【短編】ポワトゥの戦い~ヴィルヘルミナは弓聖の孫娘【外伝】
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爺ちゃんが参加した、王国軍がメチャクチャ負けた戦から十年。そのリベンジにわたしたちは再び王国へとやってきた。
まあ、雇われの身なんだけどね。
弓銃兵といえば、『ゼノビア傭兵』といわれるくらい、一択の存在なんだよ。ゼノビアは内海沿いにある港湾都市なんだけど、貿易だけでなく、武器の製造・造船でも指折りの国で、その周辺の内陸部にまで影響力を持つ大きな国なんだ。
都市を中心とする小国が乱立する中、ゼノビアの勢力圏にある内陸の国から多くの人間がゼノビアに出稼ぎにやってくる。船乗りになる者、職人になる者、そして一番簡単ですぐ金になるのが『傭兵』というわけ。
わたしたちは扱う『弓銃』がゼノビアのブランド品だった関係で声が掛かったんだよ。正確には、わたしの持つ爺ちゃんの遺品の魔法の弓銃以外の持ち主たちだね。
ゼノビアの傭兵は、ゼノビアの都市を運営する理事の家系が持つ『傭兵団』が募兵し、ゼノビア製の弓銃を装備し訓練された傭兵を、雇い主が依頼して動かす関係になっているんだよね。
というわけで、わたしら村の仲間と共にゼノビア傭兵団に雇われ、王国に出稼ぎにきたというわけだよ。
いきなり戦場で現地集合!! というわけではなく、当然、集合場所が決められている。『いついつまでに、どこそこへ、何人以上集まれ』って感じで依頼を受けるわけだね。
で、そこで、集めた王様なり、貴族様の部下である『募兵官』の人が依頼内容と一致しているかどうか監査して、改めて契約が成立するんだってことだね。数をちょろまかして、人数多く申告して、戦争の後減った分だけ(最初からいない)「戦死しました」って報告して見舞金を吹っ掛ける傭兵もいたりするらしい。
ということで、ゼノビア傭兵団に加わったわたしらは、ロール川沿いにある『ツノソ城』に集合している。王国中央部にある『旧都』の川下、中心都市『トール』との中間にある元修道院跡を改修し、最初は在地の貴族の居城として、近年はこの周辺の支配を強化するための王家の城として大きく改築されたとからしい。川沿いの丘の上に建つびっくりするほどの大きさの城だ。
故郷にある『城』なんてのは、この城の見張塔の一つくらいしかない。王国ってやっぱ金持ってるんだなと実感する。
そこには、王国中からたくさんの貴族様とその騎士様たちが集まってきた。弓銃兵以外の傭兵や、領地から徴募された兵士もいないわけではないけど、それはさほど多くないみたい。
全部で五万人くらい集まるみたいなんだけど、既に、この川の南側の地方を、敵の部隊が荒らしまわって村や町を略奪しまくっているんだそうだ。酷い話。でも、それが奴らの目的でもある。
荒しているのは、ギュイエに領地を持つ『バングル王国』通称蛮王国の王子の率いる一団。蛮王国ってのは、北の外海の向こう側にある島に本拠地を持つ元王国貴族の家系なんだけど、その昔は『入江の民』って呼ばれる蛮族の一党だった。
その頃、大規模な船団を組んで王国の様々な場所を荒らしまわっていた奴らの中で、用心棒として『ロマンデ』に領地を与えて王国の貴族にした一族の子孫なんだよね。因みに、このロール川にもその時代には、そいつらが現れ、トールや旧都だけでなく、もっと上流の街や村、修道院が略奪され、廃墟となったんだってさ。
ロール川は東から西に川が流れている場所が中流の『旧都』あたりまで続くから、西風が吹く時期には風の力で川を遡れるんだって。商人や荷を運ぶ船頭たちにはありがたい川なんだけどさ。
ということで、その『蛮王国』の家系が力を持ち、そのうち、王国西部にあった『ギュイエ公国』の公女と結婚して公国に王の子供を遣わした。分割相続で、『蛮王国』を上の子、『ギュイエ』を下の子に次がせた。
