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人生を千回ループした俺は、何もかも投げ出して青春を始めた  作者: 佐藤悪糖
1章 世界の片隅で少年と少女は千度目の産声を上げた
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作戦は無事失敗しました。

 というわけで、作戦は無事失敗に終わった。

 失敗である。大失敗である。何一つとして目的を果たすこと叶わず、俺たちの夢は塵と消え果てた。


「失敗の理由、わかってるわよね」


 教会に戻った俺は、反省会と言う名の説教を柚子白から甘んじて受けていた。


「瞬殺してどうするのよ。ほとんど誰も魔物が来たことに気づいてなかったわよ。気づいてた人も、なんかやってるなー、くらいの反応で終わっちゃったじゃない。あのね、大立ち回りを演じて才能を認められないと意味がないの」

「いやまあ……。そうなんだけどさぁ……」

「もう少しいい感じにやるの。じゃないと、いい感じにならないわ」


 柚子白の言うことはもっともだ。ちょっとだけやる気出した結果、思ったよりあっけなく終わってしまった。それについては事実である。

 だけど、だからって俺だけが責められるのも納得がいかない。これは俺と柚子白の共同作戦だったのだから、失敗の責任は等しく降りかかるべきだ。


「お前が呼んだ魔物が弱すぎたってのもあるんじゃないか。なんだよ、あのわんこ。殺す気で来いって言っただろ」

「余計な被害を出さない範囲で一番殺意が高いのがあの子だったの。あれでも黙示録の獣よ。一匹で小国を滅ぼすくらいの力はあるわ」

「小国を滅ぼすなんてかわいいもんじゃねえか、なあ」


 柚子白がぱちんと指を弾くと、召喚門を通って黒いわんこが姿をあらわした。さっきワンパンで仕留めた黙示録の獣だ。俺のことが怖いのか、柚子白の足元で小さくなってぷるぷると震えている。


「ほら、こんなに怯えちゃって。いじめちゃダメじゃない」

「こうして見るとただの大型犬だな……。なあ柚子白。名前つけていいか?」

「ダメ」

「よしわんこ、お前は今日からちょこまるだ。いいかちょこまる、俺の言葉には絶対服従。わかったな」

「ちょこまる。噛み殺せ」


 ちょこまるは切なげな声で鳴いた。どうすりゃいいんすか、と落とした眉が言っている。やがてちょこまるは逃げるように召喚門を通って向こう側へと還ってしまった。ぐっばいちょこまる。


「で、どうするの。もっかいやってみる?」

「いや……。やめとこう。少なくとも今日のうちは」

「どうかしたの?」

「外の人がいたんだ。たぶん、冒険者。ちょこまるがどういうものなのか、わかってる様子だった」

「あー」


 バザーの入り口にいた冒険者の女性。あの人は、ちょこまるを前に死ぬ覚悟を決めていた。

 さすがの俺も、あの覚悟を前にして芝居に興じる趣味はない。俺にできたのは最速で脅威を排除することだけ。ゆえの瞬殺だった。


「まったく。いつになったらこの村から出られるんでしょうね」

「しょうがねえだろ、今回は不可抗力だ」


 作戦をやり直すにしても、せめてあの人が帰ってからだ。この村の平和ボケした連中しか見ていなければ、黙示録の獣と死闘を演じても問題はない。その時はたっぷり遊んでやるから楽しみにしとけよ、ちょこまる。


 その時、教会の戸が開かれた。

 入ってきたのはこの教会の老シスターだ。身寄りのない俺たちを拾ってくれた大恩人にして、老いてなお覇気衰えぬガッチガチの武闘派修道女。シスターになる以前は騎士をしていたらしく、眼光の鋭さと腕っぷしの強さは老女のそれではない。


