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人生を千回ループした俺は、何もかも投げ出して青春を始めた  作者: 佐藤悪糖
1章 世界の片隅で少年と少女は千度目の産声を上げた
3/38

わくわく田舎生活満喫中☆

 それから七年の時が経った。

 枢木少年、十三才。職業孤児。住所はいまだ、辺境の村である。


「ユズー! 魚! 魚釣ろうぜ!」

「いいよー!」


 季節は初夏。アユが泳ぎだした村近くの渓流に、俺たちは釣り竿を担いで意気揚々とくりだした。

 田舎暮らしの俺たちは毎日のように野山を駆け巡っていた。春は山菜を求めて山に入り、夏は渓流で魚釣り。秋は紅葉と魔物を狩って、冬になったら雪遊びだ。


 なんと健康的で満たされた日々だろう。田舎の娯楽は少ないと言うが、それは間違いだと言わざるを得ない。だって自然はこんなにも美しい。大自然の息吹を肌で感じ、大いなる循環の中で命を営む。清々しく、彩りに満ち溢れた毎日だ。


「くーくん! 見て、これ! このアユ大きいよ!」

「やるなユズ。よし、負けないぞー!」


 俺も負けじとアユを針にかける。強い手応え。糸を切らないように、それでいて素早く竿を引くと、大きなアユが水面からきらりと飛び出した。


「わ、すっごーい……。おいしそうだね、くーくん!」

「だな。教会に持って帰るか? それとも、ここで食っちゃう?」

「新鮮な方がおいしいと思います!」

「うむ。良い返事だ、ユズ隊員」


 枯れ枝を集めて火をおこし、鱗とワタを取ったアユを塩焼きにする。一口かじると、パリッとした皮とほくほく白身のハーモニーが口いっぱいに広がった。大都会のどんな料理店に行こうとも、この野性味溢れた味を堪能することはできまい。


「今年のアユはおいしいね、くーくん」

「そうだな。……なあ、ユズ」

「なあに?」

「俺たち、このままでいいのかな」

「いいわけないでしょ。何のんきに田舎暮らし満喫してんのよ」


 幼女の仮面を投げ捨てた柚子白は、川水よりも冷たい視線をくれた。

 少女柚子白、十二才。幼女から少女へと転身を遂げた彼女は、幼少期の病弱さを乗り越えてそれは美しく育っていた。

 ヒマワリのように輝く笑顔と人好きのする性格を武器に、柚子白は十人中十人に愛される少女になった。無論、そういう演技である。彼女の本性を知るのは俺だけだ。


 人生を繰り返す内に愛される術を身に着けたのだと、以前彼女は言っていた。しかし柚子白と同じく人生を繰り返したはずの枢木少年は、無個性な面をしているというのもまた現実だ。十人中十人の印象に残らない男とは、何を隠そう俺のことである。


「街に出るって話はどうしたの。あんなに青春青春って騒いでたのに、どうして普通に暮らしてんのよ」

「だって、しょうがないじゃん……。楽しかったんだから……」

「じゃあこのままここで暮らす?」

「やだ! 青春するもん!」


 少年化した俺はアユの塩焼きをバリバリかじった。とってもおいしい。その味わいに「やっぱりここで暮らしてもいいかな……」とちょっと思ったが、それでもやっぱり青春がしたいのでもぐもぐごくんと飲み込んだ。


「で、どうやってこの村から出る気なの。このままだと農民ルート一直線よ」


 孤児の俺たちはこの村で畑を耕す未来が内定している。それを振り切って外の世界に出るためには、何かしらのイベントを起こす必要があった。


「マジでどうしような。千回も生きといてなんだけど、こんな悩みを持つのは初めてだわ」

「いつもは六才の時に村焼き払ってるものね。今からでも焼いとく?」

「やだよ。青春は誰かの犠牲の上にあっていいものじゃないだろ」

「千回の人生の上にも成り立たないと思うけど」


 それを言っちゃあおしまいよ。

 とにかく今回は村を焼く気はない。この村には俺たちの第二の故郷としていつまでも美しくあってほしい。そして、いつか帰郷した時は暖かく迎え入れてほしいのだ。そういうイベントも青春っぽいので。


