73、三日月しおん⑥
気がついたら、藁の上で眠っていた。
目が腫れぼったい……泣いてるうちに眠っちゃったみたい。
窓もないから外の様子がわからない。けっこう時間が経ったと思う……おなか減ったな。それに、ちょっとお花を摘みにいきたい。
「…………」
わたしの視線は、排水溝へ。
喉が渇いたので樽の水を飲む。匂いを嗅いだけどたぶん大丈夫、でも念のため舐めるだけにしておく。
あとは……どうしよう。したあとに拭くこともできないし、両手がふさがってるから……。
「メシの時間だぞ!!」
「ひゃっ!!」
いきなりだったので驚いた。
馬の獣人男性が、野菜クズと千切ったパンを混ぜた物を入れたボウルを持ってきて、鉄格子の中に入れた。どう見ても家畜用のエサにしか見えないよ……。
「さっさと食え」
「………」
馬の獣人はそう言って出ていった。
わたしはお腹が減っていたし、まだ諦めていない。だから食べる。
パンは硬く、野菜クズは芯の部分が多く食べにくい。でも……生きるために食べる。
「んっぐ……ん、あむ」
芯もよく噛んで食べる。
食べ終わり、水を飲んで流し込む。
まずは、どうにかしてここから逃げないと……首輪と枷を外して、キャットウォークを使って逃げる。服も調達して、お金も取り返して……このフォーヴ王国はまずい。人間が踏み込んでいい場所じゃない。
とにかく、隙をうかがって……。
「食ったか。おし、次は洗体だ。大事な商品だししっかり洗わないとな」
「え……?」
「おい、レア物だからな、傷は付けるなよ」
「ああ、わかってるよ」
「おう、時間も迫ってるしな」
牢屋に、獣人が入ってきた。
洗体ってまさか……。
「い、いやぁっ!!」
「っと、暴れんなこの、メス」
「離して、離して!!」
「ッチ、おい」
「おう」
「んっ!?」
身体を押さえつけられ、顔に水をかけられる……あれ、なんか、うごけな……。
「さっさと洗えよ、時間も押してる」
「ああ、他の商品の運搬は?」
「もう始まってる。このレア物が最後だ」
「はぁ~……なぁいくらになると思う?」
「う~ん……今までだと、レア物は金貨20枚から始まったよな? どんなチート持ってるか落札しないとわからねぇからな、このレア物は当たりだと思うか?」
「さーな。まぁ金貨50枚……いや、80枚ってとこか?」
「…………」
わたし……この獣人たちに、身体を洗われてる。
足も腕も、背中もお尻も、胸も………水と油みたいなので洗われてる。
意識ははっきりしてるのに、身体が動かない……この変な水のせいだ。
涙だけが出る……こんな、こんな……わたし、こんな獣人たちに、ぜんぶ見られて……触られて。
「おーし終わり。じゃあ運搬するか」
「ああ、オークション見ていくか?」
「そうだな……いやいいわ。終わったら次の商品が入るかもしれねぇし、詰め所で昼寝でもしてるわ」
「そうか? じゃあオレは覗いていくか」
「…………」
首に鎖が繋がれ、立たされた。
そのまま引っ張られ、牢屋をあとにする。
これから始まるオークション……どうなるんだろ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
連れてこられた場所は、控え室みたいな場所だった。
部屋は教室ほど広く、係員みたいな獣人がいっぱいいる。よく見ると、受付番号みたいな物をもらい、首輪や手枷に付けている。
わたしの首輪にも、番号が付けられた。
周りには、わたしと同じ全裸の男女が並んでる……みんな死んだような目付きをして俯いてる。
たぶん……諦めたんだろうな。裸なのに隠そうともしてない。
少しだけど、騒がしい声が聞こえる……オークションが始まってるんだ。
「………」
わたしも、男性や獣人がいるけどもう身体を隠そうとしなかった。
恥ずかしいけど、どうしようもない。
諦めずチャンスを狙う。この首輪が外されるチャンスはきっとくる。外されたらすぐにキャットウォークを使って身体能力を強化。獣人2~3人くらいならなんとかなる。それに魔術も使えるし、逃げるチャンスはきっとある。
