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手負い侍、匿いて候  作者: 五十鈴 りく
漆❖すれ違いの九月

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46/73

〈四〉

 気分は晴れないまま、昼餉を済ませ、少しずつ日が暮れようとしていた頃、幸之進が急に部屋で立ち上がった。


「ちょっとそこまで出てくる」

「そこまでとはどこまでだ?」

「うぅん、そこまではそこまでだ」


 妙に歯切れの悪いことを言う。


「一人でふらついて家の者に出くわしたり、斬られた侍に再会するやもしれぬが、まあそれも仕方あるまい」


 親信が面倒くさくなって突き放した物言いをすると、幸之進はふむと言ってうなずいた。


「そうだなぁ。では、親信殿、念のためについてきてくれ」


 なんとなく、嫌な予感しかしなかった。

 しかし、今さら後にも引けない。親信は幸之進と連れ立って出かけることになってしまった。


「――それで、どこまで行く気だ?」


 子供たちを多摩に頼み、外へ出る。しばらく歩いたところで幸之進はようやく行先を告げた。


「うむ。蛇骨長屋までだ」

「今日行ったところだろうが」


 帰ってきて半日と経っていないのだが。大体、何をしに行くつもりなのか。


「磯治さんのところにか? もしかして、香典を――」


 そんなに気が利く男だっただろうか。

 幸之進はきょとんとしたので、そういうつもりはなかったらしい。


「いや、少し気になることがあってな。半治殿には内緒で出たかったのだ」


 それで部屋にいた時に行先を言いたがらなかったのか。隣にいる半治に知られたくないからと。


「磯治殿が亡くなって、お兼殿も気落ちしておるところだ。あまり無遠慮なことを申すでないぞ」


 先に釘を刺しておいたら、幸之進はスッと目を細めた。


「そうさなぁ」


 こういう顔をする時、この男が何を考えているのか、親信には少しも読み取ることができない。ただ、嫌な予感が増すばかりであった。


 幸之進を連れていかず、無理やりでも連れ帰った方がいいのかと迷いながら歩くと、いつの間にやら蛇骨長屋は目の前だった。


 幸之進は、親信の先になって磯治の部屋に足早に近づいた。親信もそれを追う。

 すると――。


 かたかた、かた。


 物音が奥から聞こえた。

 磯治が立てるはずがない。音を立てているのは兼だろう。

 葬儀の支度をしているのだ。物音くらい立てるだろう。


 かたかた、かた、かたかた。


 どうしてだか、この音が死者の弔いには似つかわしくない気がした。

 死とは静かなもの。この音は、静寂を妨げ、何のために立てられているのだろう。


 幸之進が障子に手をかけ、断りもなく開けた。

 夕陽が差し込む。部屋の中は薄暗いけれど、赤光が中を照らした。


「これは――」


 親信は中の様子に愕然とした。

 もともと物の少なかった部屋が乱雑に荒らされていたのだ。桶や笊、小箱、ありとあらゆるものがひっくり返され、まるで家探しをした後のように見えた。

 そんな中、膝を突いて何かをしていた兼が振り返る。


 鬼の形相とはこのことかと思うほどには恐ろしい顔をしていた。

 親らしいことをしてくれなかった父でも最期まで世話した、心優しい女の顔ではない。その目は貪欲な獣に似た光を持つ。


 一体、これはなんなのだ。

 肝心の仏は、布団ごと部屋の隅に追いやられている。その上に紙くずや手ぬぐいが散らされていて、敬う気持ちがあるようには見えなかった。

 あまりのことに親信が固まっていると、兼は親信と幸之進とをキッと睨んだ。


「何か御用で? 半治が様子を見てきてくれとでも頼みましたか?」


 すると、幸之進が兼をまっすぐに見据えて言った。