聖征の時代、蛮王が聖王国に向かっている間、王国ではその領地を取り返した? らしい。全部ではないけど、王都の周辺やロマンデのあたりは殆ど取り返したし、聖王国から取って返した蛮王とも長く戦い、蛮王を戦傷死させたこともあった。
けど、王国の力が弱まると、「その領地は本来俺の物」と言い出したり、婚姻によりランドル領を相続しようとしたり、王国から王族の娘を嫁に貰い、その子や孫が『俺らも王位継承権持ってるし、むしろ正統だし!』と主張して王国に戦争を仕掛けたりするんだそうです。
今回の話もそれで、今の蛮王の母親は先代だか先々代の王国の王様の娘で、自分はその孫。今の王国の王様は分家の出身で、俺の方が正当な嫡子だって主張している。
まあ、蛮王国は王国より貧乏だし、言うのはタダだから、それをきっかけに王国内で戦争をして、荒稼ぎしたかったんだろうと思う。実際、自分の国になると思っているなら、その領地で『騎行』なんてしないだろうしね。領民、たくさん死んだり、生きていく手段を奪ったりしたらだめでしょ?
ご当地の貴族は、被害にあわないために王国から蛮王国に従うようになった者もいるみたいだし、遠征するのに食料などは現地調達にしたので、略奪してでも食料を集めないと飢え死にするっていう理由はあるみたい。けど、やっぱ良くないよ。
今回も似た理由で、荒らしまわっているお陰で、歴史ある街が滅んだり、沢山の村が被害にあって、恐らく、畑も荒されたりしているから生活できなくなってるんじゃないかという話。
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「え」
「馬で移動できる部隊だけ先行するってよ。腹黒王子の部隊に逃げられちまうからって」
ツノソに集まる五万の部隊のうち、足の速い騎士とそれに随伴できる騎乗弓銃兵の部隊だけが先行してなんかするらしい。その数約二万。徴収した歩兵や一部の傭兵はこの地で暫く待機になった。
ゼノビア傭兵は残念ながら馬に乗って騎士の集団の後を追う。そして、戦場では騎士の突撃を支援するために、その左右から弓銃を放つという簡単だが危険極まりない仕事を引き受ける。
爺ちゃんに聞いた話によると、前の王国と蛮王国の戦いでは、思い切りゼノビア傭兵は敵の長弓兵に撃ち負けているらしい。今回は、どうなるのかわからないけれど、やっぱり、遮蔽物があるところじゃないと難しいんじゃないかと思う。
普通の歩兵が持つ『弓』と比べれば、弓銃はとっても良い装備だと思う。弓を引くための腕力も少なくて済むし、同じなら威力は段違いに上だ。弓を引くには、結構な訓練が必要だし、弓銃兵はさほど必要が無い。数を揃えて一斉に使用するという運用をするには、弓銃ごとゼノビア傭兵を雇うことが今までは一番だった。
ところが、蛮王国は弓銃より強力な装備を見つけてしまった。元は、蛮王国と敵対する『北王国』の弓兵が扱っていたのが『長弓』だった。普通の弓は1mくらいなんだけど、長弓は名前の通りその倍、2m近くもある。一本の木から作り出された丸木弓なんだけど、その木もイチイとかいうすごく良く撓る木で、力は必要だけど弓銃並みの威力が出る。恐ろしい。
金属バネで生み出す力を長い木で再現するんだからね。
その代わり、引く力は三人分くらい必要になる。騎士を沢山育てるほど豊かではない土地で、騎士の代わりになる戦力となる存在を育てたのが『長弓兵』だ。王国なら騎士になるような自由民を『長弓兵』として、軍役を課す事に換えたんだ。
ということで、長弓兵はゼノビア傭兵以上の技術を持つ専業弓兵であり、尚且つ、弓銃ほどの威力のある長弓をその数倍の速度で放つことができる。船上なら勝てるかと考えたあなたは甘い。この戦争の序盤、海上で二つの国の船が戦った際には、王国が全滅させられている。二百隻のうち、百九十隻が奪われるか沈められた。
長弓無双だったという。もう、王国の船は針山のように矢が刺さったとか。
長弓の弱点は、矢が足らなくなることくらいだと言われている。嫌味か!!
