49、デイボの集落
フォーヴ王国内にある小さな集落。その名も『デイボの集落』
主な産業は農業と畜産。牛の乳や仔牛などを出荷して生計を立てている。
最近、畑が荒らされるようになった。
最初はイノシシかと思ったが、人間の子供のような足跡がいくつもあった。
この時点で、犯人はゴブリンだと判明。集落の腕っ節数人が、交代で見回りをすることでゴブリンを寄せ付けないようにした。が……腕っ節の1人が深夜、ゴブリンの集団に滅多打ちにされて重傷を負ったことで、集落はようやくゴブリンの集団がかなりの数であり、それなりの知恵を持つ個体がいるのだと判断し、冒険者ギルドに依頼をした。
集落で出し合ったお金は金貨5枚。
決して少なくはないが多くもない。ベテラン冒険者が小金を稼ぐため、気まぐれで受ける可能性がある金額だ。それか、初心者冒険者が経験を積むために受ける金額でもある。
依頼を出して数日。冒険者ギルドからはまだ派遣されていない。
収穫した野菜や果物、家畜などが攫われた。
そんな中、ついに人間が攫われる事件があった。
攫われたのは若い少女。集落の長の1人娘で、まだ12歳の少女であった。
集落長は武器を手に立ち上がった……が、集落の男たちが総出で止めた。ゴブリンの集団の規模がわからない以上、うかつに手を出せば集落そのものが蹂躙される恐れがあったからである。
そんな中、1人の少年が立ち上がった。
少年の名前はコヨーテ。攫われた少女の幼馴染みで、まだ12歳の少年だった。
少年は、攫われた少女を助けるため、1人でゴブリン退治に行こうと決めた。少女が攫われた場所に心当たりがあったし、大好きな少女を救いたかった。
少年は、父親のナイフを持ち出し、決意した。
命に代えても少女を救い出すと。
そんな時だった。4人の冒険者が集落に訪れたのは。
1人は冴えない男。1人はメガネの魔術師。1人は巨乳の美女。
そして、最後の1人である銀色の美少女。
この銀色の美少女との出会いが、コヨーテの運命を大きく変える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、馬車を走らせること半日。デイボの集落に到着した。
集落は普通の農村で、木製の家がポツポツと立ち並び、住居よりも畑や家畜小屋の方が大きいな。
村へ到着すると、さっそく集落長の家に案内された。
「初めまして。私はこの集落の長であるライドと申す。さっそくだが依頼の確認と状況を説明する」
休む間もなく依頼の話か。
まぁ、仕事で来た冒険者に仕事の話をするのは当たり前だ。
内容は、依頼書に書かれた内容とほぼ同じだったが、この集落長の娘がゴブリンの集団に攫われたという情報は初耳だった。
「先日のことでした·········娘がゴブリンに攫われたという知らせが······くぅっ」
あらら、説明の最初で集落長さんが頭を抱えてしまった。
するとルーシアが淡々と言う。
「ゴブリンが人を攫う、か······可能性としては母体としてだが、12歳という年齢を考えると難しい。集落には彼女より年上で若い女性が何人もいたからな。もしかしたら、他の目的があるのかもしれん」
「お、おいルーシア、そんなこと言わなくても」
「事実だ。セージ、不測の事態に備えてありとあらゆる可能性を模索するのは基本中の基本だぞ。それに、私にはいくつかの可能性が見えた」
ルーシアに言われ、俺は黙ってしまう。
確かに、命のやり取りをするのに、なんの情報もないのは困る。あらゆる可能性を考えるべきだ。
すると、クトネがポツリと呟く。
「············まさか、生贄?」
「恐らくな。昔一度見たことがある。召喚魔術を使うゴブリンが、処女の生き血を対価に凶悪なモンスターを呼び出すところを。あの時は騎士団の半数が治療院送りにされた」
「············じゃあ、そいつらの目的って、召喚魔術を行うためなのか?」
「可能性は高い。ライド殿、確認するが、攫われたのは御息女だけだろうか」
「いえ、家畜も何匹か連れ去れています······」
「······チ、やはり生贄の可能性が高い。まずいな、もし召喚儀式など行われて凶悪なモンスターが呼び出されたら、こんな集落は一時間も持たずに壊滅するぞ。それに、召喚魔術を扱うゴブリン、まさかと思うが······」