「いいや。半治殿は()()知らぬよ。優しい御仁なのでな、口ではああ言っていたものの、意地を張ったことを悔いてはいるのやもしれぬがな」

「何もって、どういうことです?」


 兼が幸之進を見る目が、尋常ではなく厳しかった。兼こそがこの蛇骨長屋に巣食う蛇なのではないかと思うほど、目に鋭さがある。


 しかし、腕っぷしが弱いはずの幸之進も相手が女子(おなご)だと思うのか、臆することもなく続けた。


「磯治殿は以前、小金を貯め込んでいたようだな。お兼殿の狙いはそれかな?」

「――そのことを半治は知らないはずなのに、どうしてあんたがっ」


 兼がカッとなって立ち上がりかけた。それでも幸之進は淡々と語る。


「お兼殿の様子が、死に逝く父と弟を会わせたにしては妙だったのでな、何かありそうだと思って見ておったのだ」

「妙だって?」

「うむ。死の間際に会わせてやりたいと思うたのなら、やっと来た弟にもう少し感極まった様子を見せてもよかろう。それが、お兼殿はただ張り詰めておった。磯治殿が最期に半治殿に何かを伝えるのではないかと待っていながらも、半治殿がその意味を解しては困る何かがあったのかと」


 兼は何も答えない。ほんの少しまぶたを動かしただけだった。

 この時、親信は目の前の二人のやり取りに集中していた。しかし、剣術修行をしてきたことは無駄ではない。とっさのことであっても、背後から迫った気配に体が動いた。


 腰のものを抜くこともなく、親信は己に向けられていた匕首(あいくち)を手刀で叩き落とした。いたのは見知らぬ男で、荒くれの無宿人を気取っているが、相手の不意を衝かねばやり込められぬような卑怯者だ。


 男がギャッと短く声を上げたことで、幸之進は鋭く振り返った。親信は男の腕を捻り上げ、その場に転がすとその背に膝を落として責める。


「この男はなんだ? 恨まれる覚えはないが」


 親信は抑えた声で言った。しかし、男は親信が膝で圧し潰しているので答えることもできない。答えはほしくなかったので、力を緩めなかった。

 幸之進ははぁ、と嘆息した。


「やはり親信殿に来てもらってよかった。まったく、お兼殿はひどいな。俺たちが刺されればいいと思ったのか?」


 こちらを向いていた兼は、二人の背後に匕首を持って忍び寄る男がいたのが見えていたはずだ。それを黙っていたのだから、仲間だということなのだろう。

 兼はチッと舌打ちした。


「あんたらが邪魔しなけりゃ、なんにもしなかったよ」

「邪魔と言うがな、邪魔をする必要なんぞないのだ」


 呆れたような口ぶりで言う幸之進に、兼はゆらりと体を揺らした。


「なんだって?」


 幸之進は兼から目を逸らさずに続ける。何故か、その声は弾むようだった。


「お兼殿、信じるか信じないかはおぬしの勝手だが、俺の考えを述べさせてもらおう。隠し金は多分ないぞ」


 その途端、兼は頭を抱えて金切声を上げた。聞きたくないと言わんばかりだ。蛇骨長屋の住人たちも何事かと出てくるが、親信が男を押さえつけているのを見ると、徐々に引いていった。遠巻きに見守るばかりである。


「なんであんたにそんなことがわかるってぇんだっ」


 兼がほつれた髪を頬に張りつけながら肩で息をしている。それでも幸之進は落ち着いていた。


「金があるのなら、もっといい暮らしができたはずが、この貧乏長屋にいた。公に使える金ではなかったかな? それとも、その昔の仲間から身を潜めるためにここにいたのかな? どちらにせよ、この憐れな老人が尽きぬ金脈など持ち合わせているように見えるか? 見えたとしたら、それはおぬしの欲の皮が突っ張っておるだけのこと」


 すると、兼はスクッと立ち上がって犬歯をむき出しにして怒鳴った。


「知ったようなことを言うんじゃないよっ。あるはずなんだ、どこかにっ。おとっつぁんは盗んだ金を隠したって言ったんだから。それをあたしと半治にくれるって。二人がそろったら在り処を言うからって、言ったんだっ」