そんな、まだ見ぬ『長弓兵』の話を聞きつつ、わたし達は、古帝国の作った帝国街道を南に下っていく。
王国の大軍が南下を始めたと知った、腹黒王子率いる略奪軍が、自領にむけ後退しているという。相手は約六千から七千、そのうち、蛮王国の騎士・騎兵が二千、長弓兵が二千、王子に従うギュイエの貴族軍が二千から三千ということだった。
こちらは騎乗の部隊が多い、その上、各地で略奪した財貨を持っての移動の為、敵軍の足はかなり遅いという。
「この分なら、ポワトゥあたりで追いつくかもな」
敵は既に『シャルロ』を通過したらしいが、長蛇の列だという。ポワトゥから少し下った『アングレ』まで行くとギュイエの勢力圏となる。逃げ切られるか、追撃が間に合うか微妙な所だという。
「前もそんな感じだったな」
「前も?」
爺ちゃんと同じく、前回の戦いに参加したベテランのおっちゃんたちが話すのに、前回は逃げ切れないようなふりをして、森と森に挟まれた平野で待伏せするかのように蛮王軍が布陣していたらしい。
森が両側にあるという事は、騎士達がその両翼を回り込んで背後に回ることができないということだ。戦いがはじまった時点で、数倍の戦力、騎士に至っては十倍近く揃えた王国軍は負けるわけがないと誰もが信じていた。
しかし、生憎なことに地面は雨でぬかるんでいた。その狭い正面を何度も突撃したことでさらに地面はグチャグチャに。突撃を妨げるように木杭と騎士達が浅い落し穴を沢山掘って待ち受けていた王国軍、そして、狭い正面で後退する先行した部隊と、突撃する後発部隊が錯綜しさらに混乱したところに次々と長弓が降り注いだらしい。
泥の中で落馬したり、徒歩で進もうとして力尽きた騎士を、蛮王国兵が次々に殺して回ったとか……
先鋒を承ったゼノビア弓兵は、やはり長弓兵の圧倒的な射撃を受け、矢の的になるくらいしか役に立たなかったという。うん、だから、野戦ではあんまり役に立たないんだよね。戦列を乱すくらいの仕事か、槍衾で騎士の動きを止めた所での狙撃とかなら、倒せるかもしれないけど。長弓の連射性には全く及ばない。悲しい事に。
だから、今回も、騎士の突撃を支援するために配置されるはず。それ以上はわたしたちの領分じゃないと思う。
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煌びやかな騎士達が、まるで『馬上槍試合』の会場のように集まっている。王国軍は腹黒王子が逃げ切れないと観念したと判断しているようだ。
どうやら、今の王様は、前に大負けした時はまだ王太子で、同じ戦場にいなかったのだという。若い頃から、先代の王様の代わりにあちらこちらの戦場に出てそれなりに活躍し、騎士としても有能であった事から、文弱の傾向のあった実の父親に対して思うところがあったらしい。
――― 曰く、俺なら勝てた
そんなことを良く口にしていたらしい。『騎士王』とか呼ばれて喜んでいる騎士かぶれの王様。それがわたしの感じた印象。
だから、この戦場がちょっと楽勝モードで浮かれているところが気に入らない。
「数は倍。騎士の数に至っては三倍以上」
「でも、前回負けてるじゃない?」
「それはそれ、これはこれ」
いやいや、雨降ってないし地面もぬかるんではいないけどさ。数の優位が生かせない戦場におびき寄せられているでしょ? 前回は両側は森になっている狭い平原。そして、川まで流れていたので、突撃できる範囲は限られていたよね。
今回は、右側が森、左側は丘の斜面を略奪してきた荷物を積んだ荷車で『ワゴンブルク』状に障害物として配置している。その左右の位置に長弓兵を配置しているとみられる。
そして、問題の正面は……生垣です。壁のように丘の麓に植えられている。ボカージュっぽい感じだね。これが、障害物となっている。騎士の突撃がこれに通用するのかという事だよ。生垣で騎士の突撃を押さえて、両サイドから長弓での射撃。正面は馬を下りた重装備の騎士達が待ち構えている。ぬかった地面と木杭の代わりに生垣ってだけに見えるんだけど。どうなのかな?