「あと3人か……」
わたしの鎖を握る獣人がそう言った。
部屋の中の人間が、次々といなくなる……みんな、オークションで買われたのかな。
そして、ついにわたしの番が来た。
「ほれ、行くぞ」
「…………」
鎖を引かれ、裸のまま舞台へ進む。
そこは、劇場のステージのような場所だった。とっても煌びやかで……すごい。
そして、たくさんの獣人たちがわたしを見ていた。
「……っ」
急に恥ずかしくなってきた。
わたし、こんなかっこうで……前も隠せないなんて。
顔が熱くなる。足が震える。いやだ、見ないで、見ないで。
『さぁ~!! 最後の商品は、久し振りのレア物だ!! メスの指輪持ち、どんなチート能力かは落札してのお楽しみ!! 金貨20枚からスタートだぁ!!』
ヤギみたいな獣人が叫ぶと、会場全体に声が響く。
わたしは羞恥に耐えながら腕で胸を隠そうとしたが、鎖を持つ獣人に引っ張られ隠すこともできない。
羞恥に顔を赤くして涙が零れる。恥ずかしい、恥ずかしい。
「22!!」「25!!」「30!!」
身なりのいい獣人たちが、こぞって競りを続ける。
わたしは商品なんだ。なんで、なんでこんな目に……。
「500」
『え……』
「500です」
手を挙げたのは、豹の獣人。
会場が静まりかえる。
いきなりの金貨500枚に、みんな驚いていた。
『き、金貨500枚!! 他にいませんか~?』
ドヨドヨとざわめく。でも、誰も名乗りを上げない。
豹の獣人は口を歪めてるように見える………なんだろう、怖い。
『はい!! ではそちらのお方、金貨500枚で落札です!!』
こうして、わたしは落札された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
受付で豹の獣人は金貨を支払い、わたしの首輪に付けられた鎖を受け取る。
そして、わたしには何も言わずに歩き出したので付いていくと、普通に外に出た。
「っ……」
「外に馬車を待たせてあります」
「あ、あの……なにか着る物を」
「?……家畜に服が必要なのですか?」
「………っ、わたし家畜じゃない!!」
「ふむ、人間らしい言葉ですね。人間など我々獣人に劣る格下の生物でしょう? この大地に住まう気高き野獣の血を受け継ぐ獣人こそ、この大陸の始まりの祖にして全て。それ以外の生物は全て………家畜です」
「………な」
豹の獣人は、それだけ言って歩き出す。
結局、着る物はもらえなかった。裸のまま外へ出て近くの馬車まで歩く……なにこれ、わたし以外にも人間がいっぱいいる。
みんな、裸で歩いてる。しかも四つん這いになってリードで繋がれてたり、子供の獣人が投げる石の的にされたりしてる。
「く………狂ってる」
「心外ですね。それより、さっさと来なさい」
「あうっ!?」
鎖を引かれ歩き、馬車に到着した。
金貨500枚支払った経済力は伊達じゃないのか、キレイな馬車だ。
「少し説明しておきます。私があなたを買ったのはもちろん、あなたのチート能力に興味があるからです」
「……わたしの、能力?」
「ええ。今ここで見せて……と言いたいですが、能力を使わせるには手枷と首輪を外さなければなりませんし、少しでも自由を取り戻せば、あなたは私を殺害して脱走するでしょうね。なので、絶対に抵抗ができない場所で首輪と手枷を外し、あなたの能力を見せていただきます」
「…………どこ」
「くっくっく、それはもちろん、私の主の下です」
「…………だれ?」
今は情報がほしい。この獣人はお喋りみたいだし、聞いたらちゃんと答えてくれる。
わたしだってオストローデ王国に召喚された勇者の1人だもん、抵抗してやる。
豹の獣人は、楽しそうに言った。
「私の主は、『超野獣王アルアサド』……もしあなたが主の求めてる能力の持ち主なら、解放される可能性もあるかもしれませんね」
「アルアサド………ま、魔王の1人!?」
「そう。これから向かうのはフォーヴ王国です。ふふ、楽しみですね」
魔王……こんな状況で会うなんて。





