50、はじめてのゴブリンたいじ
集落長の家の一室を借り、俺たち『戦乙女』は作戦会議を行っていた。
ゴブリンの集団が潜んでると思われる洞窟の場所を調べ、ホルアクティを放っておく。情報が集まるまで時間がかかるので、攫われた少女アルシェのことを聞くことにした。
聞く相手はもちろん、少女が攫われた時に一緒にいたという少年・コヨーテだ。
ルーシアはコヨーテに話しかける。
「コヨーテ、君が見たことを話してくれ。少しでも情報が欲しい」
「わかった。おっぱいのねーちゃん」
「……っぷ」「くくっ……」『………』
「セージ、クトネ、後で覚えていろ。コヨーテ、私のことはルーシアと呼べ」
「う、うん。ルーシア」
俺とクトネは口を閉じて青くなる。
ルーシアをからかうのは危険だということを覚えた。
「オレ、アルシェと一緒に集落近くの森で遊んでたんだ。オレはアルシェにアプルの実をあげようと木に登って……上に登り切ってアルシェに自慢しようとしたら、アルシェの後ろにゴブリンがいっぱいいて………オレ、何にもできなくて、怖くて……」
「わかった、もういい。少しずつ質問する。どんなゴブリンだった?」
「……緑の、子供みたいなヤツがいっぱい。あと……ひょろ長くて剣を差してるのもいた」
「ゴブリンと、ゴブリンフェンサーか……あとは?」
「……ええと、あ!! そういえば集団の一番後ろに黒いゴブリンがいた!!」
「なーるほど。ブラックゴブリンの可能性ありですね、ルーシアさん」
「ああ……やはり、召喚の生け贄か。攫われたのはいつだ?」
「一昨日の昼……」
「もう1日以上経ってるな……急いだ方がいいな」
「ああ。今この瞬間にも儀式が始まる可能性はゼロじゃない。目撃情報のあったゴブリンの巣穴まで馬車で2時間ほどの距離か……これから向かうとちょうど昼頃か。ホルアクティの情報を待って確実に行くか、すぐに出発して少女を救い出すか……どうする、セージ」
「え、俺が決めるのか?」
「そりゃそうでしょう、リーダーですし」
「おっさん!! そのホルなんちゃらは知らねーけど、早くアルシェを助けに行こうぜ!! なぁ銀色のねーちゃんもそう思うだろ!?」
『はい。そう思います』
いや待てよ、そんな簡単に行くか?
これがゲームだったらこんな選択肢が出てるだろうな。
『1・ホルアクティを待ち、情報を入手してから出発する』
『2・すぐに出発し、少女を救うためゴブリンの巣穴に突撃する』
いやいや、これはちょっと難しい。
俺はRPGでレベルをしっかり上げて情報収集してから先に進むタイプだ。ゲームならそれでもいいが、時間制限がある現実ではその手は使えない。この瞬間にも少女の命が脅かされているし。
決してナメるつもりはないが、相手はゴブリンだ。
クトネはともかく、ルーシアやブリュンヒルデの実力なら問題ない気がする。
「……よし、急いで出発しよう」
「お、ゴリ押し作戦ですね!!」
「ああ。時間制限があるなら悠長にしてる場合じゃない。幸い、まだ昼前だし、今から出発しても日が高いうちに到着する」
「よく言ったセージ。クトネ、薬の準備は?」
「大丈夫です。道中は怪我も魔力消費もしませんでしたし、ポーションとエーテルはいっぱいあります!!」
「なら、すぐに出発だ……コヨーテ、本当に付いてくるのか? 両親は?」
「もちろん!! アルシェはオレが救う!! 父ちゃんと母ちゃんは知ってるから大丈夫!!」
「よし、ならば行くぞ。セージ、クトネ、ブリュンヒルデ」
「ああ」
「よっしゃ、実戦です!!」
『はい、ルーシア』
こうして、ゴブリン退治はゴリ押し作戦で行くことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車に乗り込み、急いで出発した。
