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大型船は黒い煙を撒き散らして、私達に近寄ってくる。
頭をよぎるのは、『人攫い』という言葉。
先程の穏やかな時間が嘘のように、緊張感のあるものへと変わる。
「マリー、逃げるぞ!」
「うん」
人攫いと思い浮かんだのは、ケインも同じだったようだ。
私達は海から離れようと一目散に砂浜を走った。
一歩踏み出す毎に足元が滑り、走っても走っても辿り着けない動く床の上を走っているような錯覚に陥る。
サラサラの砂浜が、私達の行く手を阻むようで、焦りが募る。
道はまだまだ長いというのに、小さな機動性の高い船に乗り換えた男たちが道を塞ぐように眼前の陸へと上がって来ていた。
子供と大人の歩幅の違いなのか、私達は直ぐに五人の男達に囲まれた。
「まだガキだが………どうする?連れてくか?」
「なあに、女には変わりねえんだ。金になる。それに、可愛らしい嬢ちゃんじゃねえか。将来は別嬪になるぞ」
男達の会話を聞いて、震えが止まらない。
コイツらに攫われたら、何処かに売り飛ばされて……、どんな目にあうか分からない。
きっと、ロクな状況にならないだろう。
体は恐怖で完全に硬直していた。
男達が私を連れて行く為に、腕を掴もうと手を伸ばしてくるも、大した抵抗も出来ずに、それを見ていることしか出来ない。
もう少しで掴まれると思った瞬間、ケインが男の手を叩き落とした。
それとほぼ同時にケインが叫ぶ。
「行け!!」
「……で、でも!」
「大人の男を呼んでこいっ!お前が居たら足手まといなんだよっ、早く行け!!」
「っ、……待ってて!!直ぐに連れてくるから!」
私は怯んだ男達の合間を縫って無我夢中で走り出した。
後ろでは男の怒声が聞こえる。
ケイン、無事でいて!
私は一直線に村へと走った。
はぁはぁと息を切らしながら、海から1番近い家の戸を激しく叩く。
「助けてっ!!おじさんっ、助けてっっ!!」
外の騒がしさに、バタバタと家人が慌てて玄関に向かう音がし始める。
ガラッと音を立てて戸が開くと、この家に住むおばさんが現れた。
「マリーちゃんじゃないか?そんなに慌ててどうしたんだい?」
「ケインがっ、ケインが危ないの!お願い、おじさんに武器を持って海に行くよう伝えて!!ケインを助けて!!」
気が動転していて、海で起きている非常事態を上手く伝えられない。
もどかしさで余計に空回っていく気がした。
だけど、焦りで口を止める事は出来なかった。
「早く!ケインがっ、ケインが……連れ去られちゃうよ……!」
「ちょっと、マリーちゃん落ち着きな。ケインが危ないって、何があったんだ?」
「人攫いが私を連れて行こうとして、そしたらケインが行けって……大人の男を連れて来いって……」
「人攫い……?」
おばさんは怪訝な顔をした後、顔がサァーと真っ青になっていった。
「おじさんにケインを助けるよう伝えて!!私は他の家もまわって大人の男の人を沢山呼んでくるわ!!」
私は次の家に向かうべく走り出した。
だが、直ぐに「待ちな」とおばさんから呼び止められる。
「あの……私、早く大人を呼びに行かないといけないの。だから、もう行かなくちゃ」
「…………居ないんだよ」
「え……?」
「隣村に大型の獣が出たんだ。この村も他人事じゃいられないってんで、村の男達は駆り出されちまった。勿論、うちの亭主もだ」
「……そんなっ」
じゃあ、大人の男をケインの所に連れて行くのは不可能なの……?
絶望で目の前が真っ暗になる。
「さ、マリーちゃんも家に帰って、今日は外に出ちゃ行けないよ。あの野蛮な人攫い共は女を狙ってる。ケインは男だ。だから、連れて行かれることはない。だから、マリーちゃんは家に帰るんだ。いいね?」
私を説得するように、おばさんは私の肩を叩く。
だけど、私は納得出来ずにいた。
連れて行かれることはなくても、殺される可能性だってある。
私達を取り囲んだ男たちは皆一様に武器を携帯していた。
腰ぶら下げた剣が、ケインの身体を突き抜ける事を想像して、ゾッとする。
武器を持つ男達に対して、ケインは丸腰だ。
いくらケインが喧嘩に強かったとしても、勝負は目に見えてる。
……どうしたらいい?
もはや、自分だけ逃げるなんてことは考えていない。
大人が頼りにならないなら、私が助けに行くしかないじゃない!
私は視線を彷徨わせ、何か役に立ちそうな物を探した。
そこで、ぞんざいに置かれた農具を見つける。
……武器になるかもしれない。
ふと、そんな事を思いつく。
ケインには足手まといって言われて逃げることしか出来なかったけど、今度は足手まといだなんて言わせないっ!
震えて、連れ去られるのを無抵抗で見ているだけの私はもういない。
闘志を燃やして、覚悟を決める。
「おばさん、袋を貸して」
「袋かい?そんなもん、一体何に使うんだい?それよりも早く家にーー」
「早くっ!お願い!」
「もう分かったよ。今持ってくるから、渡したらすぐに家に帰るんだよ」
家の中へ消えていったおばさんが、姿を現した時、大きめの布の袋が手の中にあった。
それを渡されるなり、私は家の隅に落ちていた2本の鍬を持って走り出した。
「ありがとうおばさん、それと鍬も借りるわ!」
「マリーちゃん!?」
今度はいくらおばさんが制止の声を上げようと、立ち止まる事はなかった。
私は投げやすそうな手頃な石を袋に入れながら、元来た道を駆けた。