「ブラックゴブリン、ですね。もしかして呼び出されるモンスターって······」
「ああ。ゴブリンの王である『ゴブリンキング』の可能性が高い。まずいな、依頼の難易度が跳ね上がるぞ」
あの、俺とブリュンヒルデも混ぜてほしい。
クトネとルーシアの会話に置いてきぼりの俺とブリュンヒルデと集落長。すると、ようやくクトネが話を振った。
「こほん。可能性として高いのはブラックゴブリンによる召喚魔術ですね。処女の生き血、家畜などのお供え、力あるゴブリンを生贄に、ゴブリンキングは生まれます。正確には不明ですが、ゴブリンキングの魂を力あるゴブリンに憑依させ生み出すのではないかと言われてますね」
「つまり、降霊術ってやつか。召喚っていうか霊能力だな」
「?」
うーん、俺の例えは通じなかった。
それより、対策だよ対策。
ルーシアがクトネに確認する。
「だが、召喚には条件があるはずだ。クトネ、わかるか?」
「申し訳ありません、そこまでは······それに、仮に呼び出されていたら、暗く狭い洞窟なんかより、エサの豊富なこの集落を根城にするためとっくに出てきてるはずですよねー」
「つまり、まだ間に合う······なら、行くしかない」
「え、行くって?」
「もちろん、ゴブリンの巣穴だ」
ルーシアがそう言った時だった。
「オレも連れていってくれ!!」
一人の少年が、集落長の家に飛び込んできたのは。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
活発そうな少年が飛び込んできた。ここで集落長が大声を出して少年を怒鳴りつける。
「出ていきなさいコヨーテ!! 何度も言っただろう、これは子供の遊びじゃないんだ!!」
「いやだ!! アルシェはオレの目の前で攫われたんだ!! 遊びじゃない、オレが助けたいんだ!!」
コヨーテと呼ばれた少年は、12歳くらいの活発そうな少年だった。どこにでも売ってそうな半袖短パン、腰にはベルトを巻いて不釣り合いなナイフを挿している。
するとコヨーテは、なぜか俺に向かって言う。
「なぁ冒険者さん、オレを連れていってくれ!! ゴブリンの野郎ども絶対に許さねぇ!! アルシェを、アルシェを······」
「·········」
なーるほど。こいつ、攫われたアルシェとかいう子に惚れてるな? いいねいいね、青春だねぇ。
でも、向かうのはゴブリンの巣穴だ。さすがに危険過ぎる。
「······悪いな、そりゃ無理だ」
「なんでだよ!! オレが子供だからか!? 弱いからか!? 戦うなんてできないからか!?」
「······あのな、お前」
『センセイ』
と、ブリュンヒルデがここで割り込んだ。
そして、俺もクトネもルーシアも驚くようなことを言った。
『彼を連れていくべきだと思います』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ずっと黙っていたブリュンヒルデの発言に、俺たちはもちろん、集落長や当の本人であるコヨーテもポカンとしていた。
『不確定要素が多い現在、戦力となる人間は一人でも多いと任務の成功率が上がります。彼はアドレナリンが分泌し、戦意が高揚している模様。戦力としてある程度の期待はできるかと』
「い、いや······あのなブリュンヒルデ、この子は子供だぞ?」
『何か問題が?』
「······えーと、子供には戦いは危険過ぎる。死ぬ可能性だってあるんだぞ」
『死の可能性は誰にでもあります。彼は生まれて約12年の人間であることに変わりありません。それに、子供というのならセンセイの教え子たちも子供ではないでしょうか』
「··········えぇと」
「ほら!! あの銀色の姉ちゃんもいいって言ってる!! ライドおじさん、オレも行くからな!!」
「·········わかった。ではコヨーテ、お前には冒険者様たちの手伝いを命じる」
「え」
「わかった!! 待ってろよアルシェ······必ず助けるからな!!」
なんか、この少年の同行がいつの間にか決定していた。
クトネは肩をすくめ、ルーシアは溜息を吐く。ブリュンヒルデに至っては何事もなかったかのように無言だった。
まったく、こんな子供どうしろってんだよ。





