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第1話 魔力のない伯爵令嬢

「婚約破棄に至った理由は、お前の職務怠慢だ」



 マリティア王国の王子カルストラは冷たい目をして言った。


 その日は式典が行われていて、各地の領主も集まっていた。



 王子カルストラが意図的にこの日に婚約破棄を発表したのは確実だった。



「あの、職務怠慢というのは、どういうことでしょうか?」



 突然、婚約破棄を突き付けられた伯爵令嬢アリシアは当然のように尋ねた。



 平静を保っていられないので、金色のベルベットのような自分の髪を、ついつい右手でもてあそんでしまう。



 いくらなんでも、「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。



 王子に好かれていないことは、ずっと前から察しがついていたが、ここまではっきりと否定されたことなどは一度もなかった。



「そなたの出身である『聖騎士伯家』は国家を、そして国家の象徴でもある王家を守るのがその職責であるな?」



 王子カルストラの言葉にアリシアもうなずく。



「はい、たしかに。わたくしの一族の初代は王国滅亡の危機を救った魔法騎士でした。そして、領地と伯爵の爵位を与えられ、『聖騎士伯家』を興しました。それに間違いは一つもありません」



「聖騎士伯家」は過去の英雄に端を発する地方の有力貴族の一つだ。そんなことは政治や歴史に興味がない庶民でも、知っていることだろう。



 にやりと、王子が立食パーティーの中で、意地悪く笑った。



「だが、お前の魔力は極めて微小ではないか。炎の魔法で、かまどに火をつけることすらできぬ。それで、果たしてどうやって王家を守れると言うのだ?」



「そ、それは……」



 アリシアは言葉に詰まる。その指摘はアリシアの泣き所だった。



 男女ともに優れた魔力の持ち主ばかりが生まれてくる聖騎士伯家の中にあって、アリシアだけは魔力がほとんどからに等しい落ちこぼれだった。本人もそれは自覚していた。



 だからこそ、五年前、十三歳の時、王家から王子カルストラの婚約者にという縁談を持ちかけられた時、アリシアのみならず聖騎士伯家の誰もが喜んだものだ。



 しかし、今になって、そんなことを蒸し返されるとは思わなかった。



「申し開きはできぬようだな。王家に奉仕できないならば、聖騎士伯家としては失格だろう。それがすべてだ。ああ、だからといって、今日のパーティーを楽しむ権利はあるからな。最後まで遊んでいけばいいぞ」



 そう言うと、王子カルストラは側近の者とともに大広間から退出していった。



 アリシアと、話を聞いていたほかの客人たちが残された。



 アリシアも同じようにこの会場から退出したかったが、屈辱と悲しみで足が動こうとしない。闇の魔法でも受けたように目の前が真っ暗になる。



 声を潜めた噂話がアリシアの耳に届く。



「なんで、王子殿下はこんなことを言い出したんだ?」

「情勢が変わったからよ。東部方面が安定したから」

「そういえば、伯爵令嬢は十八歳か。先例で考えれば婚約済みなら十七歳のうちに王家に入るものだからな。それがなかったということは……本当に愛はなかったのだろうな」

「それにしても聖騎士伯家は面目丸つぶれですね」




 情勢が変わったことはアリシアも知ってはいた。アリシアに縁談が来たのも、王家が王国東部がきな臭くなった対策として、東部の実力者である聖騎士伯家と親族になろうとしたからだった。



 だが、辺境近くでオークが起こした反乱は二年前に辺境伯家の若き当主が無事に鎮圧した。懸念はそれで消えていた。



 そのせいでアリシアの価値は王家の中でなくなったのだ。



(だからって、あんまりじゃないでしょうか……)



 アリシアの心中はあきれと怒りの感情が半分ずつ埋まった。



 ただ、それを顔に出すのもよくないので、悲しげな顔をしておいた。



 政治は数が多いほうが有利なので、ここは哀れに思われたほうがいい。



(まあ、愛されてないのはとっくにわかっていましたし、情勢が落ち着いてから婚儀の日程が決まらないままだったので、こうなる気はしていたのですが……だからといって、もう少し穏便に済ます方法ならいくらでもありましたよね。せめて、もっと早く教えてほしかったところです)



王子はわざわざ多くの廷臣や貴族の前で婚約破棄を発表した。



 それは有無を言わせないためという意味もあるだろうが、結果的にアリシアに辱めを与えて、聖騎士伯家すべての面目をつぶした。



 はっきり言って、挑発だ。



 王家全体の意向は不明だが、少なくとも王子は聖騎士伯家が反乱を起こしてもやむをえないようなことをしてきたわけだ。



 王子カルストラは廷臣の娘に惚れていたそうだから、その娘と婚約しようとでもするつもりなのだろうが、王都の近くにわずかな所領しか有してない廷臣は軍事力という面ではほとんど頼りにならない。



 本格的に聖騎士伯家が王家打倒を宣言して攻めてくることは想定しているのだろうか。



「はぁ……」



 アリシアはため息を吐く。

 その反応に居合わせた貴族たちはアリシアが悲嘆に暮れていると感じたようだった。

 だが、実情は少し違う。



(お父様を止めないと、すぐにでも反乱を起こそうとするでしょうね……。さすがにそれは困ります……。自分のせいで戦争になるというのは、いただけません。居城に帰ったら必死に止めないと……)






 翌朝、アリシアはあわてて帰路についた。

 父親の聖騎士伯家当主が伝令からの知らせを聞いた時点で激昂して、挙兵でもするとシャレにならないと思ったからだった。

本日はもう1話更新予定です。

なにとぞ、よろしくお願いいたします!

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