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人生を千回ループした俺は、何もかも投げ出して青春を始めた  作者: 佐藤悪糖
1章 世界の片隅で少年と少女は千度目の産声を上げた
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とりゃー。わーっ。

 メディ・ノートンは困惑していた。


 バザーでの一件から気を取り直し、あらためてメディは村の中を見回った。村長を始めとした色々な人に挨拶がてら話を聞いてみたが、どうやら本当にこの村では魔物被害がないらしい。


 冒険者を必要としない平和な村。珍しいこともあるんだなと不思議に思っていると、おしゃべりな村人が茶飲みがてらに教えてくれた。村外れの教会に住む子どもたちが、このあたりの魔物はみんな狩ってしまうのだと。


 魔物退治は命の危険と隣合わせだ。もちろん中には子どもでも狩れるような魔物もいるが、基本的には武装した大人が相手して然るべき手合である。その魔物狩りの子どもたちに、メディは俄然興味を持っていた。


 それに――。もしかすると、その魔物狩りの子どもと言うのが、バザーの入り口で出会った少年なのかもしれない。

 メディが声をかける前にあの少年は消えてしまった。村の中でもそれとなく探していたのだが、それらしき少年は見当たらない。


 教会に行けば彼に会えるのではないか。そう考えて、村外れの教会に足を向けていたのだけれども。

 その教会から出てきた件の子どもたちに、挨拶もそこそこに弟子入りを請われて、メディはとても困惑していた。


 ――あの魔物倒したの、君だよね?


 頭を下げる少年少女に、喉まで出かかった質問を飲み込んだ。

 弟子入り自体は問題ない。どうせ仕事もなく暇なのだ。一夏の間、子どもたちの面倒を見るくらいは喜んで請け負おう。

 だけど、メディから仕事を奪ったと目される当の本人たちに、一体何を教えればいいのだろうか。


「え、っと……。弟子入り、したいの? 私に?」

「押忍」

「押忍じゃなくて」


 体育会系の挨拶を求めていたわけではない。

 本人たちは妙にやる気に満ちあふれているが、メディはただ困惑するばかりだ。相手は子ども。冒険者を夢見る、年相応の少年少女。それだけ見れば何もおかしなことはないが、自分が死を覚悟した魔物を一撃で消し去ったという一点が強烈に引っかかる。


「じゃ、じゃあ……。まず、どれくらい戦えるのか、見せてもらえるかな」


 ひとまず腕前を見てからにしようと、メディは判断を保留した。

 村の広場に移動して、メディは少年と向き合う。木剣を使った一対一の打ち合いだ。彼の実力を見るという名目ではあるが、メディは微塵も気を緩めなかった。


 油断なく切っ先を構え、少年の出方を伺う。気分的には格上を相手する時のそれに近い。いつか駆け出しだった頃、ギルドマスターに剣の腕を見てもらった時も、こんな気持ちになったことを覚えている。

 さあ、どう出る。怖さ半分、期待も半分。最初に動いたのは少年だった。


「とりゃー」


 フェイントだ、とメディは断じた。

 まっすぐ走ってきての凡庸な一太刀。技術というものが微塵も感じない。力任せではあるが速度はなく、太刀筋も見えきっている。避ける必要性すらも感じられないそれをするりと抜け、メディは続く二撃目に備える。


