年季を感じさせない髪も相まって、一見して少女とも見分けがつかなかった。



 もっとも、子供らしからぬ鋭い眼光が。


 何よりも自身の身の丈を超す杖を真っすぐ向けられては、まだ腰を落ち着けるには早いらしい。


「…その場から動かないでください。敵意が無いということは……ボクの言葉、分かりますよね?」


 再び小さな口から紡がれる“言葉”は、久しく忘れていた人間性の証。

 思わず懐かしさすら覚えてしまったが、いまだに両者の間では緊張が走り続けている。


 それもひとえに、地中から喰らわせた一撃で少年が動けないからなのだろう。

 チラッと視線を移せば、貫かれた足を止血するように灰の中へ突っ込んでいる。


「もう1度だけ伺います。あなたに自我はあるんですね?」

「……まぁな」


 二度も問いかけられ、思わずぶっきらぼうに返答してしまった。

 

 しかしその一言で十分だったらしく、少年が武器を降ろせば心底ホッとしたのだろう。

 胸に手を当て、何度も深い呼吸を繰り返した。


 それから少年が足を引き抜けば、傷口はきれいさっぱり消えていた。


 砂漠のように一帯を覆う灰に治癒効果があるのか。

 それとも地獄のような空間の亡霊と化した“彼ら”の特性なのかは分からない。

 いずれにしても深手を負った彼らが動き続けられる原動力の1つであり、そして亡者たちが復活を繰り返している秘密でもあるのだろう。


「…ところでよ」


 しかし治癒の神秘についてはとっくに知っている。

 別の事柄へ注意を向ければ、灰を払っていた少年へおもむろに声をかけた。


「なんでテメェは左半身だけ色が変わってんだ?それとも目の色が右は青、左は赤ってのに、わざわざ合わせてんのか?」

「…顔色は想定してましたけど、目の色まで変わっていましたか……あなたから一撃もらいましたが、先に手を出したのはボクの方です。これでお互いチャラという事で仕切り直しましょう。はじめまして、ボクの名前はロットと言います」


 少年の左半身が赤紫に変色していることを指摘しても、当人が動揺する様子はない。

 むしろ座り直して体を向けてくるや、何事も無かったかのように自己紹介までしてきた。


 握手こそしてこないが敵意はなく、それがむしろ火球を突如放った彼をますます怪しく見せた。


「さっきまで敵だったくせに、もうお友達ってか?どんなめでたい頭してんだテメェは」

「あなたの友達になるなんて願い下げです。ただ会話が出来るだけ、ほかの人たちに比べたらマシだと思って、一時的に同盟の申し出をしているだけです。念の為にもう1度言いますが、ボクの名前は…」

「あー、ロットだろ。ロット。俺はジンってんだ。宜しくとは言わねえが…テメェはココがどこだか分かるか?」

「その質問に答えるためには、ジンさんの協力が必要です。お願いできますか?」


 初対面にも関わらず、淡々とロットは会話を進めていく。

 しかし一方でジンは、少年の言葉尻の1つ1つに。

 何よりも頭がいいと思い込んでいる子供特有の振る舞いに、協力する気がみるみる削がれていく。


 それはたとえ常時危険に晒されている、灰の荒野にいようとも変わらなかった。


「無言は了承と捉えさせて頂きますね。早速ですが…」


 承諾を得ないまま、さらに会話を続けようとしていた矢先。

 おもむろに感じた違和感に双方がハッと顔を上げれば、自然と背中を向かい合わせていた。

 

