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人生を千回ループした俺は、何もかも投げ出して青春を始めた  作者: 佐藤悪糖
1章 世界の片隅で少年と少女は千度目の産声を上げた
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俺たちの青春はこれからだ!

 一夏の訓練を経て、俺たちはメディの太鼓判をもらった。この調子で訓練を続ければ冒険者になれる、と。

 彼女には本当に世話になった。メディが村に滞在する最後の日、彼女は俺たちの頭を撫でながら微笑んだ。


「楽しかったよ。おかげでとても良い思い出ができた。いつか、冒険者になったら王都においで。楽しみにしてるから」


 柚子白はメディに抱きついて、いっちゃやだと泣いた。あれはたぶん、演技なのは半分だけだ。


 街からやってきたお姉さんとの一夏の思い出も終わって、季節は巡って秋になる。

 秋は冬備えのための大切な時期だ。俺たちは収穫を手伝ったり、山の奥に入って狩りをした。冬になったら薪を集めて、村での作業を手伝った。もちろん、それらの合間にトレーニングを重ねながら。


 秋は人手が必要だったし、冬は遠出には向いていない。だから冬が明けて雪が溶け、春一番が吹いた日に、俺はシスターに頭を下げにいった。


「行ってこい」


 シスターは一瞥もくれずに言った。


「出ていくのが遅いんだよ。行きたいならとっとと行け」

「あー……。俺らがいないと、買い出しとか大変だろ」

「たわけ。手のかかるガキどもがようやくいなくなるんだ。よっぽど楽になるわ」


 シスターは足が悪い。村外れの教会からバザーまで歩くだけでも一苦労だ。心配じゃないと言えば嘘になる。


「夏は暑いし虫が湧く。秋になったら落ち葉が積もるし、冬になったら雪も降る。雨漏りなんてしたら大変だ。どうすんだよ、シスター」

「お前な。行きたいのか行きたくないのかどっちなんだ」

「……行きたい」

「なら行け。とっとと行け」


 らしくないことだ。今回の俺は、この教会に強く思い入れを持っていた。

 躊躇なく焼き払って村を出た人生もあった。成長を待ってから、黙って村を抜け出した人生もあった。だけど、こんなに長く村の中に留まったのはいつぶりのことだろう。


 楽しい思い出を積んだ分だけ、別れの痛みが強くなる。この痛みは知っている。だから俺は、いつもの人生では人と関わりすぎないようにしていたんだ。


 うつむいてしまった俺に、シスターはようやく顔を上げる。


「たまに顔見せにくりゃ、それでいい」


 俺は泣かなかった。男の子だから。だけどシスターの顔を見るのがつらくて、俺は頭を下げた。


「お世話になりました、シスター」


 ふん、と。シスターは、いつものように鼻で笑った。



 *****



 出発の準備を済まして、俺たちは村を後にした。

 ここから街まではちょっとした旅になる。森を抜けて街道沿いに歩くだけの、大体十日くらいの旅程だ。何度も通った旅路のはずだが、今回に限ってはそれも特別なものに思えた。


「寂しくなるね」


 隣を歩く柚子白が呟く。それが幼女の仮面なのか本心なのかは判別がつかず、ああ、と短く答えた。


「ねえ、枢木。私、あんたが青春したいって言い出した時、正直馬鹿だなって思った。オーダーを達成しないと結局なかったことになっちゃうのに、こんなの人生から逃げてるだけだって」

「そうだな」

「だけど、すっごく楽しかったから」

「……そうだな」


 やってよかったと思った。たとえ何もかもがなかったことになるとしても。だからこれは、必要な人生だ。


「楽しくなるのはこっからだぞ。俺たちの青春は始まったばかりだろ」

「そうね。もっともっと楽しみましょうか」


 そう、本番はこれからだ。俺たちはまだ村から出ただけ。いつもの人生だったら、六歳の時に経過するイベントをようやく一つ終わらせただけだ。人生を振り返るにはいくらなんでも早すぎる。


「枢木。青春、やってみよう。私、まだまだ遊び足りないみたい」


 ぱちっと表情を切り替えると、柚子白は元気に走ってくるくると回りだす。幼女モードだ。誰も見ていないのに楽しそうなやつだった。


 春先の霞がかった薄い空を見上げて、ピィと高く口笛を吹く。天気は快晴。吹き上がった風が枝葉を揺らし、木の葉がくるくると舞い上がる。


 旅立ちには良い日だ。こんな日はつまらない悩みごとも飛んでいく。

 そう、つまらない悩みごと。それは例えば、旅立ちに際してどうしても用意できなかったものについて、とか。


「……路銀、どうすっかなぁ」


 お金がない。まったくない。これっぽっちも持ち合わせていない。

 切実な問題であった。

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