31、作戦会議
指輪持ち、そして2匹のネコ。
俺の脳裏に、ネコ耳パーカーを着た1人の少女の姿が浮かぶ。
「………三日月、しおん?」
三日月が、フォーヴ王国に捕まった。
いやまて落ち着け、学生同士の世間話だ。それに、ネコを連れた指輪持ちなんてこの世界に腐るほど……いる、のか?
「馬鹿な。そもそも三日月はオストローデ王国にいるはずだ。行き倒れなんてあり得ない」
そうだ。それに三日月に何かあれば、篠原が黙っていない。そもそも、篠原が三日月を独り歩きなんてさせるはずがない。
生徒たちはみんな頭がいい。単独で国を飛び出すなんてあり得な·······。
『せんせ』
俺の脳裏に、三日月の笑顔がチラついた。
「······なんだ、この嫌な予感は」
ベッドに寝転がり、天井を見る。
可能性は低い。だけどゼロじゃない。
マジカライズ王国だけじゃない。獣人の国フォーヴに囚われてる指輪持ちが誰だか確かめる必要がある。
そして、その鍵を握るのは。
「『夜の女王ナハティガル』······か」
やることが多すぎる。
遺跡調査、オストローデ王国、盗賊退治、ナハティガル、生徒たち、フォーヴ王国、そして······三日月しおん。
もう、頭がおかしくなりそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。簡単な朝食を作り3人で食べていた。
「······セージさん、寝てないんですか?」
『センセイ、脳波が不安定。睡眠不足のようです』
「あぁ、気にしないでくれ。問題はない」
「いやでも、目の下にクマできてるし、寝癖はヒドいし、顔は薄汚れてるし」
「······さすがに酷くない?」
朝食を終え、洗面所で顔を洗って髪も洗う。
少しはさっぱりした······とにかく、今は盗賊退治に集中しよう。三日月のことはその後······そもそも、捕まった指輪持ちが三日月とは限らないし、たかが噂話だ、ガセネタの可能性もある。
「······ッシ‼」
両頬をパシンと叩き、気合を入れる。
今は、できることからやるしかない。
洗面所から出て装備を身に着けると、玄関にはブリュンヒルデとクトネがいた。
そして、クトネを見て驚いた。
「おぉ、クトネの制服か」
「そうなのです‼ むふふ、似合いますか?」
「ああ、似合ってるぞ」
学園の制服を着たクトネだ。
白いフリルシャツに紺色のスカート、マジカライズ王国の紋章が刺繍されたローブ、そしてギッチリと本の詰まったカバン。昨日の学園でも見た制服スタイルだ。
「よし、行くか」
『はい、センセイ』
「いざ、学び舎へ‼」
俺たちは、マジカライズ王立魔術学園へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3人で町を歩き、学園に到着した。
クトネとはここで別れ、俺とブリュンヒルデは騎士団の修練所に向かう。
「ではでは、お二人ともお気をつけて」
「ああ。お前もしっかり勉強しろよ」
『失礼します、クトネ』
「はいは〜い、いってきまーすアンドいってらっしゃ〜い」
クトネはブンブン手を振り走り去る。
後ろ姿を見ていると、クトネは女子の集団に声をかけて、そのまま楽しそうにお喋りを始めた。ああいう光景は日本も異世界も変わらないんだな。
俺とブリュンヒルデも歩き出し、昨日向かった修練場に到着した。クトネから聞いたが、この修練場は『魔騎士科』の教室にもなってて、ここに通える生徒は尊敬の眼差しで見られるらしい。
さて、到着したはいいが、修練場前で悩む。
入っていいのか、駄目なのか。
その辺に黒い騎士でもいないか探していると、門の向こう側にある建物のドアが開き、見覚えのある黒騎士が出迎えてくれた。
『来たか。さぁ入れ、すぐに始めるぞ』
「わかった」
挨拶もなしに、黒騎士ルーシアが出迎えてくれた。
ルーシアの後に続き、建物の中へ。黒い甲冑の背中を追って進むと、会議室らしき部屋に到着した。
『すぐに作戦会議を始めるぞ』
ドアを開けて入室すると、中には似たような黒騎士集団がてんこ盛りだった。何これ魔王の城?
