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第7話 お城の案内

 辺境伯家代々の居城であるブルーフォード城までの道のりはなんとも長かった。



 しかも、輿入れなので、慌ただしく目的地を目指すわけにもいかない。ゆっくり、ゆっくり辺境伯の支配する州を目指す。



 アリシアも最初のうちはお行儀よく馬車の中で座っていたが、あまりにも長いので持ってきた本を読んで、日を過ごしていた。



 輿入れ道具としてアリシアは大量の本を持っていくことにした。



 大半は気になっていたり、名著として名前は聞いているが、まだ読んだことのないものばかりである。



 辺境伯の所領に着いて、暇でやることがなかったとしても、これでどうとでもなる。



 出発から一週間ほど経つと、馬車の外から聞こえてくる話し声が何を言ってるかわかりづらくなってきた。



 アリシアのいる州とは方言が違ってきているのだ。



 辺境伯バーティスが王都の言葉を話すのは知っているが、ほかの家臣たちはどうだろうか?



 少なくとも、その土地の庶民の言葉を聞いて理解するのはしばらく難しそうだな、とアリシアは思った。



 輿入れの移動中という中途半端な状況だからこそ、ついつい不安に駆られてしまう。



 婚約せずに読書をし続けて、一生を過ごすという案も悪くなかったのではないか。



 両方を試すことはできないので、どっちがよりよいかなどわからないのだが、決断してからも不安はある。



 ぼうっとしていたら、読んでいる本の登場人物のセリフをいいかげんに流してしまっていたので、アリシアはそのページをもう一度読み直した。






 ブルーフォード城の前に到着したのは、アリシアが馬車の揺れに慣れてうとうとしていた時だった。



 実家の城と比べても、ひけをとらない。



 いや、むしろ、このお城のほうが大きい。



 この場合の城というのは建物としての城のことだ。小高い丘の上にその建物はある。その丘の城にたどり着くには、丘をらせん状に削って作った階段を上がっていく形になる。





 一方、防御施設としての城としてみれば、二重、三重に水堀が作られていて、とくに三重目の堀のすぐ外側は城下町が形成されていた。こちらはうたた寝する前に少し様子を眺めた。



 辺境と名前がついている割に、街の規模は決して小さくない。



 王国東部では三本の指に入る大都市ではないだろうか。



(ところで、また手のひらが熱いのですが、これは何でしょう……)



 そんな病気は聞いたことがないから、体質的なものか。





 アリシアはすぐにバーティスに出迎えられた。



「お越しくださり、ありがとうございます。本当に遠かったでしょう?」



「その敬語ですが、もし口癖でないならやめていただいて構いませんよ」



「口癖というのは?」



「わたくしは誰に対しても丁寧語でしたから。一族で年下の者もいなかったので、これで慣れているんです。なので、これ以上、ぞんざいにしゃべれと言われても難しいのです」



「なるほど。では、私は少しだけフランクなしゃべり方にしてみよう。これでいいかな?」



 バーティスはすぐにアリシアの言葉に応じた。



「ええ、もちろん」



「それと、『私』というのも肩がこるし、君といる時は『僕』でいいかい?」



「はい、夫となる方に遠慮されても困りますからね」



 演じている部分もあるのかもしれないが、今のところ、この夫の態度は悪くはないなとアリシアは思った。



「初めてこの地に降り立って、わからないことばかりだよね。まだ日も高いし、お城と城下町を僕に案内させてほしい。当然、護衛は近くにつけることになるが、極力、僕の口でこの土地を紹介したいんだ」



 バーティスは堂々としていたが、少しだけ額に汗が見えた。



「もしかして、緊張していらっしゃるんですか?」



「隠し続けることはできないから白状すると、そうさ。領主になったのもつい先日だし、さらに君を迎えることになって、まったく慣れていない。本音を言えば、図書室で兵法や軍略の本を読んでいるほうが気は楽さ」



