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人生を千回ループした俺は、何もかも投げ出して青春を始めた  作者: 佐藤悪糖
1章 世界の片隅で少年と少女は千度目の産声を上げた
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0話:before the 人生

本編開始前のお話です。

 あなたの人生に意味はありましたか、と問われようものなら鈍器で頭をぼかぼか殴って殺してやる。


 人生は人それぞれでどんな人生にもそれなりの意義がある、なんて話ではない。そんな悩みは遠い昔に置いてきた。

 俺にとってこの質問は、文字通り人生の意味を問うものだ。この人生で何を成し遂げ、何を成し遂げられず、その差し引きはいくらの価値があったかを値踏みするものだ。


「それで。結局、今回もオーダーは達成できなかったのですね」


 白く輝く虚空に、女が座っていた。

 シロバナタンポポのように柔らかく優しげな女だ。人好きのする甘さと幼さの残る顔立ちで、ふわふわとした微笑みも、ぷくっとふくれた怒り顔も、同様に可愛らしさを演出してしまう。一見して少女ように見えるが、そのただずまいは巨木のように落ち着き払っていた。

 女はゆるやかに手を差し伸べる。すると、俺の前にも椅子が生まれた。


「どうぞ、おかけください」

「……ああ。久しぶりだな、女神様」

「女神様なんて他人行儀な呼び方を許した覚えはありませんよ」

「めうめう、様」

「はい。よくできました、枢木くん」


 時の女神めうめうはにっこりと微笑んだ。

 この馬鹿みたいな名前の女と、俺こと枢木の因縁は深い。とても深い。それこそ値踏みするなら、人生千回分の価値がある。


 もう思い出せないほどの遠い過去、ここではない世界でぽけぽけと学生をやっていた俺は、突然この女に拉致された。そして情緒たっぷりに「どうか力をお貸しください」とお願いされ、あほあほ学生だった俺は深く考えずに承諾したのだ。


 それから気が遠くなるほどの年月が経った今。

 俺はまだ、女神様のお願いを果たせずにいる。


「今回はうまくやってましたね、枢木くん。本当に、後ちょっとのところでした」

「……そうか」

「神様オーダーも七番目まで行きましたし。今回はダメでしたけど、次こそはきっとうまくいきますよ。がんばりましょう」

「……そう、か」


 めうめうは可憐に微笑む。昔はこの笑みを可愛らしいと思ったが、ドブのように濁りきった俺の瞳には、邪悪なものにしか見えなかった。


 神様オーダー。

 それが、俺をこんな境遇に陥れたすべての元凶だ。


 この世界にまつわる諸問題を解決すべく、めうめうは俺に八つのお願いをした。それが神様オーダーだ。

 要はめうめうからの指令を八つこなせばいいだけなのだが、これがとにかく難しい。一つクリアするだけでも命がけで、二つクリアするには運がいる。三つ、四つとクリアするなんて、もはや神頼みの世界だ。


 神様のお願いを達成するのに、神に祈らなければならないとはこれいかに。そんな冗談に笑っていられたのは、数十回目の人生まで。

 それ以降は、賽の河原で石を積み続けるような拷問の日々に、にこりとも笑えなくなっていた。


「ということで、また最初からやり直しになるわけですけども。準備はいいですか?」


 胸がきゅっと締め付けられるような感覚がした。精神が悲鳴を上げたのだ。


 神様のお願いは絶対だ。投げ出すことは許されない。

 一つでもオーダーに失敗しようものなら、時間は容赦なく巻き戻される。そして俺は女神様がおわすこの時の境目に呼び出され、心の籠もった励ましの言葉をもらい、「今度こそがんばってくださいねっ」なる屈託ない笑みを向けられ、時には優しく頭を撫でてもらい、慰めてもらったり愚痴を聞いてもらってして、最後には情け容赦なく次のループへと蹴り出される。


