輝く青いペンダント
「ちょっと気になることがあるのよ」
薄暗い廊下を戻りながら、ソリスはその先の闇を睨むように言葉を紡ぐ。
「あのペンダント。本当にサファイアかなんかだと思う?」
「さあね。
でもわざわざ回収するくらいだもん。
絶対になにかあるわ」
アリシアの冷たい瞳が闇を射抜く。
静かな廊下の先には、崩れた天井から外の闇夜が広がりを見せた。
「何?」
耳に声が触れた気がして、ソリスが首を振った。
「外だわ!」
声と共にアリシアが走り出す。
その後を追い、外に飛び出したソリスの目に映るのは、アリシアの張った結界に向かい攻撃を仕掛ける男の後ろ姿と、悲鳴を上げ結界の隅に固まるように寄り添う人達。
「何やってんのよっ!
雷光蔦っ」
アリシアの振り下ろす指先から、ほとばしる雷の蔦を追ってソリスが走り出す。
2人に気付いた男は、蔦を避けるように大きく後ろに飛びずさった。
「逃がさないわよ!」
腕を大きく振るったアリシアの意思に添うように、カーブを描いた蔦が追う。
整った、表情のない顔。
男の振り上げた左手が青く輝く。
バチンッと電気の爆ぜるような音がして、電流の蔦が男の掲げた左手に吸い込まれていった。
「っ!
解放」
慌てたようなアリシアの声。
その手から途切れた蔦は最後まで男の左手に飲み込まれた。
その手に輝く青いペンダント。
(何、今の。
ごっそりと魔力を持っていかれた)
アリシアは細かく震える自身の利き手を、かばうように握りしめた。
「見つけたわよ。
王子様!」
電流の蔦を追ったソリスが男に向かい剣を振るう。
鋼の弾ける音に、黒い刃は光球の輝きさえも闇に包み込もうとする。
「またあんたなの?」
黒い刃に向けて、ソリスが苦々しくつぶやいた。
繰り出される太刀を受け、睨み合う。
「カウント3」
ソリスの耳がアリシアの声に反応する。
(2・1・0)
タイミングを計り、後方に飛びずさるソリスの視界に小さな稲妻が走った。
「雷光撃っ」
耳をつんざく轟音とともに、雷の柱が王子を丸ごと飲み込む。
余波に巻き込まれたソリスが爆風に乗りアリシアの足元に転がり込んだ。
「やった?」
「だめね。
あのペンダント。青い石がみぃんな持っていっちゃうみたい」
軽く肩をすくめるアリシアの言う通り、青いペンダントを掲げた男は焦げ目1つない。
「役立たず」
「ああっ?」
青筋を立てたアリシアがソリスを睨みつける。
「今回の一連の動きで共通しているのは魔法の無効化よ。
てっきり消滅しているのかと思っていたんだけど、どうやら吸収されていたみたいね。
そしてもう1つ」
「物理攻撃は有効」
言葉を継いだソリスが剣を構えた。
「本体は青い石。
目くらましも込みでデカいの行くわよ」
走り出す男は、黒い刃を構えたままソリスとの距離を詰めてくる。
対峙するように走り出したソリスは、剣の間合いの一歩手前で大きく右手に飛んだ。
「竜潰滅砲っ!」
力ある言葉に、細く白いアリシアの手のひらに光が収束していき、竜の咆哮のような爆音と共に光の炎が男に向かって突き進むっ!
慌てて剣を下ろし、ペンダントを掲げたその左の手首を、踵を返したソリスの剣が両断した。
金の炎が闇夜を裂く。
水分が蒸発するような音を残して、男は炎の中に消えた。
一方、宙を舞った左手は影と散り、握っていた青いペンダントだけが闇夜を滑り落ちてくる。
「待ってたわ」
それは、広げたソリスの掌にポトリと収まった。
「はああぁぁぁぁ……。
疲れた」
アリシアの重いため息に、ソリスはチェーンを指にかけたペンダントを揺らしながら振り返る。
「これ、廃棄処分しておくわよ」
チェーンを振り回し、白い螺旋階段を支える壁に叩きつけると澄んだ高い音とともに青い欠片が散った。
遠くに仰ぐ東の空がほんのりと色を付けていた。