「まず!ココに来る前は何をされていましたか!?」

「ンなこと言ってる場合かッ。話ならあとで…」

「あなたがココでやられたら、次に会える保証は無いんですよ!?せめて有意義な情報を残してから、心安らかに旅立ってくださいッ」


 次々這い出てくる亡者たちよりも、衝動的に背後の少年を叩きのめしたくなる。

 それでも彼の視線が突き刺さると、やむなく散開して敵を迎え撃つ傍ら、“協力”することに同意した。


 久しぶりに会話ができる口実が無ければ、仮に生きていた頃でも回答することはなかったろう。


「それで、何をされていたんですか!?うわっ!…このッッ」

「あ゛ぁ~…魔物退治をして、気が向いたら人助けもしてたな。そういう仕事をなんて言うんだ!?」

「傭兵、でしょうか!?でもその前にナニか……何か信じられないような出来事がありませんでしたか!!?」

「……おふくろが知らねえ男と夜に…」

「真面目な話をしてるんです!!」


 杖で亡者が振るう棍棒を受け止めながらも、炎の魔術で相手を焼き払うロット。

 戦力の分散で余裕が出来たからか、その鬼のような声についカラカラ笑ってしまった。


 もっとも彼の殺意が向けられては。

 加えて亡者が次々現れていては、ふざけている場合でもない。

 少し考え込んだふりをしながらも、やがて笑われる覚悟で渋々彼に答えることにした。


「…ガキの頃に変な夢を見てよ。お前が選ばれし者だー、だの。光の道を進めだのなんだの…最初は無視してたんだが、あまりにも毎晩しつこいんで、その光のなんちゃらってのを見に行ってやったんだよ」

「……その光の道って言うのは、朝日が差し掛かった滝のことじゃありませんでしたか?」


 淡々と話していたつもりが、ふいに図星を突かれたからだろう。

 一瞬動きを止めた隙に敵から一撃を入れられかけるも、直前にロットが対象を焼き払った。


「ボクも聞いたことありますよ。『あなたは寵愛を受けし選ばれた存在。光が注ぐ道を歩みなさい』…そのあとも色々言っていましたが、大まかにはそんなところじゃなかったですか?」


 黒焦げの死体や切り刻まれた骸。

 それらが地面にあふれた時、ようやくロットが顔を向けてきた。


 彼なりに気を利かせたつもりなのか。

 まだ“無事な方”の頬を見せてくるが、服を殆ど着ていないからだろう。

 もはや腰と胸回りを布切れで縛るだけの姿に、半身の変色が否応なく見て取れる。


 それでいてむっちりとした肌はもちろん。

 長い睫毛も相まって、何度見ても少女の出で立ちを彷彿させられる。


「ボクも逃げてきたんですよ。“運命”や“光”から…」

「……出身は」

「ロンドの村。その奥に佇む1軒の家屋です」


 今度はジンから質問をするが、干からびた表情からでも十分伝わったのだろう。


 同じ出身地。

 同じ場所に建つ住処。


 お互いの“共通点”を理解したところで、新たに疑問が生まれてくる。 


「…俺が村を出たあとでテメェが産まれた……って雰囲気じゃあねえな」

「ジンさん。生前に“死に戻った”時、どのような状態で復活されていましたか?」

「……最後に女神像を見た場所で毎度目が覚めてた」

「大事なことなので質問にはハッキリ答えてください。“どのような状態”で復活されていましたか?」

「………最後に女神像を見た場所…つまりその瞬間まで時間が巻き戻ってやがった」


 思い出すのも憚られる“生前の栄光”に、虹色の反吐が出そうになる。

 それでも気を取り直して会話を続ければ、やはり2人の共通認識が揺らぐことはない。


 死に戻った際には、各地に点在していた女神像の前まで時間が遡ること。

 そこから“やり直しが利いた”こと。


 ところが死に戻ることを――“英雄の責務”を拒絶したことで、気付けば灰の荒野に堕とされていた。


 恐らく罰として異空間に閉じ込められたのか。

 あるいは時を戻れる力の反動で、現実世界から弾かれてしまったのか。

 明確な答えが出るはずもなかったが、少なくとも亡者に雑魚がいないのは彼ら同様。

 英雄の責務から逃げ出した“最強の臆病者”だからなのだろう。

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