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黒鶴と白鶴

作者: 鴨カモメ

ひだまり童話館さまの企画「つるつるな話」参加作品です。


 ある湖に黒鶴と白鶴の夫婦がいました。鶴はとても長く生きる生き物ですから、この2羽の鶴も900年以上の長い時間をずっと一緒に過ごしていました。雪が降り始めた湖で黒鶴は白鶴に語りかけます。

「不思議だねぇ。湖に降る雪が昔と変わらず美しいように君の美しさも何も変わらない。君の真っ白なその羽根は毎日見ていても見飽きることがないよ」

 黒鶴が白鶴に言うと白鶴は恥ずかしそうに首をよじりながら黒鶴を見つめます。

「まぁ、あなたったら。わたくしだって毎日あなたのつややかな黒い羽根に惚れ惚れとしていますのよ。この雪はきっとあなたの黒い羽根を際立たせるために降るのだわ」

 2羽はうっとりと見つめ合い寄り添います。

「私とダンスを踊ってくれるかい?」」

「ええ」

 雪の中、2羽は大きな羽根を広げてダンスを踊り始めます。それはまるで鏡のようにぴったりと息の合ったダンスでした。

「さぁ、行こう!」

 そして2羽は越冬地へと仲良く飛び立っていきました。



 しかし、どんなに長く生きても別れは必ずやってきます。それは2羽が夫婦になって999回目の雪解けの季節でした。越冬地から湖に戻ってきた白鶴は長く厳しい旅に力尽きてしまったのです。もう立ち上がる力のない白鶴を黒鶴が励まします。

「少し休めばすぐに元気になるさ。また今年の冬も一緒にダンスを踊ろうじゃないか」

「ええ、きっと」

 白鶴は頷きましたが白鶴にはそれが叶わない願いだと分かっていました。まもなくして白鶴は命を引き取りました。ひとりになった黒鶴はがっかりとして下を向きました。澄んだ湖の水面に映っているのは黒い羽根の老いぼれた鶴だけでした。

「もう君の美しい姿を見ることはできないのか」

 黒鶴はつぶやきました。

 落ち込んでいる黒鶴を柔らかな甘い香りが包みます。湖の周りにはいつの間にか色とりどりの花々が咲いていました。白鶴がいなくなっても止まることはなく、季節は巡っていくのです。


 春は子育ての季節です。黒鶴の子どもたちや孫たち玄孫たち、そしてそのまた子供たちが黒鶴に会いに来ます。みんな黒鶴に今年生まれたばかりのヒナたちを会わせにやってくるのです。

「はじめまちて。おおじいちゃま……でもおおじいちゃまはあちらにいるから……おおおおじいちゃま? それともおおおおおおじいちゃま?」

 だいだい色の産毛のヒナが長い首をかしげます。

「みんなは黒鶴じいさまと呼ぶよ。わたしが一番羽根の色が濃いからね」

「くろつるじいちゃま」

 たどたどしく黒鶴を呼ぶその愛くるしい姿に黒鶴も思わずほほえんでしまいます。

「かわいい子だね。白鶴にも会わせてやりたかったよ」

「しろつるばあちゃまはどこにいるの?」

 黒鶴は空を見上げました。

「白鶴ばあさまは遠くに飛んで行ってしまったのさ」

 そこには鶴にも似た細長い白い雲がひとつ浮かんでいました。

「じゃあ私が飛べるようになったら、しろつるおばあちゃまにも会えるのかちら?」

「そうだねぇ。いつかずっと高いところまで飛べるようになったなら会えるのかもしれないね」

 黒鶴がじっと雲を見つめたままなのでヒナも一緒になって空を見上げていました。

 白い雲はいつの間にか消え、ヒナは親鳥とともに巣へと帰ります。それでも黒鶴はじっと空を見上げていました。雨の日も風の強い日もじっと空を見上げます。するといつしか太陽近くなり、チリチリと黒い羽根に熱が突き刺さるようになりました。



 夏は光輝く楽しい季節です。白鶴も湖畔を駆け抜ける爽やかな風が大好きでした。緑豊かな湖畔では生き物たちが活き活きと生命の営みを紡いでいきます。

 湖の鶴たちもそれぞれに仲間や家族と夏を楽しんでいます。でも黒鶴だけは時が止まったままでした。黒鶴には爽やかな風も眩しい緑も、そして仲間たちの楽しそうな鳴き声も届きません。今もどこかに白鶴が飛んでいないかと白鶴を探し続けているのです。黒鶴の心の中は白鶴のことでいっぱいでした。空を見上げていた黒鶴がしばらくぶりに水面を見たのはコツンと足に固い何かが当たった時でした。


「いたたた。こんなところに枝を刺したのは誰だ?」

 黒鶴の足元からしわがれた声が聞こえました。黒鶴が下を向くとオレンジ色の長い足に深緑色に苔むした石がひっかかっています。でも石がしゃべるなどおかしな話です。よく見れば石には小さな手足がついていて手の間からにゅっと頭が出てきました。それは石ではなく亀でした。亀は頭をこすりながら自分よりもずっと大きな鶴を見上げます。

