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第12話 寝室での会話

 アリシアの輿入れから三か月が過ぎた。



 十一月も後半に入り、今頃、聖騎士伯家では冬の支度が必要になる頃だが、辺境伯家では様相が違っていた。



 すでに城の庭も、城下町もすっかり雪化粧をしているのだ。



「うぅ、寒いですね……。寒さの質が違います。こちらのほうは芯から冷えるというか……」



 アリシアは辺境伯夫妻の部屋に置かれた大きな暖炉の前からなかなか動けない。



「はは。まだ、これからどんどん寒くなるから覚悟したほうがいいよ。雪もものすごく積もるし。田舎のほうだと、二階から出入りするしね」



 バーティスはアリシアと比べるとずっと薄着だ。この土地が地元だから平気なのだろう。



「そういえば、領内の視察をした時、二階にドアがある家がありましたね」



 朝の政務が始まるまでは、二人は一緒に過ごす。



 政務は夫婦揃って行うものもあるにはあるが例外的で、事務的なものの大半は別室で行う。



 アリシアもそれなりに事務作業がある。



 ほとんどの政務を拒否する伯爵夫人もいるが、アリシアの場合は仕事をまったくせずにだらけるのもつらいので、それなりに仕事を入れている。



 女性からの陳情を聞くようなことは、アリシアのほうが都合がいいのだ。男でないと理解しづらい話題があるように、女でないと実感が持てない話題も多い。



 政務がない時間は、アリシアは魔法の習得にいそしんでいた。



 とりあえず、おおかたの治癒魔法や補助魔法は使えた。



 一方で攻撃魔法はあまりいいものが使えない。魔力が高くても、どんな魔法でも使えるわけではなく、体質的に向き・不向きがあるのは知っていたが、アリシアもそうだったらしい。



「少し前に内戦があったとは思えないほど平和ですね。お城まで殺伐とするものではないかもしれませんが」



 今のところ、新婚のアリシアに大きな不満はない。



 相手のところに嫁ぐわけだから、部外者を警戒する者がいるかもと思っていたが、自分の目の届く範囲でそういうものを見ることはない。



「魔力が持てたというのが大きいんだと思う。魔力のない奴をとにかく半人前扱いする風潮はあったからね。逆に言えば、そういうことを主張する奴らより強い魔力を持っちゃえば文句も出てこない」



 バーティスは部屋用の小さなテーブルでお茶を飲みながら、新聞を読んでいる。



 城下町では新聞は五紙が手に入り、それをすべて辺境伯家では買い入れていた。



「この魔力はありがたいなと思う反面、ないままだったらと思うと、少し怖いですね。武門の家柄に嫁げば、どこの家でも同じ問題にぶつかったんでしょうけど、出くわさずに済む試練ならそのほうがうれしいです」



 差別されるのと差別されないのでは、差別されないほうがいいに決まっている。



 まして、魔力は体質によるものなので、努力で補いようがない。



 だからこそ、武門の家柄が魔力の高い血筋を求めるというのは理解できるが、それでも魔力が弱い子供は一定の確率で生まれてくる。



 なかなか難しいものだ。



「そういえば、王家の話だけど、いまだに新しい王太子は決めないんだね。新聞に出てるよ」



 バーティスが不思議そうに言った。



「前王太子がどこかに出奔したままなのに、なんでなんだろ? 一応、まだ情状酌量の余地があると思ってるのかな? となると、前王太子ではなくて、現王太子か」



「そんな人もいましたね。わたくしのせいではないとはいえ、わたくしが関与した人が不幸になっているわけで、少しだけ複雑な気分です」



 カルストラはもはや半分罪人のような扱いである。



 落ちぶれるといった次元ではない。いまだに生きているかすら怪しい状態だ。



「おそらく、命を狙われると考えたんだろうね。王家には彼の弟が何人もいる。母親の身分が高い弟という限定を加えても何人もいる。そういう弟たちの中にはちゃんと帝王学を学んでいる子供もいる。失脚したら、どんな目に遭うかわからない」



