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第8話 城下町の案内中に

 城の案内が終わり、アリシアはバーティスに城下町へと案内された。



 馬車で市街地まで移動すると、そこから先は馬車を降りて、歩くという。



 歩いて確認しないと、街の雰囲気までつかめないので、理にはかなっていた。



「こういう言い方は悪いかもしれませんが、想像以上に栄えていますね。もっと街の規模は小さいと思っていたんです」



「アリシア、その言葉も半分正解だ。辺境と言うぐらいだから、このあたりは人口も多くない。でも、生活に都市は必要だ。だから、人はここに集まってくる。田舎だから、ほどほどの大きさの街というのがなくて、拠点になる城下町と、小さな寒村だけってことになる」



「人口を均等に分散したら、やっていけないってことですね」



 聖騎士伯家の領地は比較的王都に近かったので、極端に人口が少ないということもなく、いわば豊かな田舎といった土地だった。



「ちなみに、書店はありますか? ちゃんと本が入荷されているか気になります」



「アリシア、妙に目が据わってるな……。当然、ある。品揃えが十分かはわからないが、そこは確認してみてくれ」



 早速、大通りに面している書店に寄って、店員に話しかけたのだが、



「あんべらみー、べばね、はりうーら、へんでごよー?」



 本当に何一つ、店員の言ってる言葉がわからなかった。



 アリシアが硬直していると、バーティスが助け舟を出してくれた。



「おぐりな、へらー、ほーでぃねー」



 その言葉のどこにそういう意味があったのかわからなかったが、店員は入荷している本と入荷予定の本のリストを持ってきてくれた。



 品揃えは充実しているとはいえないが、取り寄せることはできそうだし、本の兵糧攻めにあうようなことはなさそうだ。



「本当に何もわかりませんでした……」



「このあたりは、隣国の言葉の影響も強いしね。これでも城下町の言葉はまだわかりやすいほうなんだけど、とっかかりがなければどうしようもないか」



 楽しげにバーティスは笑っていた。



「城でアリシアと接するような立場の人間は。王都の言葉が使えるから心配いらない。方言しか使えないのでは、王都やほかの領主の処に出向けないから、王都の言葉は必須技能なんだ」



「それを聞いて、安心しました……。土地の言葉も学ぼうとは思っているのですが、どこから手をつけていいのかすら、まったくわからなかったので……」



 城下町は堀に面するようにできているので、郊外に向かわない限り、何度も堀にかかる橋が目につく。慣れるまでは迷いそうだった。



「おおかた、街の雰囲気はわかったかな?」



「はい、特徴はいくつかあるんですが、ちょくちょくオークの姿が目につきますね」



「オークにも生活必需品はいるからね。大量に買い付けるオークの商人がいる。大きなトラブルはなく、治安も保たれてるよ」



 アリシアもとくに城下町が騒然としている様子は感じない。



「こんな時に聞くべきではないのかもしれませんが、以前に当主が戦で死んだのに、感情的に許せるものなんでしょうか?」



 聖騎士伯家は領内に異民族がいるとか、力を持った教会があるとかいったことがなかったので、このあたりの実感がわかりづらい。



 バーティスは答えづらい質問でも、やはり表情を変えず、落ち着いていた。



「民衆レベルだとたいして問題ないな。そもそも、オークが反乱を起こしたのは税金の一方的な値上げによるものだけど、値上げ自体はオークじゃなくても行われた。だから、民衆としては辺境伯家の味方という意識はないね」



「言われてみれば、そうですね」



「そこで、城下町の店が略奪を受けたりすればオークへの憎悪も高まっただろうけど、ここまでオークは攻めてきてない。襲われた村が皆無じゃないから、そういう土地の人間は憎んでるに決まっているだろうけれど、反乱の原因が税の問題だから、オーク側もはっきり辺境伯家の軍を敵とみなしていたよ」



 内戦があったばかりという割には、城下町が平和そうなのは、ここが戦火に遭わなかったからで、考えてみれば意外でも何でもない。



「あの反乱は話し合いの大切さを実感したよ。税を上げるにしても、相手と話し合って、ゆっくり落としどころを決めつつやっていけばこうはならなかった。でも、突然、この穀物の税を三割上げる、こっちは四割上げるということをやったものだから、オークは腹を立てたんだ」



