35 夜ご飯 12月のアイドルのライブの話
壁にはサインが大量に貼ってある。有名な芸能人や野球選手も来たことがあるようだ。
「3つ目ね。わかってるとは思うけど、私のあだ名ってヘリアンサスガールズの中では『なっきぃ』なのね。君は『なっち』って呼んでるし、今はそれでいいけど、ライブの時は間違えないでね。あと、半年ぶりのサプライズ出演ということで顔だけ出すけど、何かグッズを販売したりはしないからね」
「思い当たる範囲ではこれだけかな。また何かあったら、ラインで送っとくね」
僕は、了解、と言った。話題がなくなったので2人で一緒に壁のサインを見ていると、4年前流行語大賞をとった四国の芸人のサインをなっちが見つけた。
「え、これ、ヘリアンサスガールズのプロデューサーだ!」
なっちは驚いたのか、立ち上がって大声で叫ぶ。厨房のおばさんも、他のお客さんの多くも、大声を出したなっちの方に視線を向ける。僕は、落ち着いて、と言ってなっちを座らせた。
「あ、ごめん、ちょっとびっくりして」
このラーメン屋はT駅の近くにあるのだが、その周りには何もない。徳島県A市の芸人であるアカギリかつよしが、どうしてここに来たのだろうか。サインには今年の8月の日付が記入されている。気になったので、厨房のおばさんにちょっと話を聞いてみた。
「アカギリさんね、12月のライブ会場の下見でこの辺に来たらしいんですよ。C北駅近くの彼の知り合いの家に寄ったとき、その辺のおすすめのラーメン屋を聞いたら、この店を上げてくれたんですって言ってました。私としてはちょっとC北駅からは距離があると思いますけど、彼なら十分歩ける距離だったって言ってましたね」
僕たちは、なるほど、と話を聞く。おばさんが奥に行ったのを確認した後、なっちは話す。
「確かにアカギリかつよしなら、往復5kmくらい余裕で歩けそう」
彼がプロデュースしているアイドルはヘリアンサスガールズだけで、それ以外の仕事は少ないらしいので、ライブとかでも結構横にいるらしい、と聞いている。普段もわりといるらしいので、なっちはアカギリかつよしのことを結構知っているようだった。
彼がアイドルをプロデュースしたことを知っている者は少ない。あのおばさんも、そこまでは知らなかったようだ。
「とりあえず、さっき言ったこと忘れないでね」
僕は、わかった、と言った。なっちはまだ食べているが、僕は食べ終わった。だがまだ足りないので、替え玉を頼み、麺をばりかたで注文した。
「え、まだ食べるの?」となっちが聞いてきたが、僕は男子高生だ。あれじゃ足りないのは全くおかしなことではないと思う。