「もしかしたら、あの人はずっと以前に失脚していたのかもしれませんね」



 あまりの落ちぶれぶりがおかしいとアリシアは思っていた。



「なんだい。まるで、探偵小説みたいなセリフだね。気になるから話を聞かせて」



「つまり、王太子はわたくしを婚約破棄する前から廃嫡にする予定だったということです。そこで、彼が効果的な失点をしたので、それを理由として採用したわけです」



「ありうる話だとは思う。漠然とした素行不良より、そっちのほうが確実だ。ところで、根拠はあるの?」



「王太子の婚約はそもそも王や側近が決めた政治案件です。それを王太子一人の独断で破棄しただろうかな……と。それぐらい愚かだから落ちぶれたという見方もできますが、そうでない可能性もあるなと思うんです」



 バーティスは興味津々でアリシアの話の続きを待っている。



「たとえば、婚約者の変更許可が内々で出た――というデマを吹き込めば、どうなりますか?」



「それを信じる奴もいるだろうね」



「書面があるわけでもないですし、そんなもの、証明はできません。そもそも、婚約者の変更許可証なんて書類の様式は聞いたことがないですし、あまり体裁のいいものではないから記録に残さないようにするでしょう」



「つまり、『お前の信じたものはすべて偽りだ』と言われればどうしようもないってことだね」



「まっ、すべて、可能性の話でしかないですが。非合理なことをして愛想を尽かされただけということもおおいにあります。愛想を尽かす振る舞いなら王太子はほかにもいくつもやっていたので、はるか前に排除することが規定路線になっていた可能性はあります」



「王家のそういう話は生々しくて怖いけど、僕にとっても全然他人事じゃなかったな。こうして、今、アリシアと話ができているなんて、軟禁状態の時代の自分に言っても信じなかったよ」



 バーティスは遠いものを見るような顔をした。



 バーティスの壮絶な過去はアリシアも聞いている。



 父親が亡くなり、兄が辺境伯になると、バーティスはすぐに屋敷に幽閉された。



 バーティスはその時点で兄が死んだ際の次の辺境伯候補だ。



 兄を殺して、バーティスを辺境伯にしようと思う者が出てくる危険があった。



 かといって、スペアがいないのもまずい。バーティスを殺すのは簡単だが、それで兄が後継者を残さないまま没することになれば、兄は家を絶やした愚者として恥を残し続けることになる。



 結果、バーティスは幽閉される形になった。



「兄に子供がいなくてよかったよ。跡継ぎが確定した時点で殺されていたかもしれないからね」



「その話を聞くと、わたくしの実家は仲むつまじくて本当によかったなと思います」



「本当にそうだよ。自分が生きるためとはいえ、兄の不幸を願うしかない立場っていうのは嫌なものだった。だからこそ、自分が辺境伯をやっている時代はもう少し平和にしたいと思う」



 たしかに血が近いほど憎しみ合う世界というのは、戦争がないような世界でも地獄絵図だ。



 と、その時、ドアがノックされた。

 この時間は、メイドが郵送物を持ってきた合図だ。



 メイドはアリシアに渡してきたものは父親の聖騎士伯オルテリックからの手紙だった。



「また、お父様からですね。年明けには里帰りしないと、攻めてくるんじゃないでしょうか」



 冗談を言いながら、中身を確認する。たいてい、どうでもいいことが書いてあるのだ。



 アリシアの表情が曇る。



「『王家がどうもきな臭いようだから、巻き込まれないように気をつけろ』と書いてありますね」



「きな臭い? 王はまだまだ元気だと聞いているけどね」



「関わらないようにすること自体はこの遠方の土地なら簡単ですが、お父様はこういう勘は鋭いんです。気をつけてはおきましょうか」


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