もう、王国の戦列は、トーナメント会場のように盛り上がっている。わたしたちの役割は、最初の騎士集団の突撃前に前進し、弓銃で突撃する場所に陣取る敵戦列に矢を射込む事にある。
遮蔽物が無い場所でも安全に矢が装填できるように、背負うほどの大きさの自立できるもしくは、地面に突き刺すタイプの盾を各自が用意しているのがゼノビア傭兵の戦闘スタイルだ。
軽装の歩兵よりはましだが、騎士や戦列を作る傭兵の重装備の歩兵団等と比べると、鎧は貧弱。特に、足回りは軽装だ。腕も、騎士や傭兵が手首まである鎖帷子に手甲まで装備するのに対して、弓銃を操作するために七分袖の鎖帷子に革の胴鎧(鉄板の裏補強付)、手袋は革製。そして、自衛用に短めの剣を装備しているくらいで、歩兵としては自衛程度しか役に立たない。
これが、爺ちゃんたちが編成した『自衛団』だったら、斧槍と長槍の組合せた方陣と、その周囲に、腕っこきの弓銃兵を配置して、騎士の突撃を止めた後、指揮官クラスを弓銃で狙撃し、傷ついた騎士や貴族を馬から引きずり下ろして滅多打ちという技で勝つことができる。
だから、弓銃兵の腕って、結構大事にされている。指揮官が倒されれば、逃げ出す兵士や怯む騎士だって沢山いる。傭兵なんかは「こりゃ金払われないかもな」と察して及び腰になる。怪我したり死んだら損だからね。
けど、今回は雇われ弓銃兵だし、主役は突撃する騎士達と、その後に続く重装備の戦士たち。どうやら、前回は長弓兵で馬を射倒されたりしたのを反省して、下馬して突撃する作戦もあるみたいなんだよね。
確かに、それなら馬は倒されないけど、たどり着くまでに長弓の降らす矢の雨の中をかなり歩かなきゃ辿り着けないと思う。確かに、訓練された騎士であれば、全身鎧を付けてもしばらくは戦えるというけど、馬で突撃するよりずっと消耗するんじゃないのかな。
馬上槍試合であれば、馬から降りれば冷やしたワインでも水でもすぐに飲めるし、着替えも簡単にできるけど、此処は戦場。二日三日戦い続けるつもりでこの場にいる貴族や騎士達がどのくらいいるのだろう。
少なくとも、王様の周りで盛り上がっている奴らにはいないよね。
先王同様、文弱だと言われ、体も病気がちだとされる王太子様の部隊はちょっと雰囲気が違う。騎士かぶれの父王の気付いていない問題に、おそらく気が付いていると思うんだよね。他にも何人か王子が今回参加しているけれど、他の王子は王様の周りに側近たちと近侍していると聞く。
王太子殿下は、第二陣の指揮を任されたので、第四陣の王様の部隊とは距離が離れているのでその辺りもあるのかもね。
さて、どうなることやら。
『ゼノビア傭兵団前進!!』
指揮官から声が掛かり、ラッパの音も高らかに、わたしたちは前進した。気安い口調で緊張感をほぐしながらも、「やばいよ! やばい!!」って誰もがふとした瞬間、真顔になるような空気が辺りには漂っていた。
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PAPARAPAPA~!!