でも、兜を外しリラックスしていたり、テーブルに頬杖を付いてる人もいる。人数は五人、男3人女2人の五人だ。
テーブル配置はコの字型で、なぜか真ん中の2席が空いている。ルーシアは教壇みたいな場所に立ってるから、どう考えても俺とブリュンヒルデの席だよな。
少し緊張しながら席に座ると、ルーシアはさっそく話し始めた。
『これより、『夜は俺の庭』討伐作戦会議を始める』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルーシアは、さっそく俺たちの紹介をした。
『まずは二人の紹介をする。彼がセージ、彼女がブリュンヒルデだ。セージは索敵探知系のチートを持つ冒険者で、ブリュンヒルデは直接戦闘に優れた冒険者だ。その実力は私が保証しよう』
すると、甲冑を付けたスキンヘッドの男が言った。
「こんな若ぇ嬢ちゃんがウチの団長をノシちまうとは、てぇしたモンだぜ、なぁラッツ」
「そうだねグロン。確かに、チートを使ってなかったとはいえ、団長を倒すとは······キミ、いい目をしてるようだね」
「ふん、チートを使えば団長が負けるワケないわ‼ そうよねトマト‼」
「まぁまぁユーラ、勝負は結果が全て、団長が負けたのも仕方ないことですわ。そうですよねアラトさん」
「·········団長、敗北」
なんか、個性的なメンツだな。
スキンヘッドの黒騎士がグロン、線の細いメガネの騎士がラッツ、茶髪ショートの女騎士ユーラ、金髪ウェーブの女騎士トマト、そしてよくわからん黒髪の騎士アラトか。
多分、騎士の中でも強い方なんだろうな。じゃなきゃ会議に参加なんてできない。
すると、壁に貼った地図を見ながらルーシアが言う。
『静かにしろ。話を進める······まず、マジカライズ王国周辺の遺跡を地図に纏めた。そして、盗賊団の痕跡があった場所をマークした。これを参考に、盗賊団の位置を先回りして特定して奇襲をかける。そのためにはセージ、お前の索敵探知を上手く利用させてもらう』
「もちろん、できることはやる」
『うむ。まずお前のチートの性能を話してくれ。もちろん、全てを話せとは言わん』
「ああ、わかった」
もちろん、俺のチートではなくホルアクティの性能の一部を話す。
半径20キロ圏内のサーチが可能で、人数の把握は可能とだけ伝えた。まぁ他にも機能はあるけど、伝えるのは索敵探知だけでいいだろう。
ちなみに、距離はキロで通じた。
『なるほど、半径20キロとはかなり広範囲だな』
「位置と人数くらいは把握できる」
『十分だ。あとはこちらで次の野営地をある程度絞り込む。出発は夕方だ』
「え、出発って今日なのか?」
『もちろん。すでに盗賊被害は多発してるからな。それに位置をある程度絞り込むならそう時間はかからん』
「··········」
マジかよ。展開早くない?
その後、俺とブリュンヒルデは殆ど喋ることなく会議は終わった。あとは騎士たちで作戦を煮詰めるらしい。俺の役目は索敵探知だし、騎士たちの会議には混ざらなくていいそうだ。
なので、出発まで休もうと会議室を出ようとしたら、ルーシアに話しかけられた。
『セージ、少し時間はあるか?』
「ん、ああ、どうした?」
『少し話がしたい』
俺とブリュンヒルデは、ルーシアに案内され別室へ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
案内されたのは、豪華な装飾の施された部屋だった。
ツボやシャンデリア、執務机、椅子、棚など、どれも高級感溢れてる。
『私の部屋だ······ふぅ」
ルーシアは兜を脱ぐ。すると、美しい金髪が流れる。
「座ってくれ。今、茶を淹れる」
「ああ、お構いなく」
俺とブリュンヒルデは高そうなソファに座る。
黒い鎧姿でお茶を淹れる姿はちょっと異様だ。顔は見えてるけどなんかおかしく見える。
ルーシアは棚から茶器を出し、魔術を使ってお湯を出した。なるほど、ルーシアの魔術特性は『火』と『水』か。水魔術の発動過程で火属性を加えることにより、お湯を出したんだ。
ルーシアは、熱々の紅茶を俺たちに出すと、俺たちの反対側のソファに座った。
俺は紅茶に手を伸ばし、カップを摘む。
「さっそくだが、お前たちの真の目的を聞かせてくれ」
俺は、カップを落としそうになった。
「な、なんのことだ?」
