村が魔物に襲われて大変なことになっちゃったけど、私たちががんばった結果なんとかなって、なんかいい感じに才能を認められる大作戦
~作戦概要~
①なんてこった! つよーい魔物がぼくたちの村にやってきたぞっ!
②うわー! たいへんだー! みんながあぶなーい!
③そうはさせないぞ! ぼくたちがあいてだ!
④てやー! ぐわーっ!
⑤やったー!
「あまりにも完璧な作戦ね。我ながら自分の才能が怖くなるわ」
「ああ、最高だぜ相棒。どこにも抜かりはない万全の作戦だ」
千の人生経験を持つ俺たちは、作戦の成功を確信した。
もちろん本気で言っているわけではない。徹頭徹尾穴だらけの作戦であることは俺も柚子白も承知の上だ。それでも一切指摘を入れないのには、二つの理由があった。
一つ目、こんな作戦でもなんとかなると思ってる。
二つ目、失敗したって世界が滅びるわけじゃない。
そして三つ目、てんやわんやになった方が楽しいから。
あー、三つか。三つだったな。まあいい、数はこの際重要ではない。つまりこれは、俺たちにとっては遊びの延長だっていうことだ。
だからって手を抜いたりはしない。十三才はいつだって全力だ。遊びに手を抜くなんて、人生に失礼だとすら思えてくる。
「魔物を村に呼び寄せる役がいるわね。どっちがやる?」
「え……? たまたま魔物がやってくるんじゃないのん……?」
「あー。うん。そうね。そうかもしれないわね。じゃあ枢木、あなたは先に村に戻ってなさい。私はやることがあるから」
柚子白がやってくれるらしい。その手の呪術や邪法は、どちらかと言えばこの女の領分だ。俺がやるよりもよっぽどうまくやるだろう。
「竜のうろこを魔除けに使ってあるのよね。となると、最低でも竜威に屈さない程度の魔物か。このあたりにそんな魔物なんていないから、召喚するってことになるけど……。ねえ枢木、ちょっとくらい強くてもいいわよね?」
「殺す気でこい」
「いいわよ」
そんなノリで命がけの戦いをすることになった。がんばるぞー。
*****
青草の海をぎらぎらと輝かせる夏風に、メディ・ノートンはうんと伸びをした。
日々都会の喧騒に揉まれている彼女にとって、この夏風は福音だ。木漏れ日は妖精の羽ようにきらめいて、小川のせせらぎは涼やかな香りを届けてくれる。
引退後はこんなのどかな村に引っ越すのも悪くない。そう思えるほどに、メディはひと目でこの村を気に入った。
名目こそ仕事とは言え、メディは半ば以上休暇のつもりでこの村を訪れていた。その仕事にしたってそこまで大変なものではない。さっくりと終わらせてしまえば、そこから先は事実上の夏休みが始まる。
「夏休みかー。久々の休暇だぁ」
はずむ心のままに呟いて、軽い足取りで村を歩く。近くの畑で農作業をしていた老人に声をかけた時も、いつも以上にほがらかな声が出た。
「こんにちはー!」
老人はゆっくりと振り向いた。
「外のもんか? なんね、こんな何もない村にようきなはった」
「冒険者のメディ。王都より、冒険者ギルドからの使いでやって来ました!」
メディは腰に帯びた剣を示した。武装は冒険者の嗜みであり、身分証でもある。
「あー。ギルドの。魔物でも狩りにきたんか?」
「いえ、パトロールです。何かお困り事はありますか?」
魔物討伐のプロフェッショナルである冒険者は、辺境の治安維持に一役買っている。特に王都の騎士団や領主の私兵の手が届かないような辺境に、ギルドは定期的に冒険者を派遣していた。メディの用向きもそれだ。
「そういうことなら村長さんに聞いといで。だがね、わざわざ来てくださったとこ申し訳ないが、ここ数年ここらはすっかり平和なもんよ」
「あー、平和。それは何よりですねぇ」
平和。とても良い言葉だ。
困り事がなければ、当然ながら冒険者の仕事もない。それはつまり、メディの夏休みが始まりを告げるということだ。
仕事がなければ報酬もないわけだが、その点はそこまで気にしていない。メディが請けた依頼は辺境のパトロールだ。何事もなかったと報告しても最低限の報酬は支払われる。それに、今回の主目的はあくまでも休暇なのだ。
「この辺には大した魔物もおらんからね。もし探すってなら、ちょっと遠出せにゃならんねえ」
老人が付け加えた言葉に、おや、とメディは小首をかしげた。
夏色に染まりつつある頭を叩き起こす。魔物の多くは野山に棲むものだ。当然、自然に近いこんな村の周りには、それなりの数の魔物がうろついていてもおかしくない。なのに魔物がいないとはこれいかに。
(……んー?)