突撃を促す笛の音。王国軍は戦列を四段にまとめ、狭い正面に向け波状攻撃を行い、腹黒王子率いる蛮王国軍を打ちのめすつもりであるらしい。今回は、戦場から離脱する際には、開けた側方に後退するように何度も徹底した指示がなされた。これも、馬からおりて長弓の的にならないように徹底したことと同様、多少は工夫したという事なのかもしれない。
最も優れたとされる三百の騎士とその従者、加えて、精鋭の帝国人傭兵団が加わわり、粛々と前進が開始される。これは、騎乗した部隊だ。
ゼノビア傭兵団はその左右に陣取り、突撃正面に向け弓銃を放ち支援するのが仕事だ。けど、わたしの位置する左側の部隊と、反対側にある右側の部隊に向け、そのさらに右にある森の中から、長弓の矢が降り注ぎ始める。
ボカージュの際迄出てきた長弓兵が、正面から突撃する騎士の戦列に矢を放ち始めた。射程は弓銃も長弓も似たものだが、上から降り注ぐように長距離を射抜くのは長弓の専売特許。
右側に展開した、なんとかっていう元帥閣下が指揮する部隊が先行してボカージュに突進し、左側の半数が遅れて前進を開始するが、こっち側にも左側に展開した長弓部隊の矢の雨が降り注ぎ始める。
「どのくらい持って来たんだろうな、長弓の矢」
「さあな。一人ニ三百ってところじゃねえのか?」
長弓の矢を見せてもらったことがあるけど、1mくらいあるんだよね。その先につく鏃も相当大きな刃でさ……ほとんど片手槍みたいな大きさなんだよねあれ。
そんなものが、何万本も空から降り注ぐんだから、そりゃ、たまったもんじゃない。目の前で美しい色とりどりのサーコート? 家の紋章や自分をわかるように示した飾りのついた上着を羽織った騎士達に、次々に矢が命中しているのが見て取れる。
指の大きさほどにしか見えないけど、しっかりやられている。
こっちも、長弓兵に向けて矢を放つけど、真直ぐ飛んだ矢はボカージュに妨げられて効果が今一のようだ。
弓矢で攻めるというのは、あまり良い運用方法じゃないんだよね。待伏せとかこっちに相手が向かってくるときに効果がある。いまの長弓兵に向かって来る王国の騎士達みたいなのがとても美味しい。
これって、攻めなきゃいけない理由って何なんだろうね。回り込んで包囲してもよかったんじゃないかと思う。恐らく、山国だったら蛮王国側の作戦をとるだろうし、敢えてこんな場所で攻める必要なんてないと思うんだよね。
ボカージュに飛び込んでいく精鋭騎士達。相手も下馬した騎士達だろう、互角に押し合いが行われているのだが、横手から長弓兵が直射しており、これはこれでダメージが深刻そうだ。
弓銃並みの威力で、尚且つ、1mもある矢が横から突き刺される攻撃。胸当は金属で補強されていたとしても、脇腹や背中、脚はそこまで堅固に補強されていない鎖帷子だ。
その効果か、騎士達の動きが鈍くなっている。
「長弓兵に誰か攻撃を仕掛けねぇと嬲りごろされちまうぞ」
「だが、勝手に後続の突撃をするわけにもいかねぇ。わちゃわちゃっとしたら、十年前の二の舞だ」
それはわかるよ。突撃する部隊と交代する部隊が交錯して大混乱になったところに、矢が弓の矢が降り注いだりして大損害だったんでしょ? けど、このまま攻め続けるのは厳しくないか。
「俺達も仕事だ」
「「「おう!」」」
左側の騎士達もボカージュ越しに戦闘を開始する。その背後から、弓銃兵がこちらを向いている重装備の兵士に向けて矢を放つ。動きが鈍れば、王国の騎士にチャンスが生まれる。
とはいうものの、その王国の騎士達にはこちらの数倍の矢が降り注いでいるから、相手の方が圧倒的に有利。
騎士や兵士の数が多いこちらは、相手の数が少ない分、何度も新手が攻め寄せて蛮王軍を消耗させるしかないし、それを狙っているのだ。
右翼部隊が潰走しはじめた。指揮官が戦死でもしたんだろうか。
「おお、もうちょいで突破できそうだ!!」
左翼部隊は善戦し、蛮王国軍の重装歩兵を突破できそうな勢いであった。しかし、それは後方から駆け付けた新手の部隊のせいで、みるみる塞がれてしまった。これは、心折れる展開だ。
PAPARAPAPA~!!
