第9話 聖騎士・聖女現象
「もしかして、これって……魔力?」
アリシアがつぶやく。
「強く正しい魔力を持っている者は、心が落ち着くようなぬくもりを感じると聞いたことがありますが……」
「その話だけなら僕も知っている。魔力を持っている者はよくそう言うよね」
アリシアを抱きしめていたバーティスはその腕を解くと、向き直るなり、ぶつぶつと詠唱を始めた。
それが風の魔法であることはアリシアも知識で知っていた。
そしてバーティスの伸ばした手から突風が起き――
敵三人をまとめて壁に叩きつけた。
「ぐはぁっ……。あ、ありえない魔法の威力だ……」
「魔力がないんじゃなかったのかよ……」
敵が不平を述べるのも道理で、バーティスも長らく魔力と呼べるものをまともに持っていなかった。
骨が折れたのか、三人の敵は完全に戦意を喪失しており、逃げることもせずにうずくまっていた。
駆け寄ってきた護衛に、バーティスはこっちはいいから襲撃犯を捕らえろと命じた。
ひとまず、アリシアとバーティスの無事は確保されたようだ。
「追加の護衛が来るまで、ここで待機だね。幸い、話題には事欠かなそうだ」
バーティスの言葉は今も軽いが、非常事態を経験して、顔は上気していた。
「さっきの風って魔法ですよね……? しかも、とんでもない魔力がないと、打てない威力でしたし……」
これまでの魔力がないという話とは、あまりにかけ離れた現実だった。
アリシアには説明を求める権利がある。
「自分もよくわからないんだ。湯船につかった後みたいな感覚で……」
バーティスは首をかしげながら頭をかいた。
当座の危機が去ったので、態度もゆるくなっている。
「あっ、その感覚、わたくしと似てますね……。もしかして……」
アリシアは簡単な肉体強化の魔法を詠唱する。これぐらいなら自分も詠唱を覚えている。
実験をしてみる必要がある。
「バーティス、わたくしの手を思いっきり握ってみてくれませんか?」
「なんだい? アリシアの土地だと勝利を讃えるのにそんな方法をとるの?」
「いいから、一度やってみてください」
バーティスは若い弁護士のような華奢な男だが、握ってきた手はそれなりに力強かった。剣の教育を受けたというから、体も鍛えられたのだろう。
アリシアは少しだけ手に力を加えた。
「痛い、痛い! 聖騎士伯家は女性でも巨人みたいな握力を持ってるのか?」
「いえ、本より重いものは持ったことはないです。辞典で腕を鍛えたこともないですよ。理由はわからないですが、わたくしたち二人とも、魔力が体に宿ったようですね」
「神の奇跡が起きたのでなければ、そう考えるしかなさそうだね」
「神の奇跡……。そういえば、本で読んだことあります」
アリシアは思い出しながら話す。少し説明がおかしいところもあるかもしれないが、だいたいの意味は通じるだろう。
「『聖騎士・聖女現象』というのですが、名前がおおげさなのは置いておいてください。その内容なんですが、魔力のない者が特定の誰かに近づいた時に、お互いに魔力が引き出される現象のことです」
現象名は、女性を守ろうとした騎士が、女性ともども魔力に包まれ、聖騎士と聖女になったという伝説に由来する。
自分を聖女だとはとても思えないが、伝説と自分の体験は相当近いなとはアリシアは思った。
「そんなわけないだろうと言いたいところだけど、倒れてる敵が実在してるからね」
敵に打ちつけられた木の壁は穴が空いているところまであった。
そこに追加の護衛が集まってきた。「大丈夫ですか!?」という声が続けて飛んでくる。
「後味がいいのか悪いのかよくわかりませんが、帰りましょうか」
「帰るも何もこのまま案内を続けるほど非常識じゃないよ。仰々しいけど、かき集めた護衛を何重にもして帰るよ」
目立って恥ずかしいが、ほかにも襲撃犯が残っている可能性はある。
アリシアもそれを否定するわけにはいかなかった。
「それとさ、ちょっと嬉しかったな」
バーティスは照れたように笑った。
「バーティスって呼んでくれたね」
そういえば、自分をかばってくれたバーティスの名前を叫んでいた。
「非常事態でしたからね、バーティス」
● ● ●
ブルーフォード城に戻った二人は魔力が身に着いたかどうかの実験をいろいろと行った。
様々な魔法を試してみたり。魔力の測定器で魔力量を確認したりした。
結果は、文句なしに魔力があるというものだった。
しかも由緒ある伯爵家の一族が有する魔力量をはるかに超えた基準で。
「お父様やお兄様の魔力量は知っていますが、それの倍はありますね……」
アリシアは測定機の目盛りを読み取りながら、言った。
魔力の測定器は体重計のようなもので、台の上に乗った人間の魔力量を検知して目盛りが動く仕掛けになっている。
これまではほとんど動いた記憶のない目盛りがアリシアの前で、大きく動いた。
最初、測定器が壊れたのではと思ったほどだ。
「こっちも同じぐらいだった。ほんと、とんでもないね」
バーティスは手のひらに炎を出したりして、調節をしているようだった。
「『聖騎士・聖女現象』ってやつだよね。名前が少し恥ずかしいんだけど、それを信じるしかないよね」
「名前が恥ずかしいのは同感ですが、つまり魔力のない者同士の接触が引き金になって、魔力に目覚めるということですね。いわば眠っていた魔力が発現したということです」
「家系に魔力を持っている者は何人もいたから、そういうものが眠っていてもおかしくないってことか」
バーティスは今更ながら、自分に起きたことがどういうことか考えているようだったが、急に真面目な表情になって、
「アリシア、本当にありがとう」
アリシアに貴族式の最敬礼を示した。
「これまで魔力がないなりに辺境伯家を治めていくつもりでいた。魔力がある者の侮蔑や反抗を抑えこんでいくのは大変だけど、それが魔力のない者の枷だと諦めてどうにかやっていこうと思ってた。でも――」
バーティスが顔を上げる。
「そんな枷はすべてなくなった! 二人の未来はバラ色だと思うよ!」