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第14話 夜の訪問者

 その日の夜遅く、手筈どおり、アリシアは一人でカルストラの部屋を訪ねることにした。



 もっとも、尋ねるのがアリシア一人なだけで、後ろのほうにはバーティスと近衛兵が陣取っているが。



 それと、もしアリシアに魔力が備わっていなければ、バーティスもこういったことは認められなかっただろう。今のアリシアなら護身用の魔法が使える。軍事訓練の受けていない悪漢一人なら対処できる。



「あまり気が進まないけどね……アリシアが自分が策に加わるほうが相手を信用させられると言うから……」



「どんな悪女でも、夫の目の前で不貞を働くことはありませんからご安心ください。それに悪女だって不貞を働く殿方は選びます。なので、絶対に大丈夫です」



「わかった。ただ、もしもの時にはすぐに知らせてね」



 バーティスに見送られる形でアリシアはカルストラの部屋をノックする。



 ドアを開けたカルストラは最初、信じられないような顔をしていた。



 もっとも、すぐにドアを開けてもらえるとはアリシアは思っていなかった。暗殺者ではないかと疑って、深夜の来訪者を確認しようとするのが筋だ。何においても抜けている男だ。



「どうして、お前がここに来る……?」



「お耳に入れておきたい話があります。それも人がいるところではできない話です。部屋に入れてくださいませんか?」



 カルストラも廊下で声が聞こえる形で密談をしようとは思わないらしく、アリシアを部屋に入れた。



 これがバーティスであれば暗殺を恐れて、部屋に入れることはしなかった可能性がある。アリシアはやはりこの役は自分でよかったと思った。



「なるほどな。そういえば、逃避行中の人間を扱った恋物語もあるというか、やはり格好よく見えるものなのか」



「はい? 王子、何の話をしていらっしゃいます?」



 カルストラは笑っているが、別に楽しい話をしに来たわけではない。



「なんだ、今の夫より俺が格好よく見えたから、逢瀬に来たのだろう?」



「はぁ? 違います」



 大きな声で否定しそうになったのを、アリシアはどうにかこらえた。



(ここまで、現実認識ができないってどういうことなんでしょうか……)



「ああ、そんな時間のかかることをするのは無謀だな。つまり、暗殺の話だろう」



(なんだ、それぐらいの頭は回るのですね)



「バーティスを殺して、俺に辺境伯になれという相談だろう?」



 突飛すぎる話なので、アリシアは目が点になった。



 非常識すぎる人間は、こちらの想像を超えてくる。



「あの……なぜ、そうお考えになったんですか?」



「俺は父である王に叱られて、こうして身をやつしているが、それでも長らく王の地位に最も近かった男だ。辺境伯家の家格などより圧倒的に地位は高い」



 それに関しては、わからなくもない。実際は罪人か客人か怪しい立場の彼が地位を言っても意味はないが。



「それに辺境伯の妻を妻として迎えるならつながりもある。辺境伯家の姓を名乗るぐらいなら我慢してやろう」



「それは…………王子に圧倒的な軍事力があって、辺境伯家を滅ぼした際には現実味もあると思いますが、今やっても、辺境伯を殺した下手人として裁かれるだけですよ」



 滅ぼした領主の名跡を形だけ継いだケースは他国の例などであった気がするが、そういったことがまかり通るのは戦乱の最中であって、現在の情勢では無理だ。



「今の辺境伯を認めていない一派もいるはずだろう。それをどうにかすれば……」



「皆無ではないかもしれませんが、夫も魔力に目覚めたので、そういった声はほぼありませんよ。前当主時代に権勢を極めて、今は落ちぶれているという人なら協力するかもしれませんが……組織的な活動ができる人数はいないかと」



「本当にお前は頭の固い奴だな」



(反乱なんて命懸けの行為を気軽に行うつもりなんですか……)



 文句を言いたかったが、話が進まないので放っておいた。



「だったら、お前がしに来た話とは何だ?」



「実は王子を殺せという命令が各地の領主の元に届いています」



 さすがにカルストラの顔も曇った。



 これは、ウソではない。各地の領主に届いてるかはともかく、辺境伯家のところに届いてることは事実だ。



「もっとも、王子がこの城に逗留している間は、生殺与奪はどうとでもなります。なので、今、夫は正式な確認を王家に行っております。焦る必要はまったくありませんからね」



「つまり、ここに留まっていれば、いずれ殺されるということだな」



「ええ。王家からの返事が届くまでに、まだ十日は猶予がありますが、入れ違いで王家から『この領内に王子が潜伏している可能性が高いから、見つけ次第殺せ』という命令が届く危険もあります。馬に乗って郊外に遊ぶとでも偽って、そのままお逃げになることをお勧めいたします」



「だが、逃げると言っても、どこに逃げる? 王家に戻るわけにもいくまい……」



「さらに東へ。北東部に向かえば、隣国との国境地帯です。軍隊が隣国に入るわけにはいきません」



 カルストラも恐る恐るうなずいた。



 アリシアは布の袋を取り出して、中身をテーブルに開けた。



 いくつかの宝石がテーブルに転がる。



「これなら隣国でもしばらく生活はできるでしょう。この国に安住の地はありません。あと、明日は衣服もすべて借りたものを使って、着ていたものは極力置いていってください。辺境伯家としては、王子がボート遊び中に溺死したと報告できますので」



「わかった。お前の言葉を信用しよう……」



 これで、準備は整ったとアリシアは思った。






 カルストラの部屋を出ると、廊下で待機していたバーティスがやけに安堵した顔をしていた。



「だから大丈夫だって言ったでしょう」



 小声で囁くようにアリシアは言った。



「気疲れしただろう。部屋に戻ろう」



 バーティスも小声で返す。



(気疲れしているのはバーティスのほうに見えますけどね)

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