PAPARAPAPA~!!!!
王太子殿下率いる第二陣が前進を開始する。左翼が一瞬崩れかけたとみて、好機と判断したのかもしれない。ちょっと遅かったが、わちゃわちゃっとしたらダメなのでしょうがない。
「突撃の邪魔にならぬよう、ジェノバ隊は左にのがれろ!!」
盾を背負い弓銃を抱え、わたしたちは後方から突進する第二陣に居場所を開けるために離脱する。一旦、怪我をした仲間の治療も必要だし、装備の点検だって必要だ。
木製の台と幾つかの金属部品で構成される弓銃は、普通の弓ほどではないが、それなりに点検は必要だ。矢の補充だってある。
簡単に取り出せる腰回りの矢は使い果たしているので、新しい矢を背嚢から取り出す必要もある。
王太子率いる第二陣は、中央から左翼に向けて突撃を開始した。今回は徒歩による突進。長い時間、矢を降り注がれながらもボカージュに到達し、再び、戦闘が始まる。
その後方には、王弟殿下率いる第三陣が前進してきている。第二陣と入れ代わりに突撃するのだろう。そして、最後尾が王様直隷の第四陣だ。
「元帥戦死だってよ」
「まじで」
「ああ。長弓ヤバいな」
最初の華々しい突撃を飾った騎士たちの多くが戦死するか、敵の捕虜になったらしい。身代金が狙える騎士・貴族は生かして捕虜にした方が得だと考えているのが、略奪大好き蛮王国軍だ。わたしたちは、二度と弓銃を扱えないように人差し指と中指を斬りおとされて放逐になるとか。嫌だよね。
第二陣が損耗し、左側に抜けていく。第三陣の突撃の開始。と同時に、再編されたゼノビア傭兵もその援護の為に再び戦場に戻るように指示される。傷の深い兵士たちをこの場に残し、わたしたちは再び王国軍の突撃を支援する為、大きな盾を背負って前進する。途中で、長弓の矢が届き始めるので、盾を前にしてソロソロと前進。
「おい、何やってんだ!!」
見ると、王太子の兵の一部がそのまま後ろに逃げ出したので、第三陣と混ざって「わちゃわちゃ」っとなってしまっていた。おい!! 事前の準備、どうなったんだよぉ!!
気持ちはわかる。敵前を左右へ擦り抜けるより、真後ろに移動したほうが早く敵の的から逃れられるって思っちゃったんだよね。でも、だめ。
PAPARAPAPA~!!
PAPARAPAPA~!!!!
PAPARAPAPA~!!
PAPARAPAPA~!!!!
最後尾に位置していた王直隷の第四陣が、混乱している第二陣・第三陣に業を煮やしたのか、その後方から突撃を開始した。
部隊の間を開け、後方に抜ける間隙を作り出したので、混乱を受けずに上手くやり過ごせた。流石王様の指揮……なのか、よく訓練された部隊を預かっているのか、近衛が優秀なのかはこの場からはわからない。
王が自ら突撃したのを確認し、蛮王国軍が動きを変えた。背後に残していたギュイエ軍の騎士達を背後の森から回り込ませ、王国軍の乱れた後背に移動させ、包囲させようとしているように見える。
「なんで、少数が多数を包囲しようとするんだよ」
「こっちの指揮官はタダの騎士、あっちの指揮官は将軍の視点で戦っているってこった」
「「「はあぁぁぁー」」」
周りのおっちゃんたちは深く溜息をついた。けどさ、まだ負けたわけじゃないよね。向かってくる敵にこそ、弓銃兵は有効なんじゃないの?