「とぼけなくていい。別に吹聴するつもりもない。私はこう見えて、B級冒険者クラスの実力だが、チートなしとはいえ私をあっさりと降したF級の少女に、遺跡調査のためだけに自らのチートを晒し、盗賊退治に協力してくれる指輪持ち冒険者。はっきり言って、盗賊団よりも気になる」
「う······」
「お前たちが悪人でないのはわかる。だが、目的が読めない冒険者を野放しにするのもな······」
「·········」
俺は、真剣に迷っていた。
もし、俺がオストローデ王国に召喚された異世界人と言ったら、ルーシアは信じてくれるだろうか。
もし、ブリュンヒルデの正体は大昔に造られたアンドロイドで、俺のチートによって『修理』されたと言ったら、信じてくれるだろうか。
俺たちの目的は、オストローデ王国にいる生徒たちを救うことだと言ったら······。
「どうした、セージ?」
「·········いや、何でもない」
わからない。
それに、オストローデ王国出身と知られたら、どんな扱いをされるかわからない。最悪、拘束されるかも。
駄目だ、やっぱり言えない。
「······本当に、遺跡に興味があるだけだよ」
「············そうか」
それっきり、ルーシアは何も言わなかった。
俺も、この機会に質問する。
「なぁ、ナハティガル理事長は獣人の国に行ったんだよな? それって、オストローデ王国に対する同盟を結ぶためでいいのか?」
「······そんなことを知ってどうする、と言いたいが、どうやら噂になってるようだし答えてもいい······答えは正解だ。実は、オストローデ王国の動きが活発化していてな。異世界とやらからチート持ちを大勢呼び寄せたという情報が入った。しかも、個々の実力が化物クラス。はっきり言って国家レベルの脅威だ」
「·········っ‼」
「今、オストローデ王国に攻められたら、『八大王国』の中で最も守備の薄いマジカライズ王国は落とされる。そこでナハティガル理事長は獣人の国フォーヴと同盟を結び、オストローデ王国が手を出せないように牽制するつもりなんだ」
「·········もし、フォーヴが同盟に同意しなかったら」
「·········戦うしかない。だが、勝算はある。フォーヴは獣人の国で魔術が浸透していない。武力を提供してもらう代わりに、こちらから魔術の知識を提供する」
獣人は、魔術を殆ど使わない。
生まれつき強靭な肉体を持ち、魔術という『異能』に頼らない生活を送っている。もちろん魔力が無いわけじゃない、『習得するヒマがあったら武器を持って狩りに出かける方がいい』······と、考えるような脳筋らしい。
もちろん、みんながみんな、そんな連中ではないが。
「ふっ······オストローデ王国の話になった途端、顔色が変わったぞ?」
「······っ」
「オストローデ王国、遺跡調査、どう繋がるかわからんが、無関係ではなさそうだ」
「く······っ」
もう、見透かされたようなもんだな。
でも……余計な事は言わない。話を逸らそう。純粋な疑問がある。
「ルーシア、お前は騎士団長なのに、なんでナハティガル理事長に付いてフォーヴ王国に行かなかったんだ?」
「決まってる、騎士団長だからさ。ナハティガル理事長が留守の間、マジカライズ王国の防衛を任されている。理事長の護衛には、騎士団でも選りすぐりの精鋭を選んだつもりだ。まぁ……理事長に護衛など必要ないだろうがな」
「そうなのか。じゃあ、会議に参加した5人は?」
「ああ、あいつらは『暗夜騎士団』の部隊長だ。まぁ、相当な実力者だと思ってくれればいい」
「へぇ、盗賊団退治に参加するのは部隊長クラスか」
「ああ。あの五人と私、ブリュンヒルデ、そしてお前だ。今回は少数精鋭で行く」
「え………ちょ、盗賊団って何人いるんだ?」
「恐らくだが、50人以上は下らんな」
「………それを、俺以外の7人で?」
「問題ない。位置を捕捉できれば数分でカタが付く。お前の索敵探知にかかっているぞ」
「………」
問題はそこじゃねぇ。
7人÷50人、1人頭7人倒すの? いやでも、ブリュンヒルデなら……。
「心配するな。お前は戦わなくていい」
「当たり前だろ、俺の装備は殆ど飾りだぞ……」
「ふ、お前は私たちが守るさ。なぁブリュンヒルデ」
『はい、センセイは私が守ります』
ブリュンヒルデ……うん、いざとなったらあの大剣を使わせよう。





