75、戦いの覚悟
ウルフドッグの馬車に付いて到着した場所は、狼のマークが刻まれた酒場みたいな場所だった。デカい看板には『ウルフドッグ』と書かれている。
というか······デカい。
三階建てくらいだろうか、まるでビルみたいだ。
馬車から降りると、ヴォルフさんが俺たちの馬車のもとへ。
「馬車は裏手に停める。人間の持ち物というだけで狙われるからな。しかもこいつはいい馬だ、混血馬は珍しい」
「ほう、貴殿はなかなかいい目をしてるな」
「お、おいルーシア。も、申し訳ないヴォルフさん」
「ふ、構わん。それよりも中には入れ、酒でも飲もう」
ヴォルフさん、リカルド、ラン、リュコスの4人に付いて建物の中へ入る。
「「「「「お疲れ様ですっ!!」」」」」
「うおっ!?」
な、なんかいっぱい獣人がいる。
狼みたいなやつと、狼耳に狼しっぽの若い女獣人。総勢20人はいるぞ。
一階は酒場みたいな空間だ。
カウンターもあるし、棚には酒の瓶がズラリと並んでる。
「ウチのクランメンバーだ。まだ冒険者としては駆け出しの E〜F級ばかりだがな」
EとFって、ウチのメンバーよりランク高いんですけど。
すると、人を掻き分けて一人の女性狼獣人が出てきた。
「おかえりなさいヴォルフ団長。依頼は」
「終わった。あとで証書をギルドに提出してくれ」
「はい。リカルド副団長、ランさん、リュコスさんもお疲れ様です」
「おう。シキュー、広場に馬車が二台止まってるから中庭に入れとけ」
「はい。リカルド副団長。それと、ヴォルフ団長、こちらの方々は?」
「客人だ。客間の用意とツマミをオレの部屋に届けてくれ」
「はい、畏まりました」
ポカンとする俺たち。
どうやら、ウルフドッグはクランとしてはかなり大きいようだ。
20人以上のメンバーも強そうだし、事務所なのか? この建物もすごく広い。なんというか、改めて格の違いを見せつけられたような気がする。
「はぁ〜······兄貴、あたしとランは風呂に行かせてもらうよ」
「え、ちょっとリュコス!」
「好きにしろ。リカルド、お前は付き合え」
「わーってるよ。行くぞ」
リュコスとランは風呂へ。俺たちは三階へ案内された。
団長室と書かれたドアを開けると、飾り気のないシンプルな部屋だった。
来客用ソファにテーブル、執務机、酒棚くらいしかない。
来客用ソファに俺たちは一列になって座ると、反対側にリカルドが座り、ヴォルフさんは棚からグラスと酒瓶を持って座った。
「嬢ちゃんたち、酒は飲めるか?」
「の、飲めらい! ねぇブリュンヒルデさん、ジークルーネさん!」
『問題ありません』
「はい。というか、食物は全て分解されてエネルギーになるので、好き嫌いという概念はないですね」
「そ、そうです! 酒くらい飲めます!」
「こら。ブリュンヒルデやジークルーネはともかく、クトネはダメだ」
クトネにはジュースを出し、他は酒をもらって乾杯した。
なかなかキツいが美味い酒だ。ルーシアもそう思ったようだ。
「失礼します」
お、さっきの女性がクラッカーやチーズや生ハムを乗せた皿を持ってきた。これはありがたい。
クトネはクラッカーをかじりながらジュースを飲み、俺とルーシアも遠慮なくチーズと生ハムを食べる。
しばらく酒を堪能すると、ヴォルフさんが言った。
「さて、セージ殿。依頼も終えたことで改めて礼を言わせてもらう。此度は、リカルドの腕と窮地を救っていただき感謝する」
「しかもオマケ付きでな。へへ、道中試したが、マジでパワーが上がってやがる。そこの嬢ちゃんの能力、大したもんだぜ」
「いえいえ。余計なことかと思いましたけど、喜んでいただけたなら良かったです」
「サイクロプスの襲撃でも助かった。そこの魔術師のお嬢ちゃんの障壁に、剣士のお嬢さんの的確な指示、そして······とんでもない破壊を生み出したお嬢ちゃんの一撃だ」
「いやいやハハハ。あたしの障壁は硬いですからねー」
「む、お嬢さんか······ふふ、そんな歳でもないがな」
『············』
「とんでもない破壊?」
「あ、センセイは川に流されてましたからね」
そういえば、サイクロプス襲撃の顛末を聞いてないな。
多分、ブリュンヒルデが力押しでなんとかしたんだろうけど。
