第一話
「可愛い」「綺麗」
そんな言葉とは無縁の人生を送ってきた。
常に眠そうな一重の目。ぺしゃりとつぶれただんご鼻。くびれなど全くない身体に短い足。
「ブス」
そんな言葉は聞き飽きた。
おまけにうねうねのくせっ毛と共に性格もねじまがり、良いところなどひとつもない。
じっとりと世の中をにらみながら生きてきた。
こんな私はきっと誰にも愛されずひとりさびしく死んでいく。
そう思っていた。
彼に会うまでは──
大学生。引き立て役のバイトをしていた。
することは合コンに行くだけ。
報酬はタダ飯。
ただそこに座って美味しいものを食べていれば良い。
中々割りの良いバイトだった。
私の引き立て役としての実力は中々で、隣に立つだけでその子はより美しく見えた。
おかげで引く手数多で中々忙しい日々を送っていた。
大学2年生の時、春のことだった。
有名大学の学生と合コンをした。
いつものように引き立て役として私はそこにいた。
オシャレなお店。ガツガツと料理を食べていると、あれはどのような話の流れだったか、こんな質問をされた。
「好きな花は何ですか?」
他の女性が向日葵、秋桜、薔薇と言った名前をあげる中、私は「彼岸花」と答えた。
思い出していたのは実家の近所の畦道で。彼岸の頃になると辺りを一斉に紅に染める、あの光景だった。
賛同は得られなかった。
まあ、確かにこのような質問であげる名前ではないだろう。
分かっていたので落ち込むことはなかったが、一人だけ微笑んでくれた人がいた。
「ああ、美しいですよね。僕も好きです」
その日の合コンで一番人気だった男。
キラキラとした擬音が聞こえそうな整った顔立ちにサラサラの黒髪。長身のモデル体型。
私とは正反対の人間だった。
あの花に「美しい」と言う言葉を使った。
そんなところが好きだと思った。
「ありがとうございます」
礼を言うと彼はひとつ大きく瞬きをして、「いえ」と何故か嬉しそうに目を細めた。
それが私、季穂と彼、奏人との出会いだった。
その後、みんなで連絡先を交換して別れたのだが、次の日、彼から連絡があった。
『昨日はありがとうございました。良ければ、また会えませんか?』
からかわれているのかと思った。何でよりによって私なのか。
『あの、他の子と間違えてませんか?』
今まで社交辞令的に連絡先を交換することはあっても、このようなメッセージをもらうことはなかった。
彼はあの場所にいた私以外の誰かと間違えているのだろう。
もしくは誰かとの仲を取り持って欲しいのか?
そもそも、あそこにいた女子のほとんどの本命は彼だったので、そんな必要もないと思うのだが。
そう思っているとすぐに返信が来た。
『いいえ、僕はあなたがいいのです』
変わった男だと思った。
私は少し考えると返した。
『今週の日曜日なら空いています』
返した後にクローゼットの中を覗いた。
何を着ていこう。一番素敵な服は──
そこまで考えてハッとした。
思考を振り払うように頭を振る。
勘違いするな。こんなのは期待するだけ無駄だ。
甦る過去の忌々しい記憶。
私の好意に対する好きな人の感想。
迷惑。
気持ち悪い。
少女漫画や恋愛小説のような優しく甘い恋などどこにもなく。
相手にとって私の「好き」は教室の話のネタでしかなかった。
『いいえ、僕はあなたがいいのです』
彼からのメッセージを見る。
「嘘ばっかり……」
そう呟きながらクローゼットの扉を閉めた。
日曜日。駅の改札前。
彼を見つけた私はすでに帰りたくなっていた。
白シャツに黒色のジャケット。Gパン。
カジュアルな格好なのに、私を待つ彼はやけに目立っており、周りの注目を浴びていた。
こ、こんな中、どうやって声を掛ければ。
明らかに彼の待ち人へのハードルが上がっている。
……このまま帰ってやろうか。
そう思っていると彼がこちらに気付いた。
「季穂さん」
笑顔でぶんぶん手を振りながらこちらに来る。
一斉に集まる視線。「え、あれ?」と言う顔。
やめろ、こっちに来るな。
そう言いたくなったが、彼の嬉しそうな顔にグッと言葉を呑み込んだ。
「来て下さってありがとうございます」
キラキラキラキラ。
擬音が聞こえそうな爽やかな笑顔を向けられる。眩しい。溶けそうだ。
「いえ、別に……」
ぼそりとそう言って顔を逸らすと「あ」と聞こえた。
「?」
見上げると彼は顔いっぱいに笑って言った。
「おしゃれして来てくれたんですね。季穂さん、とても綺麗です」
「!」
私の顔は真っ赤に染まった。
真っ白なワンピース。裾のところに桜の花びらが散る。
それは一番お気に入りの服で。「勘違いするな」と思いながら結局選んでしまった服だった。
随分前に買ったものだが、中々着る勇気がなかった。私なんかが着たらこの服が可哀想な気がして。
「綺麗」
そんな風に言ってもらえると思っていなかった。
戸惑いながら言葉を返す。
「服「が」綺麗?」
「服「も」綺麗です」
私の皮肉にサラリと予想以上のことを返す。
やっぱりこの男は変わっている。
「嘘ばっかり……」
そう言いながら上がった体温は全く下がる気配がなかった。