番外編2 大学2年生の夏 1
大学2年生になってもう4ヶ月がたつ。僕は希望していた通り情報工学系の学部に進学することができた。しふぉんも無事数学専攻の道に進むことができたようで、宮田も苦戦したようではあったが転学院して工学院の情報通信の部に移動することができたようだった。
今日は第2外国語のドイツ語の授業のみだ。対面とオンラインのハイブリッドであるが、僕たち3人は第2クオーターの間は登校することにしていた。僕たちは、授業前に今こっちではこんなことをやっているよ、といった話で盛り上がっていた。
それぞれが専門的な分野に進むにつれ、次第にお互いが学んでいる内容を理解することが難しくなってくる。正直、自分の専門科目でさえも完全に理解することはできていない。それも仕方がないことなのだろう。
よくわからないものの比喩として使われる「オフチョベットしたテフ」という慣用句(というほどの物でもないが)が存在している。数年前とあるテレビで放送された、エチオピアのインジェラという食べ物を題材とした番組で、「インジェラの作り方」として「オフチョベットしたテフをマブガッドしてリットにする。そこにアブシィトを加えて焼くとインジェラになる」として紹介されたものだ。
オフチョベット(おそらく、粉を意味するፈጨ(フチ)という単語に接尾辞・接頭辞がくっついたものだろう)はアムハラ語で「粉にする」という意味で、「テフ」は穀物の名前。「マブガッド」は「水に溶く」ことを意味し、「リット」はこの手段を踏んでできるインジェラの元のことである。それにアブシィトすなわち酵母のようなものを加えればインジェラができるということだ。
一般的な日本語で訳せば「粉末状にしたテフを水に溶かしてインジェラの元にして、そこに酵母を加えてインジェラを作る」ということになる。テフやインジェラは言い換えられないが、それでもだいぶ分かりやすくなったといえる。このように、専門用語もその定義にさかのぼって考えれば比較的意味を理解しやすくなるものである。
しかしながら、学術系の専門用語だとそもそも言い換えることが難しかったり、固有名詞が多すぎて理解できないことも多い。その結果、「オフチョベットとはフチ(粉)に砕くことです」といったような、「専門用語を専門用語で解説する」現象が起こってしまうこともよくあることだ。
「専門用語を専門用語で説明するの、何も入ってこないからやめてほしいよね。特に麻雀とかそれがひどいと思うんだけど」
しふぉんはそう愚痴を漏らした。しふぉんが麻雀を覚えようとしたとき、ピンフのルールが覚えられなかったらしい。「面前でメンツがすべて順子であり、雀頭が役牌でなく、両面待ちで上がった場合に成立する役」などといわれても初見ではわからないだろう。
「あーあれはね、最初の方は覚えなくていいと思うよ」
僕は素直に思っていることを言葉に出した。実際、初心者はピンフは覚える必要はそこまでないだろうと思っている(平和の条件を満たすときは、だいたいリーチするからという理由が大きい)。宮田も、ピンフは確かに重要ではないよね、と話していた。
僕たちはそんなことを離しながらドイツ語の授業が行われる教室まで歩いていった。
「ドイツ語、ちゃんとやってる?」
僕はふたりに聞いてみた。ふたりとも、あんまり真面目にやってはない的な返事だ。正直自分も真面目にやっているとはいいがたい。
「動詞が2番目に来るくらいしか覚えてない」
しふぉんは笑いながらそう話した。宮田も、それは覚えているが動詞の活用はほとんど覚えていないといっていた。僕はいつも通りの席に座りドイツ語のテキストを開いた。