「なんだ、枝じゃなくて鶴の足だったか」

「これは失礼。お怪我はありませんか?」

「なぁに、これしきのこと! 俺は石頭なんでね! そんなことよりこんなところでぼーっと突っ立って何をしているんだい?」

「空を見ていたんです」

「空を?」

 亀は空を見上げましたが青い空が広がるばかりで何も見えません。

「何もない空を見ていてもつまらないじゃないか。他にも楽しいことがたくさんあるだろう?」

「そうですね。たくさんあったはずなのに……。ひとりになると何をすれば楽しいのか分からないものですね」

 亀は黒鶴の言葉に目をまん丸にして驚きました。

「ひとりだと何をすれば楽しいのかわからないだって? おかしなことを言うもんだ! 俺は1万年生きているがずーっとひとりだよ」

「1万年も?」

 鶴も亀の言葉に驚きました。千年生きる鶴も生き物の中では長生きですが亀はその10倍も長く生きているのです。

「鶴は千年、亀は万年って聞いたことがないのかい?」

 亀は得意気になって言いましたが鶴の驚きはそれだけではありません。

「そんなに長くひとりでいて寂しくないのですか?」

「ひとりだから寂しくないのさ。一緒にいる相手がいたら、いなくなったときに寂しくって死んじまうだろう? ひとりになれば鶴だって亀のように万年生きるだろうよ」

「万年も?」

「ああ、1万年生きていたって俺には時間が足りないくらいだ。長く生きたいのならいなくなった相手を忘れることさ。じゃあ、急いでいるんでな」

 亀はそう言うとスイスイ―っと泳いで行ってしまいました。


「白鶴を忘れる? そんなことできるだろうか」

 黒鶴は目を閉じて考えました。すると暗がりの中にすぐに白鶴の姿が浮かび上がります。頭の鮮やかな赤も尾を縁取る黒い羽根も身体を覆う、透き通るような白い羽根1片1片まで黒鶴は思い出すことができるのです。黒鶴は目を開けてつぶやきます。

「たとえ万年生きられなくても私は君と出会ったことを後悔しないよ」

 それから黒鶴は再び空を見上げました。風は冷たく、湖に寂しげな虫の歌が響きます。季節はもう秋です。



 燃えるように色づいた湖畔の木々が湖を色鮮やかに染めていきます。しかし、黒鶴には湖の景色が変わるなどどうでもいいことでした。白鶴がいなければどんな美しい景色もかすんで寂しくなってしまうのです。

 鶴の群れがキューイキューイと騒ぎだします。鶴たちにとって秋は旅の季節です。厳しい冬を乗り越えるために湖を離れ、遠くの地へと旅に出るのです。湖に雪が降る前にたくさんの鶴たちが飛び立っていきます。

「黒鶴じいさまも一緒にいきましょう」

 黒鶴に声をかけたのは若い灰色の鶴でした。春にはよちよち歩きだったヒナはもう大人と見分けがつかないほどに大きくなって空を飛べるようになっていました。黒鶴は首を横に振りました。

「私はもう少しここにいるよ。約束があるからね」

「約束?」

「雪を見てから旅立つのが私と白鶴の決まり事だったんだよ」

「そうなのね。でも早く来てね。湖の冬はとても厳しくて生きていられないって仲間たちが言っていたわ」

 黒鶴はほほえみます。

「大丈夫だよ。私がここで雪を見るのは今年で1000回目だ。慣れっこさ」

 若い鶴は黒鶴が心配でしたが初めての旅だったので仲間と先に行くことに決めました。黒鶴は遠く小さくなっていく仲間たちの姿を見上げていました。



 鶴たちがいなくなった湖はしんと静まり返っていました。冷たい空気が湖を覆い、湖面に白いもやが浮かびます。湖に冬がやってくるのです。

 白い雪がちらちらと湖に舞い降ります。黒鶴は小さな雪の粒が身体に当たる感覚をかみしめていました。 「君と出会って1000回目の雪だ」

 身を切るほどの寒さの中でも黒鶴は懐かしさで胸が熱くなります。冬は恋の季節です。黒鶴は白鶴と初めて出会った時のことを思い出していました。


 それは1000年前の冬のことでした。旅に出遅れてしまった黒鶴は湖で見る雪に焦っていました。

「これはまずいぞ。もう雪が降ってきてしまった……。僕の他にも残っている鶴はいないだろうか?」

 心細くなった黒鶴があたりを見回すとそこには黒鶴の他にもう1羽鶴の姿がありました。それは雪のように白くて美しい鶴でした。降りしきる雪の中、白鶴は嬉しそうにひとりでダンスを踊っていたのです。黒鶴の心は一瞬で白鶴に奪われました。白鶴は黒鶴が見ていることに気付き、踊るのをやめました。黒鶴は勇気を出して白鶴に声をかけます。