 アリシアはついくすくすと笑ってしまった。



「それ、わたくしも同じです」



「魔力が使えないと、言動も似るのかもしれないな」



 この調子であれば、夫と上手くやっていけそうだな、とアリシアは思った。



 あとはこの印象が外れないままでいてくれればいい。






 まず、バーティスは居城の案内をした。



 ざっと建物を見てまわってから、堀の近くにある薬草園や植物園にも連れていった。



「籠城時のために食べられるものばかり植えてあるんだ。これは辺境伯の代々の知恵だね。周囲を隣国の兵に囲まれたことも、歴史上、二回ある」



「豪華なお城のようですが、ちゃんと計画的にやっているんですね」



「計画的というのは半分正解で、半分は間違いだね。あの丘の建物、ずいぶん鮮やかな白だろう? この土地にはない石を運んできたんだ」



 バーティスは丘の居城を見上げた。日の光を浴びて、余計に白く見える。



「あれははっきり言って、無理して建てた城だ。といっても、何代も前の当主がだけど。辺境伯家と言うだけあって、この土地は王国のはずれにある。作物の育ちもあまりよくないから、お世辞にも豊かな土地柄じゃない。なのに無理をして、あれを建てた。もう一回り小さくしても問題はなかったよ」



「では、正解の部分というのは?」



「城の土地としての面積が広いのは、その広さが必要だったからだ。隣国と戦う時は、ほかの領主の軍も収容しないといけないしね。ここは国の防御の要の城でもあるんだ。最近は王家からは忘れられているようだけど」



 たしかに領主同士の小規模な争い以上のものを想定するなら、城域は広いほうがいい。



 辺境伯というのは王国の防衛を任された特殊な領主なのだ。



「結果論ではあるけど、そのあたりの意識を王家が持っていれば、オークの反乱もなかったし、兄も戦死することはなかったな。その場合、僕は兄にこき使われ続けることになっていたかもしれないから、複雑な気分だけど」



「そういえば、オークの反乱の理由って何なんですか?」



 オークは山間部に住んでいる種族だ。国家というほどのものは持ってないので、建前としては、このマリティア王国の民ということになる。



「兄がオークの税金を重くした。オークがそれに反発した。わかりやすいだろ?」



 バーティスは肩をすくめた。



「ただ、オークが気に入らないから機械的に税金を上げたんじゃない。この辺境伯家はもともと穀物の収穫が少ない、だからそれを考慮して王家に納める税も少なく設定されていた。その軽減措置が廃止された」



「税を上げるしかなくなった、ということですね」



「そういうこと。まあ、兄はオークが反乱を起こしたら討伐してやるぐらいの気持ちでいたんだけど、毒を喰らって死んだ。なので、王家も悪いし、兄も悪い。反乱が起こるぐらいなら、安い税を払わせたほうがよっぽどお金も節約できた」



 バーティスは淡々と語った。あまり感情の揺れ動きが激しいほうではないようだ。



「もっとも、こんなこと、静かに聞いてくれている君も知っているよね? 何も知らないまま、この土地まで来ることはないだろ」



 アリシアも笑って、うなずいた。



「ええ。あくまでもわたくしができる範囲でですけど」



 アリシアも個人的に辺境伯家の政治や情勢については調べていた。



 王家が発表する内容は不都合な部分が何も入ってないので、裏を取る必要があった。



 おおむね、バーティスの語っていることと同じだった。



「いろいろと調べて、差し出がましいですか? たとえば、前の婚約者ならものすごく嫌な顔をしたと思いますが」



 答えは予想がついていたが、アリシアは尋ねた。



「政治に口出しするなと思うなら、僕も違う人を選んだよ。僕だって、君の評判は確認してる。王子の婚約者にされて苦労しただろう。無能なのにプライドが高い奴は扱いに困る。世話を焼いてやったのに、恨んだりするから始末に負えない」



「婚約破棄の以前から密偵でも入れていたんですか?」



 アリシアには王子の素行で思い当たる節がありすぎた。



「一般論だよ。それに、当時の僕は露骨な日陰者だった。日陰者というか、幽閉されていたんだ。兄さんからすれば、自分の子供が生まれるまでは、僕は伯爵の地位を奪う危険があったからね。内戦があったから、ようやく一軍の将としての役目を仰せつかったけど」



「苦労人ですね。少なくとも、そんなに飄々(ひょうひょう)とした態度でいられる人生ではなかったでしょう」



「たくさん不幸だった分、やっと幸せがやってきたって感じだ。それと、不遜かもしれないけど、できることなら君も幸せにしたい」



 いきなり真剣な顔になって、バーティスはそう言った。



「夫……らしいかな? 男らしい性格じゃないのはわかってるから、意識的に言ってみたんだけど」



 だんだんと不安そうになるバーティスを見て、アリシアは微笑んだ。



 うん、悪い人じゃない。だったら、どうにだって、やっていける。



「いえ、かっこよかったですよ。あと、『君』と呼ぶのはやめてください。妻なのですから、アリシアと名前で呼んでくださいませんか?」



 少し、バーティスは空咳をしてから、



「ア、アリシア」



 と言った。


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