「うわっとと……。くそっ!」


 少年はバランスを崩していた。

 隙だらけの背中だ。いつでも斬れる。だけど、それこそが誘いなのかもしれない。

 バランスを取り直した少年は再び走り寄る。繰り返されるのは先ほどと同じ一撃だ。またもや技術を感じられないそれに、メディは違和感を覚える。

 試しにと、足を伸ばしてみる。突撃にあわせて足を引っ掛けると、少年はものの見事にすっ転んだ。


「わーっ」


 面白いように転がっていく少年。その様子に、メディはぱちくりと目をまたたいた。

 なんというか……。その。平凡というか、年相応というか。


「……ねえ、真面目にやってる?」

「真面目だ!」


 怒っていた。年相応の顔で。

 続いて少女の方も相手してみたが、結果は少年と同じだった。いや、少女の方はもっと酷い。剣なんて握るのは初めてです、という顔をしていたし、実力の方もそんな感じだ。

 簡単に転がってしまった二人を前に、メディはいよいよ困惑した。


「えっと……。君たち、魔物狩ってるんだよね」

「あ、ああ。そうだけど……」

「そんな実力で、どうやって?」


 あっやべ、という声が聞こえてきそうなくらいに、露骨に焦った顔をしていた。

 二人の実力はわかった。運動神経こそ悪くはなさそうだが、体力も筋力も平凡の一言だ。技術については一切身についておらず、剣術と言うよりも棒を振り回しているだけ。

 村の子どもなんてこんなものだろうと言えばそこまでだが、この二人には魔物を狩ってきたという実績がある。村で聞いた様子と実際の実力は、明らかに乖離していた。


「……メディさん。いや、メディ師匠」

「まだ弟子入り認めてないけど」

「認めさせてみせます」


 少年は立ち上がり、木剣を握る。

 真剣な顔だ。今度こそ彼は本当の実力を見せてくれるに違いない。やはり、さっきのは何かの間違いだったのだろう。

 そう思ってメディは剣を構え、油断なく彼の動きを見た。


「うおー!」


 気合の乗った一撃。振り抜かれた木剣は、メディの木剣に当たって甲高い音を立てた。

 なるほど、人間相手に本気を出すことにためらいがあったらしい。その迷いを捨てた一撃は、確かに先ほどと比べれば見違えるほどに良くなっていた。

 だけど、それでも。


「わーっ」


 ちょっと剣先を弾くだけで、少年の木剣は手を離れてすっ飛んでいった。

 平凡。あまりにも平凡だ。まあ運動神経は悪くないかな、くらいの評価に収まってしまう。子どもは元気でいいなぁ、などという微笑ましい感想すらも湧いてきてしまった。

 真面目にやってこれならば、彼らは一体どうやって魔物を倒してきたのだろう。やっぱり実力を隠しているのでは。メディがそう不思議がっていると、少女の方が付け加えた。


「あ、あのね、メディお姉ちゃん。ユズたちね、剣はあんまり得意じゃなくって……」

「じゃあ、魔法が使えるの?」

「魔法も……。その、ちょっとだけしか……」


 ちょっとだけでも、魔法が使えるというのは珍しい。その点は才能があると言ってもいいだろう。だけど、それだけで魔物を狩れるとは思えない。

 なら何ができるのだろう。先を促すと、少女はとても言いづらそうに口を開いた。


「えっと……。罠、とか。餌を使っておびき寄せたり、とか、落とし穴とか。あと、毒とかも、ちょっとだけ使ったりして……」


 罠と毒。そう来たか。

 確かにそれなら通用するだろう。この土地に慣れ親しんだ子たちなら、この辺りの魔物の生態は手に取るようにわかるのかもしれない。遊びの一環として魔物用の罠をあちこちに置いて回っていたならば、学習した魔物たちがこの辺りに近寄らなくなったとしてもおかしくない。

 なるほど、そういうことか。それならこの村に魔物被害がないことも納得できる。そう納得しかけて、やっぱり引っかかることがあった。


「あのバザーの魔物は、どうやって倒したの?」


 そう、バザーでの一件。メディが死を覚悟したあの魔物。

 あれを倒した少年の動きは、罠とか毒とかそういうレベルではない。メディの目をもってしても捉えられなかった、異次元の何かだ。


「え、何それ?」

「ああ、君はあの場にいなかったね。さっき、そっちの男の子とバザーで会ったんだよ」

「ううん。ユズたち、今日はずっと教会にいたよ。そうだよね、くーくん」


 少年はそれに同意する。少し言葉に詰まっていたような気もするが、息を整えている途中だったからか。

 となると、バザーで出会った少年は、この男の子ではなかったのだろうか。メディの中にそんな疑問が湧いてくる。


 あの少年の顔を、メディはきちんと覚えていない。とにかく印象が薄い少年で、どんな顔立ちだったのかまったく思い出せないのだ。髪の色はなんとなく黒っぽく見えた気もするけれど、光の加減で茶だったり赤だったりしたような気もする。

 そもそもが白昼夢のような一件だ。あの魔物に気づいていたのも自分だけ。となると、いよいよ自分の記憶が怪しくなってくる。


「……あれは、夢だったのかなぁ」


 メディは首をひねる。どうもあれは夢だったらしい。なんとも割り切れないが、そういう事なのかもしれない。

 ひとまずそういう風に片付ける。メディに見えないところで、少年と少女はぐっと親指を立てた。

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