第三話
それから彼からたくさんのモノをもらった。
左手薬指の指輪。
おそろいの名前。
「おはよう」
「いってらっしゃい」
「おかえりなさい」
「おやすみなさい」
言葉を交わす度に幸せな日々が過ぎていく。
私はもらってばかりだと思う。
もらってばかりではなく、私もあげたい。
いつしかそう思うようになった。
彼の妻として周りから私が望まれていることは子どもを産むことだった。
一人息子だった彼。
お義母さんからは会う度に「孫の顔が早く見たい」と言われていた。
可愛いお嫁さんにはなれなかったので、せめて、彼に似た可愛い子どもを産みたいと思っていた。
でも、中々子どもは出来なかった。
望めばすぐに出来ると思ったのに出来ない。
どうしてだろう。どうして出来ないんだろう。
自分を責める日が続いた。
そんな中、30歳の時、私に子宮の病気が見つかった。
医師から告げられたのは子宮全摘出。
子どもが産めない身体になる。
目の前が真っ暗になった。
診察室。
私の隣で彼も話を聞いていた。
その日、家に帰ってから彼に告げた。
「別れよう」
彼は一瞬固まった後、言った。
「何で?」
「もう私なんていらないでしょ」
「……季穂さん、何を言ってるの?」
「あなたはたくさんのものをくれるのに私は何もあげられない。もういいよ。あなたならもっと素敵な女性が見つかるよ。その人と幸せな家庭を作ってよ」
「季穂さん、怒るよ」
穏やかな彼が初めて発した怒りの声。
びくりと身体が震える。
私は唇を噛み締めて、ぎゅっと拳を握る。
ねえ、分かってよ、私は──
「こんな女、捨ててって言ってるの!」
声を荒げると視界が遮られた。
温かい。
そう思った時には抱きしめられていた。
「怒るよ、本当に……」
叩くでもなく、怒鳴るでもなく、彼はただ私を抱きしめていた。
「……怒ってないじゃない」
「いや、怒ってる。何回言ったら分かるの。僕は季穂さんがいいんだよ。季穂さんじゃなきゃ駄目なんだよ」
「だって、私、もう産めない……」
「それがどうしたの。僕は子どもが産めなくなることより季穂さんが助かることにホッとしてる。君を失わないでいられることがとても嬉しい。それなのに、なんで捨ててとか言うの?」
「だって……」
「お願いだから、これ以上傷付かないでよ」
そう言って彼はより強く私を抱きしめた。
私はそれ以上何も言えなくなって彼の胸に縋って泣いた。
それは今までの人生で一番優しい叱られ方だった。