 そんな汚れた金を半治はほしがらないだろう。

 けれど、兼は喉から手が出るほどにほしいのだ。

 金のことは半治には秘密にしたままなのだろう。半治を連れてきて、金の在り処を知ったら独り占めするつもりでいたのか。よほど、金に困っているのかもしれない。それにしても、見ていてつらい姿だ。


 親信が憐れむような目をしていたせいか、兼は一度だけ親信を睨みつけ、それからもう一度幸之進に挑むような目を向ける。

 まるですべての不幸が幸之進のせいであるかのようにして。


 幸之進は、なんの熱も籠らない声で言った。


「磯治殿がなぜそのような嘘をついたのかということを考えればよい。死ぬ前に半治殿に会いたい、ただそれだけのことだったのではないのかな?」


 昔、ひどい仕打ちをしてしまった息子にひと目会って、謝りたい。

 余命幾ばくもないと察した時、磯治の最大の心残りはそれであったのではないか。

 どうしたら会えるのか。どうしたらここへ、連れてきてもらえるのか。

 死の床で、磯治は考えを巡らせたのだとしたら――。


 兼は力を失って目を見開くばかりだった。先ほどまでの強さは抜けて、今度は風にも倒されそうに弱々しい。


「昔、乱暴ばかりを働いていた父が死の間際だからといって、子が会いに来てくれるとは限らぬところだ。だから、磯治殿は半治殿が来てくれるように、餌をぶら下げたつもりだったのではないか? まあ、半治殿の気質ならそんなものに飛びつかぬのだがな、長く離れていたのならわからぬだろうし。なんでもいいから会いたい、昔のことを謝りたい、そんな気持ちでついた嘘がそれだとするなら悲しいがな」


 しかし、兼は幸之進の言うことなど信じない。


「おとっつぁんは、何度かあたしに小判をくれたんだ。こんなはした金、いくらだって出せる。俺には昔溜め込んだ金があるんだって――」

「それこそがお兼殿への謝罪だったのではないか? それから、金が尽きるまでは娘が会いに来てくれると思えば、金が目当てでもよかったのやもしれぬし」


 ――幸之進はうつけのように振る舞いながらも、時に人の触れられたくない部分にまで目を向ける鋭さがある。貞市や藤庵の時のように、それが悩みを晴らす方へ向かうこともあれば、兼のようにして心の闇を暴き立てられる時もある。


 本当に、この男は何者なのだろうかと、しばらく寝食を共にしていながらもわからなくなる。それがうすら寒い。

 こうした時、整った風貌が凄みを増して見えるのだ。今の兼の目に、幸之進はどう映っているのだろう。


「磯治殿からもらった金をどのように使ったのかはまあいいとして、それだけ受け取ったのなら供養はしっかりとするべきではないのか?」


 過去の罪はあれど、もう磯治は死んだのだ。

 幸之進の話を鵜呑みにしてよいものかわからないが、もし本当なら過去を悔いていたのだろう。最後くらいは人らしく葬られてもよいのではないだろうか。


 兼は何も答えず、ただ揺れている。表情にはまるで覇気がなかった。

 そのせいか、幸之進の声が幾分柔らかくなった。


「半治殿には何も言わぬ。このことは我らの胸のうちだけに留めておこう。半治殿は、お兼殿はあんな父でも許してしまう懐の深い女子なのだと言っておった。それに比べて己は狭量だとな。半治殿が傷つくようなことは俺もしたくないのだ」


 すると、兼はかぶりを振った。その意図が、親信には量りかねた。

 うつむいた兼は、ぼそぼそとつぶやく。


「あの子はいつもまっすぐで、それこそあたしとは違った。あんなおとっつぁんの子なんだから、あたしは一度踏み外したらもう戻れなかったのに、あの子は違った。だから、嫌いなのさ」


 嫌いと言いながら、顔をしかめる。

 本当に嫌いなら、そんなに苦しそうには見えなかったはずなのだが。


 半治は兼と己を比べて苦しみ、兼もまた半治と己とを比べて悲観した。人は相手を、己の見たいようにしか見ないのかもしれない。半治にも兼も、誰でも欠けているところはあるのに。


