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人生を千回ループした俺は、何もかも投げ出して青春を始めた  作者: 佐藤悪糖
1章 世界の片隅で少年と少女は千度目の産声を上げた
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で、結局風あざみってなんなんですか?

 かくして俺たちはメディに弟子入りした。


 手加減しすぎたせいで「えっ、この子たち弱すぎない……?」みたいな顔で見られてしまったが、それでも俺たちは実力を隠し通した。剣技も魔法も並大抵の技術は極めてきたけれど、それら全てを封印すれば俺たちだってただの子どもだ。本職の冒険者に負けることくらいわけない。

 バザーの件を追求された時はさすがに焦ったが、柚子白がしれっと誤魔化してくれた。あの女は当然のような顔で嘘を吐く。悪いやつだ。


 そうして弟子入りした俺たちに、メディはいろいろなことを教えてくれた。キャンプの張り方、野宿のやり方、保存食の作り方。魔物の捌き方と食べられる野草の判別方法。戦闘訓練だってもちろんやった。


 もちろん全て知っていることだったが、俺たちはそれを真剣に聞いた。変に実力を示して、師弟関係がややこしいことになるのは望んでいない。柚子白なんかは、持ち前の演技力で適度に失敗すらも混ぜる徹底っぷりだ。


 総じて俺たちは覚えのいい生徒だったはずだ。冒険者として必要な知識は数日で覚え、戦闘訓練もすでに基礎はできている。初歩的な剣術も、基本的な魔法も、教わってすぐにできるようになったよう演じた。


 しかし、そんな優秀な俺たちにも、弱点があった。

 基礎体力だ。


「二人ともー。今日の走り込み行くから準備してー!」

「えー!? 今日もー!?」

「毎日やるものなの。冒険者は体が資本なんだから」

「メディ姉の鬼ー! 悪魔ー!」


 柚子白からのブーイングにも屈せず、メディはさっさと走れと手を振った。

 俺たちには体力が足りていない。多少野山で遊び回ってつけたくらいの体力では、冒険者としてやっていくには不足だ。それもこれも、今回の人生では徹底的に遊び呆けていたせいである。


 いつもの人生だったなら、オーダーに備えて村の中でもトレーニングを心がけていた。だが、がんばらないことにした今回はその限りではない。遊びまくった人生のツケを、ここに来て支払わされることになっていた。


「ただ走るだけじゃダメだからね。走りながら、体内魔力の循環と精製を意識して。体力だけあっても、魔力だけあっても二流だよ。一流になりたいんだったら、どっちも使えるようになりなさい」

「メディ姉は……っ、魔法、もっ、使えるのっ?」

「もちろん。どっちかと言えば剣の方が得意なんだけど、それだけじゃ通用しない状況なんていくらでもあるからね」


 俺たちのペースに合わせて走りながら、メディは息も切らさず答えてくれる。俺たちの訓練も彼女にとっては散歩のようなものだ。大人と子どもの体力差は、いかに千回のループを積み重ねようと覆せるものではない。


(……枢木。枢木、聞こえるかしら)


 頭の中に言葉が直接届く。柚子白からの念話魔法だ。


(ごめんなさい、私はもうダメ。ここまでみたい)

(どうした、急に)

(走るの辛い……)

(諦めるな諦めるな)


 俺は体力トレーニングに耐性があるが、柚子白は普段の人生でもそんなに体を鍛え込まない。この女は、疲れることは魔法でどうにかするタイプの人間だ。


(こっそり肉体強化魔法使ってもいいかしら)

(やめとけ、バレるぞ)

(バチバチに暗号化すればまず見抜けないわよ)

(そうじゃない。お前はもう本当の体力を露呈している。急に余裕が出たら怪しいだろ)

(私の演技力を舐めないでもらいたいわね。ふふ、見てなさい)


 柚子白は無詠唱で自分に肉体強化魔法を使う。即座に俺は解呪魔法でそれを打ち消した。


(何すんのよ)

(真面目に走れ)

(あんた、自分がちょっと余裕だからって)

(俺だって魔力トレーニングは苦手だ。今も苦労してる)

(体力トレーニングと魔力トレーニングじゃ疲れ方が違うじゃない)

(頭痛と筋肉痛の違いだろ。なんも変わらんわ)


 柚子白は無言で俺に呪いをかける。それが開戦の合図だった。

 走り込みと魔力の循環精製をしながら、俺たちは陰湿な魔法戦を繰り広げた。呪いと解呪の熾烈な応酬。メディにばれないよう暗号化を施しながら呪いを投げつけ合う様は、恐ろしく高度な子どもの喧嘩だ。


 残念ながら勝敗はつかなかった。それよりも先に、体力と魔力の限界を迎えて二人揃ってぶっ倒れた。


「はい、お疲れ様。大丈夫? いつもより疲れてるみたいだけど」


 倒れた俺たちにメディが水をもってきてくれる。なんていうか、俺たち馬鹿ですみません……。


 少し休憩を挟んだら実践練習だ。木剣を使った、俺と柚子白の殴り合い。魔法もありだ。

 これがまた絶妙に難しい。使っていいのはメディから教わった剣術と魔法だけ。人間離れした動きは禁止。かと言って手抜きをしているとバレるのもダメ。メディよりも強いところを見せるのもあまりよろしくない。

 その上で、俺は柚子白に負けたくないし、柚子白も俺に負ける気はない。


 結果として行われるのは、極限まで手抜きをした本気の戦いだ。実力秘匿チキンレース。真の実力を隠した上で、この戦いを制した方が真の勝者となる。

 今日の勝負は柚子白に軍配が上がる。決まり手は、暗号化した呪いに俺が気を取られた隙に放たれた魔弾。つまりは反則勝ちだった。


(てめっ、それはズルだろ……っ!)

(ふふん。勝てばいいのよ、勝てば)


 念話魔法での罵倒も柚子白を喜ばせるだけだった。勝ち誇るこの女に復讐を誓う。覚えとけよ、明日は絶対俺が勝つからな。


「子どもは元気でいいなぁ」


 俺たちがそんな陰湿な戦いを繰り広げていることなど露知らず、メディは微笑ましそうに見守っている。

 入道雲が沸き立つ夏空に、甲高い虫の声が遠く響き渡っていた。

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