「お前ら」


 シスターは巌のように口を開き、鷹のような瞳で俺たちを睨みつけた。


「バザーで何やった」

「……何もやってないけど」

「そうか」


 五歩、大股で歩み寄り、脳天に拳骨が落とされる。手加減のない体罰を食らい、俺の目から星が散った。


「いってえー!」

「柚子白。何やった」


 シスターは柚子白に矢を向ける。次はお前だという宣告に、幼女は居住まいを正す。


「あ、あの、あのねシスター。えっとね、その、ちょっとだけ、ちょーっとだけ、ね……?」

「後三秒」

「ごめんなさい! ちょっとだけ魔物がいたので、ちょっとだけやっつけちゃいました! ちょっとだけです!」


 シスターは一つ頷いて、柚子白の頭に拳骨を落とした。

 どつかれた柚子白は机に倒れ伏す。幼女だろうと容赦しないのが、このシスターのいいところだ。


「冒険者から話を聞いた。バザーの辺りに強力な魔物が出たと思ったら、子どもが倒してくれたんだと。白昼夢でも見たのかと自分の目を疑っていたぞ」

「……それはまた変な白昼夢だな」

「もう一発食らっとくか?」


 シスターはにこりとも笑わない。本気の顔だった。

 この人は俺たちが時々魔物を狩っていることを知っている。危ないからやめろという至極まっとうな訓告は何度も受けていたけれど、やんちゃ盛りの俺たちは当然のようにそれを無視していた。

 だけど、シスターが知っているのはそこまでだ。魔物を召喚したのが俺たちということまでは、さすがにバレていない……はずだ。


「何度言ったらわかる。大きくなるまで魔物狩りはするな。次は怪我じゃ済まんぞ」


 お決まりの説教を甘んじて聞く。この脅しを聞くのも一度や二度のことではない。怪我なんてしていないと反論すれば、拳骨がもう一つ降ってくるだろう。

 だけど、その後に付け加えられた言葉はいつもと違った。


「つっても聞かんよな、お前らは」


 長いため息。諦めたような口ぶりで、シスターは表情を緩めた。


「どうもお前らには早死にする才能があるらしい。まったく、このバカどもが」

「シスター?」

「ガキども。冒険者に興味はないか」


 その言葉が、この人から切り出されるとは思っていなかった。

 冒険者という職業は、よくも悪くもならず者というイメージがつきまとう。いくら俺たちに魔物狩りの才能があったからって、厳格なシスターからそれを勧められるなんて予想外だ。

 それに、俺たちは大きくなったら農民になって、村から受けた恩を返さなければならない。


「いいのか、シスター。俺たち農民になるものだと思っていた」

「お前らの人生だ。勝手にすればいい」


 ばっさりと切られた。シスターのこういうところが好きだった。


「言っておくが、勧めはせん。世の中にはそういう仕事もあるという話だ。魔物を狩り、人々の生活を守るという職責は立派なものだ。だが、冒険者は早死にする。過酷な環境に身を置き、戦いの中で命を散らすこともある。そういうことをやりたいか」


 よく知っている。千回の人生のほとんどで、俺たちは冒険者をやっていた。

 冒険者は稼げるがよく死ぬ。実際に死んだことも一度や二度ではない。人里離れた場所で大怪我をした時の心細さも、魔物の群れに退路を塞がれた絶望感も、仙境で見上げた銀天の星空も、俺は全部知っている。

 それにしたって、だ。


「十三才に求める決断じゃねえよ」


 シスターは鼻で笑った。この人は俺たちを子ども扱いしない。そういうところも好きだった。


「やるよ。俺たち、ずっと冒険者に憧れてたんだ。ぜひともやらせてくれ。ユズもそれでいいよな」

「う、うん……! ユズも冒険者、やってみたい!」

「そうか」


 作戦は失敗したけれど、なんだかいい感じになりそうだ。この村の外に出るという目的が達成できるのなら文句はない。


「ただし、条件がある」


 都合よく話がまとまって浮かれていた俺たちに、シスターは一つ付け加えた。


「今、村に本職の冒険者が来ている。その人に稽古をつけてもらってこい」


 なんだ、そんな条件か。

 それなら何の問題もないと、俺たちは一も二もなく頷いた。

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