御者はブリュンヒルデに任せ、俺はクトネとルーシアに戦闘のおさらいをしてもらった。
「セージさんセージさん、セージさんの魔術はまだG級ですんで、過信しちゃダメですよ。っていうか練習と実戦の違いがわかると思いますよ、ねぇルーシアさん」
「ああ。敵のいない状況で放つ魔術と、敵に囲まれた状態で使う魔術はレベルが格段に違う。魔力の練りは精神状態に左右されるからな、セージ、魔術は無理せずに剣術と弓術で戦え」
「……ああ、わかった」
すると、コヨーテが俺に聞く。
「おっさん、もしかして冒険者なったばかりなのか?」
「……いや、F級だよ。戦闘が初めてなんだ」
「へぇ~……この中じゃ一番年上っぽいのにな」
「う、うるさいな。というかおっさんと言うな」
「へへ……」
コヨーテは、少しだけ笑った。
幼馴染みが攫われて心配な気持ちはなんとなくわかる。ちょっとやりかえそうと俺は聞いた。
「コヨーテ、お前もしかして、アルシェちゃんのことが好きなのか?」
「は、はぁ~~っ!? ちっ、ちっげーしっ!! バカ言うんじゃねぇよおっさん!!」
顔を赤くして荷車の中で立ち上がるコヨーテ。
荷車が揺れ、その場で尻もちをついてしまった。
「うわぁ、バレバレですね、セージさんルーシアさん」
「ふ、可愛いじゃないか」
「ああ。ちと小生意気だけどな」
「な、なに言ってんだあんたら!! オレは別にアルシェなんてどうでもいいし!! オレがアイツを救いたいのは……!!
「「「救いたいのは?」」」
「ぐ、むむむ……っ!! な、なんだよ、大人ってこんなこと聞いて楽しむのかよ!!」
ちょっとからかい過ぎた。
笑ってる場合じゃないが、クスクスと笑ってしまった。
コヨーテには悪いが、少しリラックスできた……そして。
『センセイ、目的地に到着します』
俺のデビュー戦が、近付いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スタリオンをゴブリンの洞窟から離れた場所に停め、徒歩で向かう。
クトネやルーシアは特に緊張してるようには見えないが、俺とコヨーテはメッチャ緊張しながら歩いていた。だってこれからゴブリンとバトルだし。
ブリュンヒルデは、最後尾をスタスタ歩いてる。
そして、ゴブリンの洞窟から少し離れた茂みに到着。静か~に様子を窺う。
洞窟前はそこそこ開けた場所で、入口には見張りらしきゴブリンが立っていた。
「………いた、ゴブリンだ」
「………あいつらがアルシェを」
ゴブリンは小さく、下半身にボロ布を巻いただけだ。手には槍を持っている。
数は2匹、欠伸してるしこっちには気付いていない。
「よしセージ、短弓に矢を装填しろ。私とお前で同時に倒すぞ」
「……わかった」
俺とルーシアは、右手の籠手に内蔵された短弓を展開し、矢を装填する。
短弓の訓練はやってきた。距離は15メートルほど、射程内だ。
ルーシアはたぶん外さない。外すとしたら俺……ダメだ、緊張するな。
「落ち着けセージ、外してもいい。外してもクトネがいる」
「そーですよセージさん、落ち着いて狙ってください」
「……ああ、ありがとう」
俺は息を吐き、ゴブリンに狙いを定める。
俺の初実戦にして、初のモンスター退治。異世界で初めて倒す最初のモンスター。
さぁ、俺の戦いはここから始まっ……。
「おいお前らっ!! アルシェを返しやがれ!!」
ナイフを構えたコヨーテが、ゴブリンに向けて叫んだ。
さすがのクトネとルーシアも予想外だったのか、完全に硬直していた。
俺は番えた矢をポトリと落とした。





