7
私と栗毛の少女は見つめ合ったまま、互いに固まっていた。
そんな中、顔から火が出るのではないかと思うくらい、カッと顔が熱くなる。
恥ずかしくて居た堪れない気分で、素早く目の前にある貝殻をハンカチで包み、ポケットの中へ入れる。
証拠隠滅だ。
なかったことにしよう……。
「……今のーー」
「貴女も攫われてきたの?」
少女に被せるようにして質問する。
さっきの側から見たら怪しい儀式的な行動については触れて欲しくない。
それに、質問したことが気になっているのも事実だ。
攫うのは女だけとおばさんが言っていたし、あの大船で攫われたのが私だけというのも考えづらい。
だから、自ずと少女もまた攫われてきたのだと思った。
何のために女を攫っているのか分からないけど、指示してる黒幕は相当な変態野郎だ。
だけど、どうしてこの子は自由に出歩いているの?
こうゆう時って、見張りとかガチガチに固めて、行動を制限するもんじゃないの?
「……うん。迷子になって、家族を探していたら連れ去られた。皆、私を探してるだろうから、早く帰って安心させたい」
「そうなの……辛いわね」
「辛い……けど、この国に連れてこられた女は、殆どが私と同じ気持ちを抱えてる。あなたもそうでしょ?」
「そうね。私も早く帰りたい。……ううん、帰らなくっちゃ」
ケインの事だけじゃない。
母さんだって急に私がいなくなって、どんなに心配してるか……。
早く帰って、たった一人の大切な家族を安心させたい。
「……私はナタリア。あなたは?」
「マリーよ。お互い無事に帰りましょうね」
手を差し出すと、ナタリアは躊躇いがちに手を出した。
ナタリアの小さな手をしっかりと握り、私は目標を同じくする同士と握手を交わした。
「これからよろしくね、ナタリア」
こんなにも早く逃亡仲間が出来たのは、幸先が良い。
少しの安心と心強さに口が緩む。
ああでも、ここが何処なのかすら、分からないんだった……。
私はナタリアが知っている事を色々と聞くことにした。
「ねえ、ナタリア。偉そうな事言っちゃったけど、私何も分かってないの。ここの事、教えてくれる?」
「マリーはずっと眠ってたから当然のこと。此処はルーデンス王国のお城の中。ルーデンス王国は産まれてくる子供の99.9%が男で、女が足りていない。だから、他から女を連れて来て子供を産ませる事で、出生率を上げている。連れてこられた女は子供を産めば、故郷に帰っていいと言われてる。だから私、早く子供を産んで帰りたいけど、どうしたら子供が出来るのか分からない。皆、聞いても教えてくれない……。マリーはどうすればいいか知ってる?」
子供がどうしたら出来るのかなんて、私も知らないけど、子供を産んだら帰っていいだなんて本当なの?
城の中ってことは、個人じゃなくて、国全体でこんなことしてるんだ。
誘拐を先導する狂った国の言葉を信用して大丈夫なの?
ルーデンス王国って、海の向こう側の国だ。
大人達に評判が悪いのは知っていたけど、まさか隣国がこんな酷いことをしているなんて、知らなかった。
そりゃあ、評判が地の底でボロクソに言われるはずだ。
「……よく分からないけど、昔同じような質問を母さんにしたら、父さんと一緒にいたら私ができたって言ってたよ。だから、男の人と一緒にいれば、いつか産まれるんじゃない?」
「思ったよりも簡単そう。教えてくれてありがとう」
邪気のないナタリアの笑顔に、何故か胸が苦しくなった。
ナタリアから感じた妙な違和感を頭から追い出す。
「……ねぇ、他に攫われた人って何処にいるの?」
「ここから少し離れた隔離部屋に数人いる。はじめは沢山いたけど、皆何処かに連れていかれた。何処に行ったかは知らない」
「……そうなんだ」
てことは、自分がここを連れ出されるのも時間の問題ということだ。
何も分かっていない状態で逃げるなんて、危険過ぎるが、拘束されてない今が逃げる好機なのかもしれない。
あまり監視や拘束を受けてないのは、現在女が複数いる事で、それらが分散し緩んでいるんだと思う。
さらに女が少なくなるか、私がここではないどこかの場所に連れていかれることで、監視や拘束は当然今よりキツくなるはずだ。
部屋の中を見渡すと外へ続く窓は、高い天井近くに設置されていて、踏み台を用意したとしても手が届きそうにない。
この部屋から外へ出るのは、諦めた方が良さそうだ。
なんとか他の場所から外へ出る経路を見つけて、それから……それから…………どうしたら村に帰れるの?
隣国と言えども陸続きではないし、そうなると海を越えなくちゃいけない。
海を泳いで帰るのも、距離的に不可能だ。
最終的に魚の餌になる運命しか見えない。
いや……でも、村への途中にある島々を渡って、休憩しながら帰るのはありかも。
幸い海には食べられる生き物が多いし、なんとかなりそうな気がする。
どこに行くか分からない犯罪者国船に安易に乗り込むよりは、色々と大分マシだ。
だけど、問題はナタリアだ。
私一人ならなんとかなる気がするけど、危険も多いしナタリアを無事に帰せるのか。
「……ねえ、ナタリアは泳ぎが得意?」
「駄目、泳げない。顔に水をつけるのも嫌」
「はは……そっかあ……」
私は脱力した。
本当にどうしよう……。
「もしかして、連れていかれる前に……泳いで帰ろうって考えてる?……大丈夫。マリーは他の女と違って、すぐに城から出されることはない」
「え?どうして?」
「私と後の一人もそう。子供だから、大人になるまでここに居ていいって言われてる。だから、暫く一緒。私は早く子供を産んで帰りたいから、連れて行って構わないって言ったけど、『お前にはまだ早い。そんなことよりこの答案は何だ?くだらない事考えていないで、勉強しろ』って言われた」
「教育ママみたいね……」
……ナタリアは国に反抗して逃げることより、従順になって正面から帰る事を選んだんだ。
私はそんなの絶対に嫌。
いくら帰れるとしても、知らない男の子供など産みたくない。
考えるだけでゾッとする。
私がナタリアに感じた違和感は、国の理不尽に反抗することなく、真っ直ぐに受け入れた考え方の相違だ。
私は犯罪国から逃げて、故郷に帰りたいけど、ナタリアはそうじゃない。
ナタリアは逃げるなんてことを考えてもいないんだ。
「そう、教育に力を入れてる。今は休憩時間で忘れ物を取りに来た」
ナタリアが正面の三つある真ん中の棚を開け、何冊かの書物を取り出す。
授業に使う教本か何かだろうか?
「……マリー、城の中を案内する。着いてきて」
「……え?」
「はやく」
勝手に動いて、牢に放り込まれたり、躾という名の暴力を受けたりしないわよね……?
困惑しながら、手招きするナタリアに私は恐る恐る近付いた。