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
王国の第四陣を左右から包むように蛮王国軍は予備を戦列に投入した。既に疲れ切っているだろう蛮王軍だが、追加された予備は第四陣の騎士達よりも歩いていない分元気だ。
おまけに、長弓兵の目標がわたしたちゼノビア傭兵隊になってしまった。既に、第二陣、第三陣も戦場を離脱しており、残るのは王様の率いる部隊と、ゼノビア傭兵だけだったからだよ。
「ギュイエ騎兵、こっちに向かってきます」
「盾並べろ、方陣だ!!」
「「「「おう!!!」」」」
山国人と、何をやるか察した他のゼノビア傭兵が盾を並べて輪形陣を形成する。盾の隙間から騎兵を狙撃し、突撃目標になることを避ける為の位置取りだ。
上から長弓の矢が振ってきていたのが、騎兵の突撃を前に射撃が止まる。
「あー 斧槍があればなー」
おっちゃんの一人が大きな声でつぶやく。山国人なら誰しもが思うことだろう。騎士の突撃に槍で耐え、弓銃で傷つけ、斧槍で引き落とし叩きのめす。貴族だろうが、騎士だろうが、高名な傭兵だろうが、みな平等に叩き殺してやろう。それが山国人だ。
『ミナ、弓銃の攻撃は最大の防御。だが、弓銃が好きでなければ成功せんぞ』
そんな言葉が思い浮かぶ。いや、いま、弓銃から爺ちゃんの声で私に話かけられた気がする。この弓銃は『魔法の弓銃じゃ。お前を必ず守る』と譲られた爺ちゃんの形見。この弓銃があれば、戦場から生きて帰ることが必ずできる。爺ちゃんと同じように。
「可能性があれば、力尽くで実行せよ!!」
「「「「おう!!」」」」
爺ちゃんの代わりにわたしが声を上げる。
DONN!!
弓銃で騎手を射落とされた馬がそのまま盾の陣地に突入し、盾ごと倒れこむように転げる。
多くの騎士・騎兵はこの盾の円陣を避けていくのだが、流れに乗れない何人かがこの陣に入り込んでくる。途端に、馬は弓銃で針鼠に。叩き落とされた騎手は、そのまま踏みつぶされるようにわたしたちに片手剣で突き刺され、突き殺される。
「情けは敵ぞ!!」
「恐れるな!! 恐怖は敵よりも多くの人を殺すぞ!!」
「「「「おう!!」」」」
蹴破られ、傷つきながらもおっちゃんたちと一緒に、倒れた、落とされた騎士や兵士を殺していく。貴族や騎士じゃなきゃ、こいつら捕虜になりたがらないから。それに、かえって暴れられたら円陣が崩されちゃう。だから、死んで。
擦り抜けたギュイエ軍により、王の部隊は周りを取り囲まれるように攻められている。
「撤退する!」
直接の雇い主であるゼノビア人の指揮官が声を上げる。戦場から粛々と逃げ出すのだが、ボロボロになり突き立てられた盾はそのまま置き去りにする。
けどさ、このまま見逃してくれるんだろうか?
