俺たちの青春はこれからだ!
一夏の訓練を経て、俺たちはメディの太鼓判をもらった。この調子で訓練を続ければ冒険者になれる、と。
彼女には本当に世話になった。メディが村に滞在する最後の日、彼女は俺たちの頭を撫でながら微笑んだ。
「楽しかったよ。おかげでとても良い思い出ができた。いつか、冒険者になったら王都においで。楽しみにしてるから」
柚子白はメディに抱きついて、いっちゃやだと泣いた。あれはたぶん、演技なのは半分だけだ。
街からやってきたお姉さんとの一夏の思い出も終わって、季節は巡って秋になる。
秋は冬備えのための大切な時期だ。俺たちは収穫を手伝ったり、山の奥に入って狩りをした。冬になったら薪を集めて、村での作業を手伝った。もちろん、それらの合間にトレーニングを重ねながら。
秋は人手が必要だったし、冬は遠出には向いていない。だから冬が明けて雪が溶け、春一番が吹いた日に、俺はシスターに頭を下げにいった。
「行ってこい」
シスターは一瞥もくれずに言った。
「出ていくのが遅いんだよ。行きたいならとっとと行け」
「あー……。俺らがいないと、買い出しとか大変だろ」
「たわけ。手のかかるガキどもがようやくいなくなるんだ。よっぽど楽になるわ」
シスターは足が悪い。村外れの教会からバザーまで歩くだけでも一苦労だ。心配じゃないと言えば嘘になる。
「夏は暑いし虫が湧く。秋になったら落ち葉が積もるし、冬になったら雪も降る。雨漏りなんてしたら大変だ。どうすんだよ、シスター」
「お前な。行きたいのか行きたくないのかどっちなんだ」
「……行きたい」
「なら行け。とっとと行け」
らしくないことだ。今回の俺は、この教会に強く思い入れを持っていた。
躊躇なく焼き払って村を出た人生もあった。成長を待ってから、黙って村を抜け出した人生もあった。だけど、こんなに長く村の中に留まったのはいつぶりのことだろう。
楽しい思い出を積んだ分だけ、別れの痛みが強くなる。この痛みは知っている。だから俺は、いつもの人生では人と関わりすぎないようにしていたんだ。
うつむいてしまった俺に、シスターはようやく顔を上げる。
「たまに顔見せにくりゃ、それでいい」
俺は泣かなかった。男の子だから。だけどシスターの顔を見るのがつらくて、俺は頭を下げた。
「お世話になりました、シスター」
ふん、と。シスターは、いつものように鼻で笑った。
*****
出発の準備を済まして、俺たちは村を後にした。
ここから街まではちょっとした旅になる。森を抜けて街道沿いに歩くだけの、大体十日くらいの旅程だ。何度も通った旅路のはずだが、今回に限ってはそれも特別なものに思えた。
「寂しくなるね」
隣を歩く柚子白が呟く。それが幼女の仮面なのか本心なのかは判別がつかず、ああ、と短く答えた。
「ねえ、枢木。私、あんたが青春したいって言い出した時、正直馬鹿だなって思った。オーダーを達成しないと結局なかったことになっちゃうのに、こんなの人生から逃げてるだけだって」
「そうだな」
「だけど、すっごく楽しかったから」
「……そうだな」
やってよかったと思った。たとえ何もかもがなかったことになるとしても。だからこれは、必要な人生だ。
「楽しくなるのはこっからだぞ。俺たちの青春は始まったばかりだろ」
「そうね。もっともっと楽しみましょうか」
そう、本番はこれからだ。俺たちはまだ村から出ただけ。いつもの人生だったら、六歳の時に経過するイベントをようやく一つ終わらせただけだ。人生を振り返るにはいくらなんでも早すぎる。
「枢木。青春、やってみよう。私、まだまだ遊び足りないみたい」
ぱちっと表情を切り替えると、柚子白は元気に走ってくるくると回りだす。幼女モードだ。誰も見ていないのに楽しそうなやつだった。
春先の霞がかった薄い空を見上げて、ピィと高く口笛を吹く。天気は快晴。吹き上がった風が枝葉を揺らし、木の葉がくるくると舞い上がる。
旅立ちには良い日だ。こんな日はつまらない悩みごとも飛んでいく。
そう、つまらない悩みごと。それは例えば、旅立ちに際してどうしても用意できなかったものについて、とか。
「……路銀、どうすっかなぁ」
お金がない。まったくない。これっぽっちも持ち合わせていない。
切実な問題であった。