「何故ひとりでダンスを?」

 すると白鶴は小さな声で答えます。

「わたくしは雪と一緒にダンスがしたくて……。あなたは何故ひとりでここに?」

「僕は君があまりにきれいで見とれてしまったんだ」

 白鶴は恥ずかしくて翼で顔をかくしました。そして羽根の間から黒鶴のことをみつめます。

「きれいなのはあなたの方ですわ。だって私はあなたの羽根の美しさに息が止まって踊ることができなくなってしまったんですもの」

 2羽はどちらからともなく近づいていきます。黒鶴は白鶴に向かい深々とおじぎをしました。

「私ともダンスを踊ってくれませんか?」

 白鶴は静かに頷きます。

「ええ、よろこんで」

 それから2羽はダンスを踊り、仲良く連れ立って旅に出ました。それ以来2羽は片時も離れた時がありませんでした。


 湖はあっという間に雪で真っ白になりました。白い景色の中に黒い鶴がぽつんと浮かび上がります。そのうちに湖は凍り、黒鶴の足を閉じ込めました。足の凍った黒鶴はもう歩くこともできません。それでも黒鶴はかまいませんでした。黒鶴は最初からひとりで飛び立つ気などなかったのです。

 黒鶴の身体に雪がつもり、白く染まっていきます。黒鶴は来る日も来る日も白鶴のことだけを考えて過ごしました。

「白鶴に会いたい」

 黒鶴の願いはただそれだけでした。



 どれだけの雪が降ったのでしょう。辛く厳しい冬は永遠に続くようにも思われました。しかし、ある日のこと、眩しいほどの白く温かな光が黒鶴を包みこみました。長く降り続いた雪がやみ、雲の間から太陽の光がこぼれたのです。太陽が照らし出したのは光輝くどこまでも真っ白な世界でした。

 ぴかっと目が開けていられないほどの強い光が黒鶴に当たります。それは湖に張った氷が太陽の光を反射していたのでした。温かな光に解け始めた氷はつるつるとしていて、鏡のように黒鶴の姿を映し出します。その姿を見た黒鶴は思わず声をあげました。

「白鶴!」

 長い間、雪の中を立っていた黒鶴は雪が凍り付いて真っ白な姿になっていました。しかし黒鶴は映っているのが自分の姿だと気付いていません。黒鶴の心はただうれしくてふるえていました。黒鶴に積もった雪は柔らかな日差しに照らされて光の粒のようにきらめきます。

「やはり君がこの世で一番美しいね」

 黒鶴は足元の氷をうっとりと見つめいいました。もちろん氷の中の鶴は見つめ返すばかりで何も答えません。しかし黒鶴は白鶴が何と言うかわかっていました。

「君は僕の方が美しいと言うんだろう? でも君は自分の美しさを知らないだけなんだよ。自分の姿は自分では見えないからね」

 黒鶴は氷に向かい丁寧にお辞儀をします。

「私とダンスを踊ってくれるかい?」

 黒鶴が翼を広げダンスを始めると氷の中の鶴も翼を広げダンスを始めました。それはまるで2羽の鶴が仲良くダンスをしているように見えました。

 黒鶴はとても幸せでした。何故なら氷に映る白鶴がとても幸せそうだったからです。それだけで、寂しさでいっぱいだった黒鶴の心は温かく満たされていくのでした。

「さぁ一緒に行こう」

 そして黒鶴は白く輝く景色の中を飛び立っていきました。



 雪解けの季節。湖の氷は解け、旅に出ていた鶴たちが湖に帰ってきます。湖にまた春が訪れるのです。今年生まれたヒナたちがわらわらと黒鶴の元へとやってきます。しかし黒鶴の姿はどこにもありません。

「黒鶴じいさまどこへ行っちゃったのかしら」

 1羽の若い鶴があたりを探しながら言いました。するとヒナが空を見上げます。

「おねえちゃま、みて! おおきなつるがとんでいるみたい」

 鶴たちが羽根を休める湖の上では黒い雲と白い雲が寄り添うようにゆっくりと流れていきました。



おしまい

お読み頂きありがとうございました!

長い間夫婦でいたら自分と相手の境がなくなりそうですよね。今のところ我が家はしっかり堺があるので夫婦としてはまだまだかもしれません。


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― 新着の感想 ―
[一言] 亀の言い分に耳を傾ければ、また違う道が待っていたのかもしれません。けれど比翼連理な黒鶴は、白鶴がいないこの世界では生きられなかったのですね。寂しいとは思いつつ、きっと黒鶴は迎えに白鶴とともに…
[良い点] 鶴は千年、年老いてもなお美しいですね。 生き方考え方に筋が通っていて、哀しさの中にずっと白鶴の希望のような光が見えているような気がしました。 黒鶴は切ないのに、周囲はお構いなしで、そのギ…
[良い点]  切なく美しいお話ですね。とても感動しました。 [一言]  黒鶴が幸せになるには、やっぱりアレしかないな……と思いつつ読んでいたのですが、予想していてもジーンと来る結末でした。それに美し…
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