「村を焼かないとなると、何かイベントを起こして才覚を見いだされるってパターンになるけど。どうする、ドラゴンでもやっつける?」

「ドラゴンなんてそうそう都合よくいないだろ」

「そう? 緑竜が近くの山に住み着いたはずよ」

「あー……。そいつ、一昨年やっちゃったんだよな」

「倒しちゃったの? なんで?」

「鱗がほしかったんだよ。竜の鱗って魔除けのお守りになるだろ? 村に魔物が入ってこないよう、ちょっとな」


 本来ならば、この村は一昨年魔物の襲撃を受ける運命だった。中心部は軽微な損害に留まるが、外れにある教会は大きな被害を受けることになる。

 俺たち孤児がお世話になっている教会がそんな目に遭うのが忍びなくて、こっそりと手を打ったのだ。


「それなら、森の盗賊団を壊滅させるってのは?」

「それも去年片付けた」

「村外れの精霊の泉に溜まった汚れを浄化するってのもあるけど」

「毎年遊びに行くついでに浄化してるじゃん」

「……今年の冷夏で村が飢饉に陥るわ。口減らしが必要になる。それに立候補しましょう」

「そうならないよう、少しずつ大地の魔力を畑に流してある。よかったな、今年も豊作だ」


 柚子白は頭を抱える。俺は自分の功績を思い出して得意げな気持ちになっていた。いえーい、ぴーすぴーす。


「あんた。真面目にここから出る気あるの?」

「いやあ……。人知れずいいことするのって、なんか気持ちいいよね……」

「救えないわ。一生農民やってなさい」


 そんなこと言わないでくれよ柚子白。これはあれだ、職業病みたいなもんなんだよ。これから何が起こるか知ってたら、事前にどうにかしようと思うのは人の性だろ。タイムループ経験者なら誰だって同じことを言う。


「こうなったらプランAよ。焼き払いましょう。いいわね、枢木」

「まてまて落ち着け、それはダメだ。他に何か手があるだろう」

「具体案を出せ。さもなくば焼く」


 十三年の生涯において最大のピンチである。我らが故郷の命運は今、俺の返答にかかっていた。

 千回分の人生経験を総動員し、うんうんと悩むことしばし。熟考の末に俺は一つの結論に行き着いた。


「いっそのこと、二人で街まで行っちまうか……?」

「と、言うと?」

「今の俺たちなら森を抜けて街まで行けるだろ。だからもう、ぴゅんって行っちまおうぜ。村の奴らだって街まで追いかけてはこないだろ」

「それってつまり、駆け落ちするってこと?」


 駆け落ち……。駆け落ちかぁ。いやまあ確かに、状況的にはそうなるか。うんうん、なるほど。なるほどね。柚子白と駆け落ちってことね。なるほど。


「ま、あんたがそうしたいってなら付き合ってあげても――」

「嫌だな。それは嫌だ。お前と駆け落ちしたって思われるなんてまっぴらごめんだ。それだけは絶対にしたくない」

「ころすぞ」

「なんで?」


 育ててくれた村への義理を欠くような真似をしたくないという話なのだけど。せっかく今回の人生はいい感じなんだから。できるなら、ちゃんと話をつけて大手を振って村から出たかった。


「この男、本当に面倒くさい……。いつもは何の躊躇もなく焼き払ってるくせに……」

「いつもと今回とでは目的が違うだろ。いつもはオーダーの完遂が目的。今回は人生の満喫が目的。目的が違えば手段も変わるさ」

「あんたのその割り切り方、たまに怖くなるわ」


 そんなこと言わないでくれよ相棒。今回の俺はこの村が好きなんだ。だからできるだけまっとうな手段を使いたいんだよ。


「わかったわ。仕方ない、こうなったら一芝居打ちましょう。私に一つ、いい考えがある」

「聞かせてもらおう」

「名付けて!」


 柚子白は、くわと目を見開いた。


「村が魔物に襲われて大変なことになっちゃったけど、私たちががんばった結果なんとかなって、なんかいい感じに才能を認められる大作戦!」

「村が魔物に襲われて大変なことになっちゃったけど、私たちががんばった結果なんとかなって、なんかいい感じに才能を認められる大作戦……!?」


 そういうことになった。

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[一言] こんな面白いのにエタっちゃうんですか…?(´;ω;`)
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