「人間扱いをされてないと思ったと」



 バーティスがうなずく。



「人間もオークも面目やプライドは大切なんだ。それを踏みにじられた時、中には命懸けで戦おうとする者が出てくる。オークの反乱もそうだった」



「わたくしの父親も婚約破棄を聞かされた時、鎧をつけていましたよ。さすがに挙兵はしませんでしたが、一戦交じえてもいいんだぞという態度でした」



「当然の反応だ」



 バーティスは迷いなく、そう言った。



「オークの問題は今のところ、ないな。どっちかというと、僕の立場を認めない勢力のほうが――」



 その時、アリシアは急に周囲に殺気がみなぎるのを感じた。



 刃物を持った民衆風の男が何人もいる。



 しかも、やけに鋭い目つきをしている。



「バーティス! 辺境伯家を乗っ取った裁き、この場で受けるがいい!」



 男の一人の声は、きれいな王都の言葉だ。



(となると、辺境伯家の関係者ですか)



「ああ、兄の寵臣だった連中か。お前らを罷免したのは、公正な裁定の結果、明らかに職務上の違法行為が多かったからだ。自分の生き方の汚さを恨め」



 平然とバーティスは言い返して、剣を抜いた。



 寵臣はその当主一代でしか活躍できない。



 自分以外の誰かにいい顔をしておもねり続けた者を使いたいとは次の当主は考えないからだ。彼らもそういう存在だったらしい。



「魔力はないが、お前たちを斬り殺せる程度の剣技ならとっくに習得している」



 アリシアの視界の奥には走ってくる警護の者が見えた。敵は通行人に化けて、隙を突いたのだろうが、それでも与えられた時間はほとんどない。



「お前らには剣の腕も、僕を狙って火だるまにする魔力もないことは知っている。犬死にだな」



 バーティスはそこまで動じた様子はない。

 勝てるという確信があるのだ。



「お前を倒す力はない。だが、お前の新妻を殺すなら十分だ!」



 その言葉を聞いた途端、バーティスの顔が凍りつく。



(まさか、最初からわたくしのほうが狙われていたんですか……)



 新妻をすぐに暗殺されたとなれば、新当主はたとえ無事であろうと、その権威は失墜する。とても当主として、まともに統治はできないだろう。



 敵の一人の手が赤く光っていた。



 炎の魔法――おそらく火球を使おうとしているのはアリシアにもわかった。



 その手から火球がアリシアのほうに撃ち込まれる。



(逃げる暇が……ない!)



 もし魔力が高い人間なら、魔法による攻撃もある程度、軽減できる。その間に自分で治癒魔法が使える者はそういったもので身を守れるかもしれない。



 だが、そんな力はアリシアにはない。



 火球が飛んでくる。



 球というより炎の幕だ。一歩横にそれたぐらいでかわせるものではない。



 それにしても、その炎の速度はやけにゆっくりに感じる。



 こういう現象は本で読んだことがあった。だが、あまり縁起のいい時に起こるものではない。



(これは不幸すぎるんじゃないですか……。神様がこういうことを決めているなら、ルール改定を要求したいところです)



 もうダメだとアリシアが諦めそうになった時――



 横から、バーティスが飛び込んできた。



「アリシア!」



 アリシアが初めて見た、バーティスの必死の表情だった。



 バーティスの腕がアリシアを包む。



 ゆっくりに感じていた時間が通常の速度に戻った。



 バーティスの背中に火球が直撃した。



「うああああああっ!」



「バーティス!」



 バーティスの悲鳴を聞いて、アリシアは初めて夫の名前を呼んだ。



 やけに体が熱い。自分も火球を受けたのか?



 いや、そういう暴力的な熱さではなくて、もっと優しい温かさだ。



 天国に召されるのかと思ったが、そうでもない。体は地上にある。



「あれ? なんだ、ダメージになってないぞ。ほんのり温かいだけなんだけど」



 バーティスも似た状況らしい。


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