無視してもいいような些細な違和感。だけど、こういった違和感は時折思いも寄らない形で牙を剥くことがある。長年の冒険者生活で染み付いた癖が、かすかな警鐘を鳴らしていた。
老人と別れてメディは村の中心部へと向かう。民家が密集した村の中心部にはバザーができていて、もっぱら物々交換で食料や日用品の交換が行われていた。貨幣経済が普及した今でも、辺境ではこんな風にのんびりとした経済が営まれている。
バザーの入り口を抜けた時、ちり、と何かがメディの首筋を焦がした。
敵意ではないが、無視しがたい威圧感の塊がそこにある。冒険者生活の中で研ぎ澄ましてきた本能が、妙な近寄りがたさを訴えていた。
意識していなければメディはそのままこの場を離れていたかもしれない。威圧感の元へと近寄ろうとしたのは、先ほどの違和感もあってのことだ。本能的な感覚を頼りに、メディは一歩ずつ威圧感の元へと近づいていく。
そして、バザーの入り口に隠されていた一枚の鱗を見つけた。
「これ、魔除けだ。それもすっごく強力な……」
手のひらサイズもある深緑の鱗。実物は見たことないが、噂に聞く竜種のものかもしれない。しかも、その鱗には魔除けの呪文が極めて精緻に刻み込まれている。
触媒といい、紋様といい、これほど見事な魔除けは王都でもなかなか見られない。まるで王家の宝物庫に入るような代物だ。
のどかな村に不釣り合いなほど強力すぎる魔除けを、メディは手にとって食い入るように見つめた。
「なんでこんなものがこんな場所に……」
これは動かしてはいけないものだ、という直感があった。
こんな代物が偶然に落ちているはずがない。まず間違いなく、誰かが意図的に設置したものだ。でも、どうしてこんなに強力な魔除けが必要になったのだろう。もしかするとこの地には、とんでもなく恐ろしい魔物がいるのかもしれない――。
そう考えていた時、ひゅうとぬるい風が吹き抜けて、メディは顔を上げた。
死を、覚悟した。
視線の先にいるのは一体の魔物だ。黒い、四足の獣。体躯は大きめの狼程度だが、その身が放つ威圧感は一介の魔物を凌駕する。
悪意。敵意。殺意。負の感情を蝕むように放つ、呪詛にも迫る暴力の気配。漆黒の体に真紅の瞳が輝いて、獣はゆっくりとこちらに歩み寄る。
なんだあれは。
なんだあれは。
どうしてあんな、獣の形をした災厄が、こんなところにいる。
「なに、あれ……っ!」
防衛本能が悲鳴を上げる。全身の毛穴が開き、冷や汗が吹き出す。
即座に剣を構えたが、切っ先の震えを抑えることはできなかった。幾度もの死線を越えてきた愛剣も、あの魔物も前では風に舞う木の葉も同然だ。
あの魔物は、無理だ。
勝てる勝てないの次元ではない。自分なんかでは相手にもならない。刺し違える覚悟で挑んでも時間稼ぎがやっと。それにしたって何秒持つかもわからない。
それだけの力量差がひと目見ただけでわかってしまう。実際に爪と刃を合わせたらもっとよくわかるだろう。冗談ではない。どうしてあんな、人智を超えた怪物が、こんなところにあらわれる。
逃げるわけにはいかない。ここには戦う術を持たない村人がいる。彼らを見捨てて、冒険者の自分が背を向けるなんてもってのほかだ。
ゆえにメディは覚悟を決めた。今日が、人生最後の日であると。
自身の生存は諦めた。考えるべきは一分一秒でも長く時間を稼ぐこと。たとえ、ここで死ぬことになろうとも。
何か術はないかと必死に頭を巡らせて、握りしめた深緑の鱗の存在を思い出す。そうだ、この魔除けなら。
「お願い、効いて……っ!」
メディの中で符号がつながる。この魔除けは、あの魔物を封じるために置かれたものだったのかもしれない。ならばあの災厄に等しい魔物にも効力を発揮してくれるのでは。
祈るような気持ちで鱗を握りしめる。しかし、獣の足は止まらない。変わらぬ足取りで、一歩ずつ、災厄が近づいてきて――。
「お姉さん、ごめん。それ元の場所に戻しといてくれる?」
「……へ?」
少年が、困ったように頬をかいた。
ぱっとしない少年だ。黒髪黒目。このあたりでは珍しい髪の色だが、顔立ちがとにかく凡庸の一言である。何かの機会に知り合ったとしても、一度別れればすぐにどんな顔か思い出せなくなるような、平凡な顔をしていた。
「君、は……?」
「村人A。いやまあ、なんかごめんな。ちょっと悪ノリしちゃってさあ。まさか、あれがわかる人がいるなんて思ってなかったんだよ。この村の人たちってみんな平和ボケしてるから」
何を言っているのかはわからない。だけど、そんなことを気にしている状況でもない。
今すぐ逃げろ、と叫びかけて、少年に先手を取られた。
「死ぬ覚悟を決めた人の顔はわかるんだ。誰かを守るための覚悟は、特にな」
年齢に見合わないほどの深みを帯びた憂い顔に、メディは言葉を飲まされた。
少年は近くに落ちていた枝切れを拾う。長さとしなりを何度か確かめると、気楽な足取りで魔物の方へと向かっていった。あの災厄に等しい獣のもとに。
そして、何かが起きた。
何かとは、何かだ。何だかよくわからないこと。メディの目には捉えきれない次元で、少年は何かをした。
結果として魔物は斃れ伏す。魔物の体は墨のようににじみ、じんわりと消えていく。倒したという結果だけが、陽炎の向こうで冗談のように揺れていた。
自分は白昼夢を見ていたのだろうか。
自問するメディの肌を、冷や汗がじっとりと濡らしていた。