「いつか、笑い話になる」
「何する?」
カブトムシが去った後、私たちはダラダラしていた。
「とりあえず、ノートに書こうよ。“水が使えるようにして下さい” って。」
「でも、ノートは1日1回しか使えないんだよ。」
「大丈夫何じゃねーの?間違えただけだろ、最初は。」
「えー。出来るのー?」
「やってみるだけ、やったらいいんじゃないかな?」
「颯斗が言うんだったら、やってもいいよ。」
「なんでだよ!俺が言ってもやる気にならなかったくせに。」
「だって、仲岡はなんか信頼できないんだもん。」
「紗矢とりあえず、ノートに書こうよ。」
「千晴書いていいよ。」
「あ、うん。分かった。」
そして私はノートに書いた。
“再び、水が使えるようにしてください“
「書いといたよー。」
「あんがとー。」
「ってか、腹減ったー。」
仲岡が情けない声を出す。
「我慢しろよ。」
「無理だよ、そんなこと。」
「あの、よかったらこれどうぞ。」
私は、持ってきていた食パンを差し出す。
「マジで!くれんの?ありがとう!女神様じゃん。これからそう呼ぶ。」
「千晴優しいー。ヒューヒュー!」
「紗矢、やめてよ。別にそんなんじゃないから。」
私たちがふざけあっていたら、
「あの、これ私も食べていい?」
と、野間口 花音が聞いてきた。
「いいよ。食べて食べて!仲岡、全部食べないでよ。」
「へいへい。女神様が言うなら、少し残しますよ。」
「女神じゃないよ〜。」
午後七時
「七時だけど、帰る?」
『……。』
誰も何も言わない。言葉に出さなくても分かる、みんなの気持ち。
「……みんなで泊まる?」
『うん。』
「もう、あの人気のない家に帰りたくない。」
「俺も。みんなでいた方が安心。」
「なんか、仲岡が‘みんなでいたい’、だなんて面白いね。」
「なんだそりゃ。別に、いいじゃねえか」
そんなこんなで、みんなで学校に泊まることにした。みんながいれば、何かあっても、対応できると思う。
いい提案だ。
「千晴、起きてる?」
みんなが寝静まったあと、紗矢が声をかけてきた。
私たちは床に寝ている。体育館からブルーシートを、保健室からは毛布を持ってきて使っている。
もちろん、ブルーシートは床に敷いている。ブルーシートは掛け布団にならないから。
「起きてるよ。紗矢、どうしたの?」
辺りは暗く、隣にいる紗矢の顔すら見るのが難しい。
私たちの言葉だけが、宙に浮いて、消えていく。
私たちの言葉が夜の闇に溶けていく。
「なんか、寂しいね。いつも通りが無くなると。」
「うん。普段は、‘変化が欲しい’ なんて思っていたけど、実際は、少し怖い。」
「確かに。だけど、楽しさもあると思うな。」
「みんなで過ごせるから?」
「うん。あと、変化も必要だよ、やっぱり。」
「どうして?」
「当たり前の大切さがわかるから。だけど、全てを失う前に気がつきたかったな。」
「……。」
「いつかはこの出来事も、笑い話になるんだろうなあ。」
「……そうだね。」
隣から、紗矢の寝息が聞こえてきた。
「……いつか、笑い話になる、か。」
私はなぜか、紗矢の言ったその言葉が、頭から離れなかった。
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