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第6話 魔力0同士の婚約

「もちろん、なんなりとお答えいたします。妻になるかもしれない方に隠し事をするわけにはいきませんからね」



 バーティスはゆっくりとうなずいた。



 兄の死で急に辺境伯になったという割には堂々としている。



「わたくしはご存じのとおり、魔力がありません。王子に婚約破棄されたのも、それが理由です。そんなわたくしでは力不足なのではないでしょうか?」



「当然、お聞きになられるでしょうね」



 バーティスは表情に笑みを浮かべた。



「魔力がある妻だと一生バカにされると思ったからですよ」



 なんとも変な理由だった。



「聖騎士伯家のご令嬢もご存じだと思いますが、私も魔力がない性質たちです。この生まれのせいで兄――前代の辺境伯には幼い頃からいじめられたものです。もう、魔力がないだけで軽んじられるのは嫌なんですよ」



 ある意味、隠し事をしないという言葉にウソはない。



 この理由は取り繕ったものではなくて、本音だからだ。



「ですが、辺境伯のお子さんがみんな魔力を持たないということもありえますが、それも構わないと?」



 アリシアはさらに尋ねた。



 辺境伯家はバーティスの代で終わりというわけではない。これからも東部の国境線を守るために、いつまでも続いていく。



 バーティスの言葉は未来を軽視しているように感じる。



「それでしたら、問題ありません。魔力などなくても統治ができるということを私が証明してみせますので」



 バーティスが断言する。



 若い弁護士としゃべっているみたいだとアリシアは思った。



「軽薄に思われたかもしれませんが、ひとつ前の戦いで最も戦功を上げたのは私です。お疑いになるようなら、調べていただければけっこうです」



 ひとつ前の戦いというと、オークの反乱を鎮圧した時のものだ。



「辺境伯の口から直接お伺いしたいですね。いったい、どのようにご活躍なされたのか」



 領主の一族ということで名目的な将となっただけかもしれない。

 与えられた兵が優秀で実績を残せただけではないのか?



「ええ、簡単なことです。オークの軍が進撃してくる谷筋に沿って、小さな砦をいくつも並べました。オークの軍は砦を攻略するごとに多大な被害を出して、我々の所領の中央部に来た時には八方ふさがりになりました。それを助命することで講和としたのです」



 その話に、聖騎士伯家の関係者が「おお!」と称賛の声を上げた。



 だが、アリシアは引っ掛かるものを感じた。



「間違いありません。こちらでも調べさせていただいたが、たしかにそのようだ」



 アリシアの父、オルテリックが補足するように口を開いた。



「あなたの活躍がなければ、辺境伯家の居城はオークに囲まれていたかもしれない。表向きは戦場に出て負傷した前代の辺境伯の武功が評価されたが、たしかにあなたは陰の功労者でしょう」



「魔力がないので、知恵でどうにかするしかなかったのです。いわば、戦術家になるしかなかった」



「あの、お尋ねしてよろしいでしょうか?」



 もう一度、アリシアは手を上げる。



 バーティスが小さくうなずいた。



「砦をいくつも築かれたそうですが、オークに攻略された砦の兵はどうなったのでしょう?」



 バーティスは武功を語るが、その裏に命を捨てる覚悟で戦うしかなかった兵士が大量にいるのであれば、とても信頼できない。



 他人の命を消耗品のように扱う男が、妻だけは丁重に扱ってくれるだなんてことは期待しないほうがいいからだ。



「そこはご安心ください。戦なので負傷者は出ましたが、砦にこもった者に死者は出ていません」



 バーティスが断言する。



「城が落ちることと、城の兵士が玉砕することは別です。城は谷に面した斜面に築かれていて、背後の山から脱出するようにしていました。敵が砦の中心部まで入ってきた時点で、兵士は撤退するわけです」



 たしかに平地の小さな城の周りを囲まれたわけではないので、脱出経路はある。



「だが、砦が落とされたということも一面の事実です。それを私たちは利用しました」



「利用? 城が落ちたという事実がどう役に立つのですか?」



「敵は被害をいとわず強引に城を落とした成果に満足して、同じように強引に次の城を攻める。そして多大な被害を出しつつも、またも城を落とすことに『成功』する。表層的には勝ち進んでいるわけだから、それを続けるしかない。やがて彼らは兵力の消耗が激しすぎて、身動きがとれなくなりました」



 アリシアは知らないうちにうなずいていた。



(なかなかの策士ですね)



 この辺境伯の元に嫁げば、少なくとも翻弄されるだけの悲惨な人生を送ることはないはずだ。



 ただ、突然、魔力がないままに今の地位に就いたわけだから、敵も多そうだが、そこはどうにか乗り越えられるのではないか。



 それに、先ほどから、なぜか手のひらに熱がこもっている。



 緊張だとか興奮だとかいった理由ではない。具体的なことはわからないが、そういう心理的な原因によるものではないというのは確実だ。



 自分とこの辺境伯との相性は悪くないと思うのだ。



 アリシアはできうる限りの笑みを浮かべた。



「辺境伯、お生まれになった月はいつですか?」



「八月です。亡くなった母が話していましたが、内陸に熱がこもって、嫌な日だったそうです」



「わたくしの生まれは十月ですから、二か月だけ辺境伯が早くお生まれになったのですね」



 アリシアは隣のオルテリックのほうを向いた。



「お父様、わたくしはこの縁談、お受けしようと思うのですが」



「そうか。お前がよいと言うなら好きにするといい。ただし、没交渉というのは寂しいから、最低でも月に一度は手紙を送ってこい」



「なかなか大変ですが。善処いたします」



 アリシアは辺境伯のほうに体を戻す。



「辺境伯、不束者ですが、わたくしでよろしければ。何か条件があれば、おっしゃってください」



「条件をつけられる立場ではないのですが、しいて言えば魔力がない者を粗末に扱わないこと――ぐらいですかね」



「問題ありません。わたくしたちも魔力はありませんしね」



 ここに辺境伯ハッシュランド=バーティスと聖騎士伯の娘クリーディア=アリシアの婚約が成立した。



 同日、辺境伯家へのアリシアの輿入れの日も定められ、アリシアは辺境伯の妻となった。



 輿入れ前日、兄のラスターがやたらと悲しんでいて、彼の妻に「そこは笑顔で送り出してあげなさいよ」とたしなめられていた。



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