表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

1

 




『海に一人で行ってはダメよ』



 母さんは口を酸っぱくして私によく言い聞かせた。

 海が好きな私が不満げな顔をすると、母さんは決まってこの言葉を発する。



『人攫いが出るから絶対ダメ。それに波にさらわれたら大変だわ』



 そして、私が渋々頷くまでが一式だった。

 母さんと喧嘩した時、やる事がなくて退屈な時、海のさざ波の音が私を誘惑した。

 けれど、私は母さんの言いつけを破ることはなく、一人で海に行くことはなかったが、それだけでは安全意識が欠けていたのだと思い知らさせた。

 母さんの言葉は正しかった。

 あの日、私達が海に行かなかったら、今は違う現実を生きていた、そんな気がしてならない。

 煌びやかだが無機質で冷たい印象のこの場所は、より一層私の後悔の念を強めていった。




 ***




「マリー、行くぞ」


「は?え?ちょっと……!?」



 突然、近所のガキ大将ケインが家に来るなり、私を連れ出そうと腕を掴んで引っ張って来た。

 このまま家人に何も言わずに外に行けば、大ごとになって村全体の大捜索に発展する可能性がある。

 そして、無事に見つかり、母さんに怒られる所まで想像がつき、顔が青ざめる。

 私は慌てて玄関の戸を掴み、ケインの力に抵抗した。


 というか、力が強すぎる!


 玄関の凸凹が手の甲に食い込み、ギリギリと私を苦しめる。

 なのに、元凶は私の抵抗に首を傾げながら、馬鹿力でぐいぐい引っ張るのをやめない。


 もう!いい加減にして!


 無遠慮に引っ張ってくる背後をキッと睨め付ける。



「何してんだマリー?新しい遊びか?もういいだろ。行くぞ!」


「ああもう、引っ張るのをやめて頂戴!それから、突然家から私が居なくなったら大事になるでしょ!なのに遊びって、意味分かんない。アンタの思考回路どうなってんの!?……ほんっと馬鹿なんだから」


「ああ!?なんだと!」


「馬鹿って言ったの!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」


「んだとテメエ~~っ!!」


「ーーあら、何をしているの?」



 激昂したケインが私の腕を強く握ってきて、痛みに顔をしかめた時、騒がしさに駆けつけた母さんが奥から現れた。

 突然の乱入に停止する私達に母さんは「まあ!」と嬉しそうに目を輝かせた。

 何故かすごく嫌な予感がする。



「2人は本当に仲が良いのね」


「「はあ~~!??」」


「まあ!息もピッタリね!」



 今のどこを見たら、仲が良いと言えるの!?

 絶賛喧嘩中ですけど?



「母さん何言って……というか離してよ」


「ああ……」



 母さんの理解不能な言葉の前に、未だ捕らわれた腕が気になり伝えると、あっさりと腕が離されたが、思いの外力強く掴まれていたらしい。

 ズキズキと掴まれた箇所が痛んだ。


 コイツ……信じらんない!


 私は怒りに任せて、思いっきりケインの足を踏みつけた。

 勿論、グリグリ踏みつけるのも忘れない。



「って~~、いきなり何すんだよっ!」



 それはこっちの台詞だ。

 誘拐犯の如く連れ去ろうとした上、ご自慢の握力で、私のか弱くて繊細な腕を力任せに握りやがって!

 それ見知らぬ人にやったら犯罪だぞ!?


 怒りが収まらぬまま、大きく顔を反らして怪力馬鹿の事など視界に入れないようにする。



「こらっ!マリー、ケイン君に謝りなさい!」


「嫌!だって母さん、元はと言えばコイツが思いっきり私の腕を掴んできたのよ?」


「そうね、それはケイン君にも非があるわね。けれど、その後のマリーの行動はいかがなものかしら?」


「うう……そりゃあ、踏んだのは悪かったけどさ」


「悪いということは自覚しているのね?なら、しなければならない事は何かしら?」


「ぐっ……」



 悪い事をしたら謝る。

 それは、私が悪いことをする度に、母さんが口を酸っぱくして言ってきた言葉だ。

 その教訓は正しいと思うから、ケインに謝ろうとは思う。

 けど、ケインが先に仕掛けてきたのに、私が先に謝るなんておかしくない?



「マリー?」



 下らない自尊心の葛藤で謝るのを渋っていると、母さんが追い打ちをかけてくる。

 母さんの無表情になった顔を見て、血の気が引いた私はケインに向き合った。



「ケイン痛かったよね?ごめん……」

「いや……俺も強く掴んで悪かったな」



 何となく気まずくて、お互い顔を合わせなかった謝罪だが、母さんは大いに満足したようだ。

 両手を組んで、潤んだ瞳で私達を見ている。



「二人とも偉いわ!互いの非を認め合うなんて、なんて良い子達なんでしょう。母さん、……なんだか感動しちゃったわ」



 うわ~、母さんの感動劇場が始まってしまった……!

 これは面倒な事になった。

 私はこの場からの逃亡を図る事にした。



「えっと、母さん……ケインと遊びに行って来るね?」


「ええ、行ってらっしゃい……。ケイン君、マリーをよろしくね……ぐすっ」


「……なんか今生の別れみたいだな」



 本当にねえ……。



「マリーは必ず、俺が家まで送り届けてやるからな、おばさん」



 お前も乗るな!

 ああ、もう母さんってば、あんなに目を潤ませて……。

 今の母さんの中では、感動の暴風雨が吹き荒れていることだろう。



「ケイン君……」


「この茶番は一体何?」



 冷ややかな言葉で、感動劇場に水を差し、舞台をめちゃくちゃにした私はケインの手を掴み歩き出した。



「暗くなる前に帰るのよ。行ってらっしゃい、マリー」



 振り向くと、涙を拭った晴れやかな笑顔の母さんが手を振っていた。



「行ってきます」



 次第に小さくなっていく母さんに軽く手を振り返して、私は家を離れた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