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第13話 招かれざる客人

 刻々と冬の厳しさが増す頃、一人の招かれざる客人が辺境伯家の居城であるブルーフォード城に到着した。



 客人はしきりに辺境伯夫妻との面会を求めた。



 最初は不審人物として抑留されていたが、それでも客人の地位を考えると、あまりひどい境遇に置くわけにもいかず、客人は腫れ物に触るように扱われた。



 そして、そう時間を置かず、王家からの密書が辺境伯の元へと届けられた。






● ● ●






「まさか、こんなことになるとはね」



 寝室で密書を妻のアリシアにも見せたバーティスは深いため息をついた。



 言葉はあいまいなものだが。あまりはっきり言いたくないのだ。



 バーティスが密書をここで見せたのは、夫婦の寝室にまで不届き者が入ってくる確率が低いからだ。話が広まるリスクは小さいほうがいい。



「そうですね。あまり殺生はしたくないのですが、わたくしたちは粛々と王家の命令に従うしかないでしょうね」



 アリシアも領主の仕事が綺麗事だけで済むとは思っていない。



 それでも自分たちの判断で誰かが死ぬということは気持ちのいいものではなかった。



「もっとも、殺さずに命令を履行することもできなくはないけどね」



 アリシアはいつも優しい顔の夫の目が笑ってないことに気づく。



「どういうことでしょうか?」



「首を届けろとは密書には一言も書いていない。王家としては犯罪者が消えてくれれば

いいだけだ。幸い、この土地よりさらに北東に行けば隣国へ入ることになる。そこまで犯罪者が逃げれば、僕たちの管轄ではないから追いかけられない。その途中で犯罪者が野垂れ死んだらそれまでということになるけど」



 アリシアはくちびるのあたりに右の人差し指を当てて思案する。



「悪くはないと思いますが……」



「まだアリシアとしては優しさが足りないと思うかい? この件で相談できるのはお互い一人だけだ。何でも話してくれればいいよ」



「いえ、これで本当に無事に解決することになるのかなと。わたくしはバーティスより何度も王都に行っていたから、あの空気がわかるのですが、王家や廷臣の人たちは本当に気味が悪い存在なんです。書かれてあることや言ったことがそのまま正しいと限らないというか……」



「その本性はすでに十分に密書で知らされてるけれどね」



「そうですね。それにこちらが策を弄しても王家のほうが立場が上ですから、今、対策をしようとしても限界があります。ひとまず、善後策をとれるようにお父様にだけ連絡をしておくことにします」



 アリシアは父の聖騎士伯オルテリックに状況を伝える伝令を送った。



 それからバーティスに明日の細かな計画を伝えた。



「バーティス、明日はお願いしますね。おそらく、腹が立って、その場で投獄したくなったりすると思いますが、イライラしないでくださいね」



「そういうのは慣れているから、安心して」








 翌朝、辺境伯夫妻の公式の謁見の場に姿を見せたのは、王子のカルストラだった。



 ただ、相手の身分が高いので、高いところにある辺境伯の椅子に座らず、夫婦もカルストラと同じところにまで降りてきていた。



 周囲には近衛兵がいるので、カルストラに怪しい動きがあればすぐに取り押さえる形になっている。



「まさか、こんな辺鄙な土地にまで王子ともあろう方がいらっしゃるとは思いませんでした」



 さばさばとした態度でバーティスが言葉を発する。



 言葉はぞんざいではないが、態度に敬意はない。



「狭い部屋で数日、留め置かれたぞ。ずいぶんなやりようだな。しかも、今だって王子である俺と同じ高さにいる。いつからそんなに偉くなったつもりだ?」



 アリシアは落ちぶれた王子の態度を見て、この男と結婚しなくて本当によかったと実感した。



 自分のことがなくても、この男は必ず失脚しただろう。そしたら、妻にも責任の矛先が向いたかもしれない。



「たしかにお前の妻は、俺の元婚約者だったかもしれないが、お前が王族になったわけではないだろう」



「その件ですが、王家から通達をいただいておりまして」



 バーティスは書類を出して、カルストラの元に示した。



「扱いは王族ではなく、伯爵相当でよいということになっております。各地の伯爵を訪ね歩かれました折に、その当主より偉いとなると、現地が応対に苦慮されますからね。これに関してはどの伯爵家にも一律で届いているものです」



「そうか。どこの土地でも扱いが三流なので、こいつらは王家に突き出すつもりではないかと、移動を繰り返してきたのだ」



 どの伯爵家にしても、罪人なのか客人なのかもはっきりしない男がいるのは厄介なので、待遇を悪くしてカルストラのほうから逃げ出したくなるように仕向けたのだろう。



「この城の客人の部屋でお休みになられるのなら、領主として異論はありません。ただ、何分、王家に仕える身ですので、王家から保護を禁じるような通達が出た場合は、ご容赦ください」



「なんだ? まるでそうなることを知っているような言い方だな」



 カルストラの表情がゆがむ。



 これ以上先へ逃げるのが難しいことは本人も自覚しているのだ。



「そんなことはありませんが、ここにいらっしゃった時点で、王家に確認をとる必要はございましたので、早馬を飛ばしております。まだ王都に届いてもない日数でしょうから、返事はまだですが、王子ご来臨の際の扱いの通達はすでにお受けしているので、それに則って対応いたします」



 カルストラは顔をアリシアのほうに向けた。



「アリシア、お前は昔より顔色がいいな。田舎領主の娘は田舎のほうが空気が合うようだ」



 アリシアは腹を立てるというより、同情した。



 今更、下手に出て、賛辞を送られるのも気持ち悪いと思っていたが、こんな孤立無援の状況で憎まれ口を叩くということは、それ以外の対応ができないということだろう。



「王都は人の数が多くて、戸惑うことが多かったのは事実ですね」



「そういえば、ここの兵士から聞いたが、お前は魔力に目覚めたようだな。お前が元々、魔力を持っていれば、そもそも婚約破棄をしてこんな目に遭うこともなかったのに!」



 アリシアは笑いそうになるのをこらえなければならなかった。



 この男は死ぬまで責任転嫁し続けるらしい。



(でも、婚約破棄されなければ、わたくしが魔力に目覚めることがなかったのは事実ですね)



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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「首を届けろとは密書には一言も書いていない。王家としては犯罪者が消えてくれれば(この後改行されています) 誰かが誤字報告の折に書き込んだのか、そのまま文章になっています。
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