 もちろん、親信にも。そして、幸之進にも。

 兼はキッと幸之進を睨んだ。幸之進こそが諸悪の根源であるかのようにして。


「あたしみたいにろくでもない親を持った娘は、奉公に出たってまともに扱われたりしないんだよ。物がなくなればあたしのせい。お(たな)の旦那が迫ってきたらあたしが色目を使ったって、なんでもかんでもあたしのせい。挙句、お店の金に手をつけたってお白州にまで引っ張っていかれたよ。ただの下働きがお店の金になんて触れるはずもないじゃないか。まるで、生きてることがいけないことみたいに責め立てられてる気分だったよ」


 奉公人たちは憂さ晴らしのために兼を苛めたのだろう。それでも、兼は耐えていて、奉公人たちは調子づいたのかもしれない。それにしたってひどい話ではある。

 幸之進の声音からは下手な同情は感じられない。


「それで、陥れられて咎めを受けたのか?」


 すると、兼はハッと嘲り笑った。


「いいや、お奉行様はうつけじゃなかったよ。ちゃんとした詮議をしてくだすって、あたしの疑いは晴れたさ。でも、そもそもが奉公人たちの手綱も握れないような主のお店だから、結局ぐちゃぐちゃになって潰れたよ。金だって手代が使い込んでろくに残っちゃいなかったし」


 それを言った後、兼は長い息を吐き出した。


「疑いは晴れたって、お白州に引っ張られたってことだけはついて回るんだ。どこへ行ってもね。こんなの、どうやって真っ当に生きていけるのさ? 半治みたいに男だったらまだよかったのに」


 兼はそれでも、そんな己の人生に弟を巻き込まなかった。

 それがせめてもの情なのではないか。親信が勝手にそう思いたいだけなのかもしれないが。

 幸之進はどのように感じただろうか。声からは窺い知ることができなかった。


「ふむ、お白州にな。お兼殿はその時いくつだったのかな?」


 急にそんなことを言い出す。


「――十六だったね。世の中のことなんてなんにもわかってない小娘だったよ」


 幸之進のせいで昔を思い出してしまったのか、兼はさらに暗い目をした。


「十六か。もちろん今も麗しいが、その頃のお兼殿は愛らしかっただろうな」


 本当に、この男は何が言いたいのだ。兼が昔を思い出して苦しげに見えたから、そんなことを言うのか。

 ただし、そんなことで気をよくする状況ではない。それくらいわかるだろうに。


「本当にふざけた侍だね」


 それ見たことか。兼の怒りに拍車がかかる。

 しかし、幸之進は己の調子を崩さずに朗らかに言う。


「心外だ。俺はふざけたことなど一度もないが? お奉行はうつけではなかったと言うがな、あれは調役(しらべやく)が有能であればうつけでも勤まるのだ。北町と南町は厄介事を押しつけ合っておる。特に北町と来たら、ここ十年以上ろくな奉行がおらんと聞く。お兼殿を救ったのは、まだ()()な南町であろう?」


 よく知りもしないくせにひどいことを言った。

 幸之進が不逞の侍に斬られたのは、町奉行が悪いと思っているのかもしれない。

 事実、同心や与力は付け届けをもらい、融通することもある。だから町奉行も俗物だと決めつけているらしかった。


「誰がそんなことをお言いだい? あんた、耳が腐ってるんじゃないのかい? ()()なんとかっていって、結構大事(おおごと)だったけど、北町奉行様は名裁きだってお褒めの言葉を頂戴していたよ」 