「·········というか俺、役に立ってねぇな」
「ふ、リーダーとはそういうものだ。セージ殿」
ヴォルフさんの優しさが染みるぜ。
ウチのメンバーはみんな優秀で何よりです。
「改めて、お前たちがフォーヴ王国に来た理由はなんだ? お前たちには恩がある、できることなら協力させてくれ」
「えーと······」
「とりあえず、王国滞在中の宿と食事は提供しよう。物資の補給と荷車の点検もオレたちが請け負う。町に出るなら護衛も付けよう」
「ちょ、ちょっと待ってください。さすがにそこまでは」
「ふ、命の借りにしては軽いだろうが、気持ちは受け取ってくれ。オレたちはそれくらい恩を感じている」
「·········」
ルーシアたちを見ると、みんな頷く。
「わかりました。では、お世話になります。それと······俺たちがこの国に来た理由を説明します。もちろん、他言無用でお願いします」
「当然だ」
俺は、三日月のことをヴォルフさんに説明した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほどな……つまり、指輪持ちの人間を助けたいのか」
「はい。三日月がこの国にいるのは間違いなく、そして恐らく、アルアサド国王の下にいると思われます」
「マジかよ……」
ヴォルフさんもリカルドも渋い顔だ。
「アルアサド様は『鶺鴒』と並び称される最強の獣人だぞ……人間であるお前の話など聞くわけがないし、指輪持ちの人間を返せなど言っても返すわけがない。それどころか城の前で門前払いがオチだ」
「でも、助けます。三日月しおんは、俺の大事な生徒ですから」
「………」
「ヴォルフさん、リカルドさん。お言葉はありがたいですが、手伝いはいりません。宿と食事を提供してくれるだけでもありがたいです」
「………はぁ」
「オメー、とんでもねぇ野郎だな。つまりお前は、この国の王であるアルアサド様に、ケンカを売ろうとしてるんだぜ?」
「覚悟の上です。最悪、戦闘になる可能性もありますけど……」
俺は仲間を見る。
クトネは頭を抱え、ルーシアは額に手を当て、ジークルーネはニコニコ、ブリュンヒルデは真っ直ぐ俺を見た。
『私は、センセイに従います。センセイのために剣を振るうのが私です』
「わたしもだよ、お姉ちゃん。わたし、戦闘機能は付いてないけど、剣や魔術だけが戦闘じゃないしね」
「はぁ~………セージさん。かなりヤバいこと言ってますよ?」
「覚悟の上だ。クトネ、お前はどうする?」
「………まぁ、この国に入った時からマークされてますからね。たぶん、逃げることもできないでしょう。あたしも付いていきますよ」
「ルーシアは?」
「………まずは話し合いの席を設けることが条件だ。可能性は殆どないだろうが、そのミカヅキという少女を救うのがセージの目的なら、不要な争いを避けて進むのが最善の道のはず。もしアルアサド国王が問答無用で襲ってきたら、戦うのもやむなし……と言ったところだ」
「ああ。まずはアルアサド国王に面会しよう。全てはそこからだ」
これで俺たちの目的は決まった。
まず、アルアサド国王に面会して、三日月しおんがいるかどうかを確かめる。
そして返還を要求。金銭で解決できるならその通りにして、不可能なら返還の条件を聞く。それでもダメなら……力尽くで取り返すしかない。
戦闘の覚悟はできてる。
怖いとか死ぬとかじゃない。三日月しおんを取り戻すためなら、俺は戦える。
「よし。まずはジークルーネ、ホルアクティを使って城を探索できるか? 音声データと映像データを入手してくれ」
「はい、センセイ」
「それとヴォルフさん、アルアサド国王に面会希望って出せますか?」
「……可能だ。望むならオレが手配しよう」
「ありがとうございます。こっちも準備があるんで、それが終わったらお願いします」
「わかった」
「あとは……ヴォルフさんとリカルドさん、アルアサド国王の情報をできるだけ教えてください。どんな些細なことでも構いません」
「………いいだろう」
「へ、なんか面白くなってきやがった」
まずは情報集めだ。
ミスできない戦いになる可能性が高い。
どんな情報でも武器になる可能性もある。
待ってろよ……三日月。





