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 室内も豪華だったが、廊下も負けず劣らず意匠が凝っている。

 流石、腐っても王族の住まい。

 庶民には及びもつかない生活をしている。


 所々に飾ってある壺や絵画は豪華な空間に合っているが、よく見ると変で何がいいのか分からない。


 きっとお高いのだろうが、もしこの壺が小汚いボロボロの家に置いてあったら……、生活の苦しさに縋る思いで、お金がどんどん儲かると謳った怪しい講習会に参加し、この壺を南西の方角に置けばお金が馬鹿みたいに溜まりますよ、とか言われて全財産を叩いて壺を買い、南西の方面に置いてはみたものの結局効果はなく、返金を求めて壺を返しに行ったら、すでに会場はもぬけの殻。どうすることもできずに、壺を再び南西に置き、呆然とする不憫な人の物品に思える。


 豪華な空間にあるとお高く見えるけど、案外、安物だったりして。


 表面はボコボコしてるし、なんか歪な形をしてるし、誰も壺の価値なんて分からないから予算削減して、そこらの素人の子供に遊びがてら作らせたとかありそうだ。


 1番濃厚なのは、親馬鹿な王が自分の子供、即ち王子の作った壺を飾らせてる説が高そう。


 母さんも私が適当に作った歪な物体Xをいつまでも大事に飾っていたりしたし、親ってそういうものだと思う。


 壺を近くで分析していると、ナタリアが声をかけてきた。



「壺、好きなの?」


「好きって程じゃないけど、この壺ってなんか稚拙だから、ここの素人王子が作ったのかなって思ったの」


「……満面の笑みで、いきなりキツい毒を吐くから驚いた。それに私、壺に詳しくないから分からない」


「私達の世代で壺に詳しい方が稀よ。……だけど、王子が壺を作ったとなると、この子供が落書きしたみたいな絵画も王子が描いたものなのかもね」


「……そう、なのかな?」



 ナタリアが首を傾げた。


 私は廊下に並ぶ醜術品を見ながら足を進め、自分の考えを確信にまで高めていった。


 絶対、王子が作ってる。絶対……ってあれ?なんか、ここから作風が変わって素人感がなくなった……?



「ねえ、ナタリア……」


「心配しなくても、もうすぐ図書室ーー」


「この壺見て……」


「え?また壺……?」


「なんか王子っぽさ、いや素人っぽさがなくなってるんだけど、壺の専門家に指導を受け始めたのかな?」


「王子様がここの美術品全てを作ってる訳じゃないと思うんだけど……」


「見ているうちに、王子の独特な作風に愛着が湧いてきてた分、上手にはなったけど個性が死んでしまったことが、すごく悲しく思えてくるわ。王子の急成長が憎い」


「……うん、なんかどうでもいい。王子様のことは置いておいて、ここが図書室」



 ナタリアに続いて、案内を受けた図書館に足を踏み入れた。

 独特な紙の匂いが鼻を掠めた。


 厳格な雰囲気を前に、さっきまでの興奮していた気持ちが落ち着き、王子の作った壺のことなんかどうでも良くなっていく。


 どうして今まで、あんな壺だか醤油差しだか分からないものを気にしていたのか謎だわ。

 とゆうか、廊下に壺を置きすぎじゃない!?

 壺オタクなの!?


 この場合、王と王子、どっちが壺オタクなんだろう。

 ああ、なんかすっごく気になる!!


 私は顎に手を添えて、真剣に考えた。



「図書館には自由に入っていいと言われてる。机もあるから、そこで本を読むことや勉強することも出来る……えっと、マリー?聞いてるの……?」


「……王と王子、どっちが壺オタクなんだと思う?やっぱり作り手である王子が壺オタクだと思うんだけど、両方って説も捨てきれないのよね」


「もう、お願いだから壺から離れて。マリーこそ、どんだけ壺が気になってるの?どうでもいいよ。1ミリも興味ないよ。壺のことより目の前の本の山に興味持ってよ」


「あ、ごめん。つい気になっちゃって、暴走しちゃったわ。ナタリアは壺に興味ないようだし、もう壺のことを考えるのはやめる」


「……そうしてくれると嬉しい」



 私達の世代で、年寄りの会話にしか出てきそうにない壺の話題なんて、退屈だったわよね。


 少し反省……。


 もっと、今年女の子に流行中の装飾具とか、そんなお洒落で今時の話題じゃないと盛り上がらないか。

 でも、私一応女だけど、そんな会話した事ないし、知らないわ。

 村に数少ない同年代の女友達はいたし、結構楽しくお喋りしてたけど、何の話題で盛り上がってたんだっけ?


 私は過去の会話に想いを馳せた。




「マリーちゃん、見て見て!白いカマキリ!うちの庭にいたの」


「うわ、すごーい!真っ白で綺麗ね。庭の何処にいたの?」


「なんか赤い花びらに混ざってた。色彩感覚が逝かれてるカマキリなのかな~?自身満々に擬態してたよ」


「ご飯に苦労しそうな子ね。でも大丈夫か。カマキリは産まれながらの狩の達人。蛙だろうと蛇だろうと、運が良ければ返り討ちにして逆に食らう生き物だもの」


「うーん、他の子はそうかもしれないけど、この子はどこか鈍臭いんだよね。うちの庭で見つけたら小蝿の死骸でも近くに置こうかな」




 ………………こういうんじゃないのよ。

 私の求めてる過去の会話はこれじゃない。

 アンネはダメだ。


 私は別の女友達との会話に想いを馳せた。




「あれ?何をそんなに必死に洗っているの、エトリーヌ?」


「マリーじゃない!もうっ聞いてよ!ホント最悪なの!うちの馬鹿親父ったら、あろうことか私の靴でカメムシ潰しやがったのよ!信じらんない!自分の靴で潰せよ!人の靴、カメムシついたまま放置すんなよ!玄関が死にそうなくらい臭い、てかこの靴履いて出かけたら、私の体臭がカメムシ臭だって誤解されんだろうが!」