 くじ――公事(くじ)上聴(じょうちょう)のことだろう。

 時折、江戸城吹上で裁きが行われ、将軍が上覧するのだという。

 扱われる案件は奉行が選び、伺いを立ててから将軍に披露する。これを上手く、鮮やかにこなせると将軍の覚えもめでたく出世にも影響するらしい。

 親信には一切関りのないことではあるが、それくらいのことは知っている。


「おお、それは失礼した。そうか、北町にもそのようなお奉行がおったのか」


 詫びているふうでいながらも、誠意がない。兼にとっては自分を救ってくれた恩人ではあるが、幸之進にとってはわりとどうでもいいことなのだ。

 自分から話を振ったくせに雑なものである。


 話に飽きたのか、幸之進はさて、と言って首を回した。お前は何も疲れていないだろうに。


「この男は番屋に――と言いたいところだが、今後、しっかりと躾けるというのなら突き出すのはやめておこう。ただし、お兼殿、半治殿を傷つけるようなことはせぬようにな」


 兼は幸之進の物言いに目を怒らせている。憎悪の矛先が幸之進に向くのは、幸之進が苦労とは無縁に見えるからだろうか。


「あんた、何様なのさ? 苦労知らずの若様が、地べたを這ってきた女に説教なんてできると思うのかい?」

「説教をしたいのではない。お兼殿は、道を選べぬのではないと思うがな。そう思い込んでおるだけではないのか?」


 銭がこの世のすべてではない。狭い世間に閉じ籠るのではなく、思いきって違う場所へ足を向けることで何かが変わるのかもしれない。

 ただし、それには痛みも伴う。無理だと、諦めた方が楽な時もある。

 兼がこの先をどう生きるのか。

 もしかすると幸之進はこれでも心配しているのだろうか。


「――あんた、なんて名なのさ?」


 苛立ちと恨みの籠った目で兼は問いかける。しかし、幸之進はそれを受け流すようだった。


「幸之進と申す。半治殿の隣人である、この御仁のところの居候だ」

「侍なんだから、苗字があるんだろ?」

「あるが、それは申せぬな」


 頑として、未だに苗字は親信たちにも教えないのだ。ここでもやはり答えない。

 しかし、兼はそれでは納得しなかった。クッと、薄く(わら)う。


「なんだ、あんただって後ろ暗いものを抱えてるんじゃないか」

「まあなぁ」


 妙に間延びした声で答える。そんな幸之進に、兼は鬼気迫る顔で告げた。


「じゃあ、今日のお礼にあんたの暴き立てられたくないことを暴いてあげるよ」

「うん?」


 と、幸之進は首を傾げた。親信も兼が言わんとすることがわかるわけではなかったが、嫌な予感ばかりが先走る。

 兼はゆらゆらと揺れながら、どこか楽しげに笑っているように感じられた。それがまた不気味である。


「金がないならまた稼がなくっちゃならないんだ。金があるのとないのじゃあ、この世は大違いなんだからね。金にはならなさそうだけど、ついでだから、あんたのことも暴いてやるさ」


 この口ぶりだと、兼は徒党を組んで強請り紛いのことをしているのかもしれない。人様の闇を暴き、それをねたに金を巻き上げる。そうしたことをしているのなら、目明しのように独自の手下を使って相手の尻尾をつかむことも容易いのだろうか。


 兼を怒らせたのは、幸之進にしては失策であったのかもしれない。親信の方が胆が冷えたが、幸之進は何を考えているのかわかりづらい。

 特に焦っている様子はなかった。


「やめておいた方がよいと思うがな。藪を突けば蛇が出るというやつだ」

「強がりだね」


 半治の姉であることは間違いないのだが、半治は姉のこうした裏の顔を知らぬのだ。間違っても教えたいとは思わない。


 幸之進はそこで急に手を合わせた。もちろん、磯治に向けてだ。

 磯治は死者を前にしてうるさいと怒っているだろうか。親信も男を放ると、幸之進に倣って手を合わせた。


「好きにするといい。ではな」


 それだけ言い、幸之進は颯爽と部屋から出た。兼の恨みを買ったことを気にした素振りは見せない。

 蛇骨長屋の住人が野次馬になっていたけれど、そこは幸之進がにこやかに躱していく。親信は近寄りがたいように難しい顔をしながらその後に続いた。


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