第15話 王太子の死
カルストラを逃がすことにしたのは、面識のある人間を処刑するのが気が重いからといった理由だけではなかった。
アリシアはカルストラが正式に罪人として指名手配されているわけではないことが気にかかっていた。
カルストラを逮捕せよとか処刑せよといった命令は公には出ていない。
あくまでも、密書の形で届いている。
つまり、公にはカルストラは犯罪者ではない。
カルストラ本人がやけに偉そうな態度を崩さなかった理由の一つには、自分が犯罪者とはされてないことを知っていたせいもある。いくら暗愚でも自分が指名手配されてると知っていて、領主のところを転々とすることはありえない。
この「公でない」というところが厄介なのだ。
「密書の存在などないと強弁された場合、犯罪者でない王子を殺した事実だけが残りかねません。少なくとも、直接手にかけたという事実はあるべきではありません」
アリシアはバーティスにそう伝えていた。
「なるほど。僕たちを討伐する理由に、王子を処刑したことが使われかねないということか」
バーティスは気味の悪い顔になる。楽しい想像ではないから、仕方ない。
「王家は昔からそういった手の込んだことをしてくるところです。辺境伯家をつぶそうとまでは思っていなくても、とりあえず罪をかぶせて、権益を少し奪ってやろうとか考えていてもおかしくありませんから」
「その点、アリシアの策は用意周到だね。『溺死した可能性が高い』と報告して、王子を死なせたとイチャモンをつけてきたら、『隣国に逃げている可能性があることがわかった』と言えばいい。そこまで慎重に動けば、王家も軽々しくは動かないはずだ」
「白か黒か決めるのが王家なのが少し腹立たしいですけれどね」
アリシアはこうした処世術ばかり上手くなっているなと思った。
そして、王子カルストラが自分の命が狙われていると知った翌日。
彼はアリシアが勧めたように、馬に乗って郊外を見て回りたいと言った。
彼は犯罪者ではないので、外に出る権利もある。おかしなことではなかった。
問題があるとすれば、雪が多くて動きづらいことだが、雪の旨を告げられると、余計にここに留まっていると危険だと判断して、馬に乗ると言った。
王子一人を供もつけずに郊外までやるわけにはいかないので、途中まではバーティスの近衛兵がついていく。
途中でカルストラは馬に乗って逃げだすことになっているが、近衛兵たちはこれを追いかけたりはしない。ここにいるより逃げてくれたほうが都合がいいのだ。
バーティスも街の外れまではカルストラを送る仕事についた。辺境伯としての責務だ。
「この道は昔からの官道でもありましてね、国境地帯の砦まで伸びています。さらに行けば、隣国です」
「そうか、そうか。一度、この国の果ても見てみたいものだな」
カルストラは明らかにその砦のほうに向かいたいのがバレバレだった。
「ああ、そんなに見送りは不要だぞ。辺境伯にも政務があるだろう。こちらは陽気な旅人として――」
カルストラの言葉はそこで潰えた。
鋭い氷の刃が何本も心臓付近を貫いていたからだ。
すぐにカルストラは落馬した。即死なのは明らかだった。
「すぐに犯人を追え!」
バーティスが叫んだが、犯人とおぼしきローブをかぶった男は街の雑踏に消えてしまい、脱ぎ捨てられたローブだけが発見された。
人相もわかるものがおらず、捜索は絶望的と言ってよかった。
後日、辺境伯が王太子を暗殺したことを弾劾する書状がブルーフォード城に届いた。
「くっ! 王家は最初から僕に罪をなすりつける気だったわけか!」
処刑しろという密書どおりにやっても、そんな密書はないと罪に問うし、カルストラが逃げるかもしれないように仕向ければ、その前に殺して、辺境伯の犯行と言いたてるつもりだったようだ。
「まあ、こうなることもあるとは思っていました。最悪の場合に備えた動きもしています」
「動きって何だい?」
「聖騎士伯家もこちらにつきます」
● ● ●
聖騎士伯オルテリックは王家のきな臭い情勢にも気を配っていた。
元々、辺境伯家に対してなされた税率の変更を、辺境伯家は内乱があったことなどを理由になし崩し的に中止していた。
それを王家はやむをえないことと認めていたが、内心では王家から遠く離れた土地の領主が王家をないがしろにしていると腹を立てていたようである。
そして、没落した王子を殺した罪をなすりつけて、身動きがとれなくしようとしたというのが真相だろう。
辺境伯家が打てる手は大きく分けて二つある。
一つは全面降伏して、伯爵の地位も返上すること。
王家もそこまで下手に出るなら、これを認めないことはないだろう。争いが大きくなれば金もかかるからだ。
もう一つは徹底抗戦すること。
たとえ、王家といえども無茶な要求をしてくるなら、それを突っぱねるのは当然の話だ。
そして、オルテリックはアリシアが詳細に送ってよこした夫婦の魔力の高さを見て、どうするべきかの決断をすぐに下した。
「親父、なんかやけに楽しそうだな」
ラスターが執務室に入ってくる。
「いや、我が娘が伝説級の魔力を持っているようでな。これなら数百の敵兵を無気力にして無効化するぐらいの魔法はわけもない。無論、一度きりでなく、何発も使えるだろう」
「で、結婚相手の辺境伯の魔法のほうは、どうなんだ?」
「そっちも、敵の前線部隊が全員逃げ出したくなるような落雷の魔法を使うぐらいは容易だろうな」
「つまり、辺境伯に負けはないってことか」
「だな、いっそ、独立国を作ったらどうかと言ってやろう」
オルテリックはすぐに返事を書いた。