 時の女神めうめうの名のもとに、時は無慈悲に巻き戻る。その人生で俺が何を成し遂げていようと関係ない。神様オーダーに失敗した以上、すべてはなかったことになる。

 そんなことを、俺はもうずっと繰り返してきた。


「もう一回……なの、か……?」

「はい、もう一回です。次こそオーダーの完遂を期待しています」

「今回だって、六つ目まではうまくいったじゃないか……。七番目でつまづいただけだ。なのに、最初から、やり直すのか……?」

「そうですよー。だって、失敗しちゃったじゃないですか」


 どんなに惜しかろうとも、失敗は失敗。めうめうは何の気なしに言い放ち、俺の精神は悲痛な叫びを上げた。

 そもそも七番目までいっただけでも奇跡だったのだ。何百回人生を繰り返しても、七番目のオーダーまでたどり着けたのは四回だけ。そのどれもで俺は失敗し、いまだオーダー攻略の糸口すらつかめていない。

 そんな状況に、俺はすっかり参ってしまっていた。


「それにしても、枢木くんはよく失敗しますね。そろそろ成功してもいいと思うのですけど」

「……は?」

「私は枢木くんの素質を信じています。枢木くんならきっと達成できるはずですが、なんでこんなに失敗するのでしょう?」


 めうめうはおとがいに細い指をあてる。それから思いついたとばかりに、ぱっと顔を輝かせた。


「ひょっとして、私に会いたくて失敗を繰り返してる、とか?」

「…………」

「枢木くんはかわいいですねー。もう、おいたはいけませんよ。世界のためにがんばってもらわないと、困っちゃいます」


 折れる音がした。何が? 俺の心が。

 もう無理だ。これ以上は限界だ。神様の無理難題を叶えるために、何度も何度もやり直すのは心がもたない。一度自覚すると、心はぱらぱらっと砕け散った。


「もう勘弁してください……」


 俺は命乞いをした。めうめうはにっこりと可愛らしく微笑んだ。


「だーめっ」


 悪魔だ。この女は悪魔だ。女神の皮を被った大悪魔だ。

 俺はわんわんと泣いた。子どものように。なんかもう色々と限界だった。


「元気になーれ、元気になーれ」


 女神様は俺の頭を優しく抱いてよしよししてくれた。俺許せねえよこの女。マジで覚えとけよ。


「がんばってください、枢木くん。あなたなら大丈夫です。次こそはきっと上手くいくでしょう。たとえ億万の失敗を積み重ねようと、その先に必ず勝利はあります。そこにたどり着くその日まで、私はいつまでも共にありましょう」


 それはあれか。たとえ何億回失敗しようとも逃がすつもりはないって意味だろうか。

 事実上の死刑宣告に打ちひしがれた俺は、めうめうの胸に顔をうずめた。ちょっといい匂いがする。ママなのかもしれない。


「もう大丈夫ですか?」

「……むり」

「はいはい、わかりましたから。そろそろ次の人生、はじめちゃいますね」


 めうめうはくるんと指を回した。

 時が巡る。廻りだす。何もかもがなかったことになっていく。

 失われていくそれらに思いを馳せることもない。もう千回は繰り返した喪失だ。心に積もった時の砂は、俺の感情を鈍らせきっていた。


「それでは女神の使徒枢木よ。時の女神めうめうは、あなたに試練を与えます。すべての試練を乗り越えて、どうか私たちをお救いください」


 ――大丈夫だ。全部、俺がなんとかしてやる。だからもう泣くな。


 遠い記憶の奥底で、そんな言葉を言ったような気がする。

 どうして俺はそんなことを言ったんだろう。前後に繋がるシチュエーションは忘れてしまった。


 永劫に等しい時を巡る中で、俺は多くの記憶を失った。そうしなければ自分を保てなかったから。だけどそれは、とても大切なことだったはずだ。

 焦燥感に身を焦がし、失われた記憶に手を伸ばす。雲のようにあやふやなそれは、俺の指先をかすめて消えていった。


「あ、そうそう。最後にひとつだけ」


 時の廻転が収束に向かい、俺の人生が始まる寸前に、めうめうが一言割り込んだ。


「おめでとうございます、これで千回目のやり直しです。ついに四桁の大台に乗りましたねっ!」


 ぱちぱちと手を叩くめうめうに、俺はドブのように濁った目を向けた。

 千回。千回か。俺はもう千回もこんなことをやってきたのか。ふーん。なるほど、なるほどね。


 よし決めた。

 千回記念だ。次の人生は何もかも投げ出して、思い切り楽しいことをしよう。

 オーダーなんてもう知るか。俺は遊ぶぞ。枢木だって人間だ。楽しいとか嬉しいとか、そういった感情をやる権利があるのだ。

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