「なに、あいつらも王様を捕虜にする頃には一日戦い続けて疲れ切っているんだから、大丈夫だ。傭兵殺しても金にならん。捕まえたいのは貴族や騎士で、身代金が要求できる奴らばかりだ」
それはそうか。確か、前回の大敗した時は、蛮王国軍も食料不足で捕虜を同行する余力が無かったと聞いている。今回は略奪旅行の帰り路、本拠地だって数日の距離だ。王や騎士を捕まえて持ち替えるのも難しくない。
「あー また負けちまったー」
「やっぱ、金持ちはハングリーさが足らねぇよな。王国の貴族も騎士も、
遊びで参加してんだろ?」
なんて愚痴を言いつつ、焦燥を笑いに替えて空元気でも出さねば、意気消沈してしまうほど疲れていた。
補給の物資も失われ、ちりぢりバラバラになりつつあるゼノビア傭兵。国王の身代金は、国の税収の一年分と同等。つまり、王国はこの先めちゃくちゃ貧乏になりかねない。
戦争に負けただけではなく、王の身柄も抑えられてしまった。死んでくれれば王太子殿下が次期国王に戴冠して問題なくなるのだは、生きているのは始末が悪い。身代金を払って『騎士馬鹿』を再び王に据えなければならないのだから。
そして、傭兵団は金の無いところには仕事が無い。ということで、王国との取引は暫くなくなるだろうということで、腰が引けているということだ。世知辛い。
野営とも呼べない野宿。もう丸一日水以外口にしていない。指揮官は「家に蛙までが遠征だ」とか言いながら、自分の側近だけ連れていつの間にか
トンずらしていた。ふざけんな!!
「弓銃売れば、旅費くらいにはなるか。あと、今回ととりっぱぐれた報酬の質草だな」
「確かに」
同郷の仲間たちだけで集まり、故郷への逃避行を行っている。戦場からそう遠くなく、追撃の可能性だってあるのだが、疲れ切って動けなくなることを考えれば、適度に休まなければならないのも理屈だ。
「おい」
「……馬の嘶きと蹄の音。結構な数だな」
焚火の火を消し、身の回りの物を掴んで叢へと飛び込む。街道からすこし離れた森のかななのだが、もしかすると、焚火の火か人の声が伝わったのかもしれない。
「仕事熱心な奴じゃなきゃいいけど」
「それな」
ギュイエ軍を指揮した『グレイリ伯爵』は、残虐で凄腕の騎兵指揮官として有名だ。奴の部隊が、戦場を離脱した兵士を狩っている可能性はすくなくない。
身代金だって、捕まえた騎士なり貴族が間に交渉人を立てて行う場合が多いので、あくまで個人の戦功にすぎない。真面目な指揮官であるグレイリ伯は自主的に、ギュイエ軍の威力偵察兼掃討部隊を多方面に遣わしているだろう。
PAKI PAKI
枯れ枝を踏みしめる音。結局、焚火跡と足跡から人数と逃走方向を見定められたわたしたちは、恨みっこ無しってことで散り散りに逃げ出した。けど、最初に逃げたのはわたし。爺ちゃんへの『借り』があるからって、真っ先に逃がしてくれた。
けど、なんとなくわかるのは、みんな足止めするために残って抵抗してくれたんだろうって思う。死なないかもしれないし、逃げ延びたかもしれないけど、追いつかれたって事は、相当の数が追いかけていたってことだろう。
PAKI PAKI
PAKI PAKI
二人組の『狩人』っぽい軽装の戦士が足元にいる。いま、わたしは、とある大きな木の上の枝に隠れています。
「おい、本当にこっちなのか」
「間違いない。小柄な足だが、見つけられにくいように考えて歩いている形跡がある。訓練された狩人みたいな感じだ」
「それ、追っかけられないんじゃねぇか?」
「彼奴らが守ろうとしていた何かの可能性がある。見逃すわけにはいかない」
そうくるかー いや、単に『弓聖の孫娘』ってだけで、今回の遠征最年少だから先を譲ってくれただけだと思うんだけど。何か金になると勘違いしたんだろう。
『どうする』
そりゃ、めんどいから仕留めるよ。ついでに、武器とか金とかなんか旅の足しになるものも頂いていく。
わたしは、弓銃を背中に廻し、両手に『バゼラード』を握り音もなく宙を舞い、二人を仕留める事にした。
fin
fin―――じゃないよ!
『ヴィルヘルミナは弓聖の孫娘~わたしは爺ちゃんからもらった魔法の弓銃で生き抜く』
へと続きます。よければこちらもご一読ください☆ミ
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