あるマンションの一室で
相変わらずアズマは叫ぶ。マナは泣きながら刃物を振り回す。子供達は泣きじゃくる。
マナが刃物を振り回す理由。彼女は、精神的な病を抱えていた。家事、育児、仕事。彼女は仕事を掛け持ちしていた。スーパーと、ラーメン屋。
家事に育児に仕事なんて、母親ならこなして当然だろうと、多くの人が思うだろう。
人間とは不思議なもの。当たり前ではあるが、人の苦しみはその人以外にはわからない。
人間は、自分の立場でしか物事を見ない。その人の抱える苦しみを理解しようともせず、決めつける。
マナにとっては苦しかった。きつかった。その苦しみから解放される手段が彼女にはあった。
お金を使うこと。散財すること、である。
彼女はお金を使いに使った。
洋服に化粧品、ブランド物のバッグ。好きな歌手のグッズ。
このお金はどこからきたのか。
アズマのクレジットカード。アズマの貯金。子供達のゲーム機やゲームソフトを売って得たお金。
もちろん、アズマは激怒した。子供達も自分たちのゲームがなくなっていることには気づいていた。
理由はわからなかった。
ヒビキとカナタは同じ部屋で寝ていた。
アズマとマナが頻繁に喧嘩をするようになってから、ヒビキは眠れなくなった。
ヒビキはカナタも眠れていないのではないかと思い、カナタの方を見る。
カナタは寝れているようだ。
ヒビキは怖かった。当たり前にあった幸せな時間が壊れていくことが。
大好きだった、母親は泣きながら刃物を振り回し、父親は母親から刃物を取り上げ、刃物を台所に投げ捨て、母親を殴る。殴る。
父親はスッと熱が冷めたかのような顔になる。
ガチャン。ドアが閉まる音がした。
父親は家を出て行った。
ヒビキはまた感じていた。もうパパは帰ってこない。
そのまま数時間が過ぎた。
プルルルルルルル…
固定電話がなる。
ママは泣いている。私がでなければ。
電話の向こうから聞こえてきたのは、パパの声。
『ヒビキ?』
怖い。聞きたくない。聞きたくない。
『うん。』
『父さん、もう家には帰らないから。母さんに伝えといて。』
ツーツーツー。電話は切れた。
涙が溢れて止まらない。受話器を強く握りしめる。
マナは聞く。
『なんて言われたの?』
『パパがもう帰ってこないって。』
嗚咽混じりの声でヒビキは答える。
マナがヒビキから受話器をとる。
『もう切れた。』
マナがヒビキに怒鳴る。
『どうして止めなかったの!!』
ヒビキは止めたかった。しかし、止められなかった。
無駄だと感じたからだ。
マナは固定電話を床に投げ捨てた。
幸せな時間は砕け散った。