「確かに酷いわね。だけど、おじさんも可哀想かもしれないわ」


「え、どうゆうこと?」


「カメムシの匂いと加齢臭って似てるって言うじゃない。きっと、同じような匂いを発していたから気づかなかったのよ。そう邪険にしたら可哀想だわ」


「つまり父さんの臭いとお揃いってこと……?うわ、絶っ対イヤ。ありがとうマリー、臭いの成分が無に帰すまで洗い続けることにするわ」




 ダメだ。

 というか、盛り上がってもいないし。

 ……そうだ!

 エトリーヌの近くに住むフィオネはいつも可愛いフリルの服着てたっけ。

 フィオネとの会話なら、きっと洒落た会話の一つや二つあるはずよ。


 私はフィオネとの会話に想いを馳せた。




「畑仕事って、どうしてこんなに体力使うんだろう。大人は何でもない顔して、農具振り回してるけど、結構重労働だよね」


「マリー、それは貴女の鍛え方が足りないからです。大人達と互角、いやそれ以上に動けるようにならないと話にならなくてよ」


「……フィオネは一体何を目指しているの?しかも、土いじりにそんなヒラヒラの服着てると汚れるわよ」


「私が目指すのは、勿論、万能な淑女です。いつでも綺麗でいる事は女の嗜みの一つでしてよ。マリー、貴女はいつもそんな変わりばえのない冴えない格好して……。元は悪くないのだから、もう少し格好を気にしなさいな。今度、わたくしの住まいにいらっしゃい。貴女にピッタリの服を差し上げてよ」


「ありがとう。気持ちだけ受け取るわ。私が着たら、秒で汚しそうだし、宝の持ち腐れよ」


「そんなんだから、貴女はーー」


「ギャーーー!!」


「どうしましたの!?」


「む、虫……。芋虫…出てきた……」


「まあ、殿方の癖に情けないこと!芋虫より何倍も図体がデカいくせに、芋虫が怖いとか見掛け倒しにも程があります。もっと、精進しないと誰も嫁に来てもらえませんよ!」


「イギャーーー!!……この人、芋虫を素手で鷲掴んで潰した!!信じられんっ!うっ……気持ち悪……」


「芋虫は折角端正込めて作った野菜を台無しにします。ですから、見つけ次第駆逐するのは、仕方ないことなのです」


「フリルに血!可愛らしいフリルに緑の血がついてるんだけど!!それに芋虫を平然と殺害しといて笑うなよ!色々とこえーよっ!!」


「芋虫の血など水につけとけば勝手に落ちます」




 ダメだ。

 最初はいい感じだった気がしなくもないけど、途中から私との会話でもないし。


 ……私達、虫の話ばっかりしてるわ。

 お洒落も糞もあったもんじゃない。

 何か、こう色気のある会話が欲しい。

 他に、何か……。




「あれ?手提げに何つけてるの?」


「ふふふ、よく聞いてくれました!じゃじゃーん、自作のアクセサリーよ!お母さんと作ったの!」


「ええ!?何これすごいっ!カナブン!?」


「カナブンを贅沢に丸ごと使って、樹脂に閉じ込めてみましたー!樹脂に穴を空ければ、あら不思議!カナブンアクセサリーの完成です!」


「ええ!いいなあー!それって他の虫でも出来るの?」


「もちのろんよ!」


「私はゾウムシで作ってみたい!」


「ふふふ、小さ過ぎて、汚れなのかゾウムシなのか分からなそう」




 自作のアクセサリーまでは良かったけど、その後がダメだった。

 だけど、だんだんいい感じになってる気がする。

 思い出すのよ!

 お洒落で素敵な会話を!




「いたっ!」


「マリー、大丈夫!?いきなり走り出すから、転ぶんだよ。もっと、気をつけないとね」


「はーい」


「……はあ、全く。膝から血が出てるよ」


「そのハンカチ、綺麗な薄緑色ね。そんな綺麗な布を汚すのは申し訳ないわ。すぐ止まるだろうし、大丈夫よ」


「別に気にしなくていいよ。いっぱい持ってるから。はい。よく傷口を押さえてね」


「ありがとう……。よく洗って返すわ」


「そのハンカチ、あげるよ。本当にいっぱいあるの。こないだ染めたばかりだから」


「染めた?」


「うん、虫のフンを煮出して染めたの。綺麗に染まってるでしょ」


「そうね」




 どうやら結論が出たみたい。


 ……私がいた村の女って、私を含めて色々と終わってる。

 まさか、同世代の女の子が全滅するなんて想像もしていなかった。


 ごめん、ナタリア。

 私に洒落た話をするのは無理そう。



「ーーこんな感じで、分類毎に本が纏まっている。だから、目的の本も見つけやすい。もし、それでも見つからなかったら、図書室の管理人に聞けば一緒に探してくれる……マリー?どうして落ち込んでるの?」


「いや、なんか……自分が不甲斐なくってね」


「もう壺のことは気にしてないから、元気出して」


「……うん、ありがとう」



 私達は図書室を出て、怪しい壺の並ぶ魔の廊下へと再び躍り出た。





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― 新着の感想 ―
[一言] その壺、絶対高いヤツですよ。高名な芸術家が作ったものとかの。 まぁ、マリーだったら、ピカソの何十億する絵も“子供の落書き”で済ませそうですけどね。
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