22、クトネ
レダルの町を出発して4日。旅は順調に進んでいた。
ひたすら歩き、日が暮れる前に野営の準備、そして夕飯、川が近くにあれば身体を拭き、身体の疲れを取るため早めの就寝。
この繰り返しでひたすら進む。
というか、移動手段が欲しい。馬車とか通れば乗せてもらうんだが、この4日間、馬車はおろか人ともすれ違わない。
商人の馬車や冒険者グループとかとすれ違うかと思ったんだが……考えが甘かった。
まぁ、食料には余裕があるし、モンスターが出てもブリュンヒルデなら楽勝だ。心配のタネといえば、俺という存在くらいだ。
だって俺、戦闘能力皆無だし……腰に下げた金貨10枚の剣も殆ど飾りだしね。
そんなワケで、今日も夕方前に野営することにした。
街道から少し外れ、川を見つけたので近くにテントを張る。
岩でかまどを造り、薪を拾って火を起こし、鍋に川の水を入れて沸騰させる。ちなみに川の水はブリュンヒルデが水質検査してくれたので安心だ。
湯を沸かしていると、ブリュンヒルデが川魚を捕ってきた。しかも5匹も。
『センセイ、川魚を捕獲しました』
「おお、さっすがブリュンヒルデ、ありがとな」
『お役に立てて光栄です』
ブリュンヒルデが獲った魚の下処理をし、ブツ切りにして鍋に入れる。あとはレダルの町で買った野菜を適当に切って鍋に投入、味付けはシンプルに塩のみで。
今日のメニューは川魚と野菜の塩スープ、川魚の塩焼きだ。
「よーし、食べようかブリュンヒルデ」
『はい、センセイ』
ブリュンヒルデには、極力食事をさせるようにしている。
太陽エネルギーで食べる必要はないが、人間らしく生きるために食事は必要だ。なので太陽エネルギーは適度に吸収しつつ、食事もさせている。
「美味しいか、ブリュンヒルデ」
『申し訳ありません。私には飲食を行う機能が搭載されていますが、『味覚』情報を感じるセンサーは搭載されていません。人間の五感を機械で再現するのは事実上不可能とされています』
「あー……そっか、そりゃ残念だ」
俺の作った料理の味を知ってほしいが……さすがに難しいようだ。まぁ、こればかりはどうしようもないな。
食事を終え、片付けを済ませて一息入れる。
白湯に果汁を垂らしたホットドリンクを飲みながら、俺は地図を開いていた。
「うーん、マジカライズ王国はまだ先か……」
情報では、マジカライズ王国は魔王の一人である『夜の女王ナハティガル』が治める魔術国家だ。
このアストロ大陸に存在する魔術師の4割がマジカライズ王国出身と言われるほど、魔術に精通している。
オストローデ王国にいた頃、俺はチートの発現と身体を鍛えることばかりで、魔術の習得を全くしていなかった。魔王とは関係なく、もしかしたら俺も魔術を覚えるチャンスがあるかもしれない。
『センセイ。センセイは魔術を習得したいのですか?』
「ん、まぁな。今はお前がいるから何とかなってるけど、俺だって戦わなきゃいけない時が来るかもしれないだろ?」
『センセイは私が守ります』
「いや、そうだけど、いざという時だよ。不測の事態の備えってのは大事だぞ」
『なるほど。わかりました』
「そうそう……あ!! そうだブリュンヒルデ、俺に剣を教えてくれよ!!」
『申し訳ありません。私に剣術を指南する機能はありません』
「…………」
ソッコーで否定された。
いやまぁ、そうなんだろうけど……う~ん。
「じゃ、じゃあ魔術とかは?」
『残念ながら、私に魔術は使用不可。魔術という特殊能力は私が稼働していた時代でも、アンドロイド側にしか使用できませんでした』
「そうなのか? 不思議だな……人間が使うならともかく、アンドロイド側の力だったのか」
『はい。人間の技術者が魔術を模倣しようと研究を重ねていましたが、私に記憶されたメモリーには、どのような結末があり、現代で人間が魔術を使用できるようになったかは不明です』
「ふ~ん……というか、俺にも使えるはずなんだよなぁ」
『チート』持ちはみんな、ある程度の魔術を習得していた。もちろん、専門的な魔術師の生徒たちは、高レベルの魔術をいくつも習得していたけどな。
マジカライズ王国で機会があれば、魔術を習ってみたいな。もちろん情報収集が最優先だけど。
「よし、今日は寝るか……ブリュンヒルデ、悪いけど頼む」
『はい、センセイ』
ブリュンヒルデは眠らないので、安心して護衛を任せられる。
俺は寝間着に着替え、テントに潜り込んで布団を被った。
「ふぁ……おやすみ」
『おやすみなさい、センセイ』
小声で言ったのに、テントの外にいるブリュンヒルデは返事をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
出会いというのは、唐突に訪れるもんだ。
翌朝、朝食を食べてテントを手早く片付け、マジカライズ王国へ続く街道をひたすら歩く。すると、ブリュンヒルデが言った。
『センセイ、モンスター反応を確認。迎撃します』
「も、モンスター!?」
『はい。こちらへ来る反応が2つ。1つは人間、もう一つはモンスターです』
「え? に、人間?」
『はい。どうやらモンスターに追われているようです。モンスターを迎撃します』
街道の両脇は林になっており、どこからモンスターが現れるかわからない……と思ったが、ブリュンヒルデが左側の林をジッと見つめ、腰に下げてる『レアメタルソード』に手を添えた瞬間だった。
「うっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!」
『ブガォォォォォォォーーーーーーッ!』
ブリュンヒルデが見つめていた方向から女の子が飛び出し、その背後に2メートルほどのゴリラが飛び出してきた……こいつ確か、グリーンコングとかいうモンスターだ!!
「ぶ、ブリュ」
『排除します』
ブリュンヒルデは地面が抉れるほど強力な跳躍をした、と思ったらグリーンコングの首が消失していた。
どうやら一足飛びで飛び上がり、グリーンコングの首をあっさりと切断したようだ。
「へ……?」
「は、はやいな……」
俺と少女の驚きを無視し、ブリュンヒルデは剣を収め俺のもとへ。
『排除完了。センセイ、先を急ぎましょう』
「ああ。って待て待て」
ブリュンヒルデは少女を助けたのではなく、モンスターを倒しただけ。
この辺りがまだなんだよな……人助けって気持ちを学んでほしいというか……っと、とりあえず少女を助けないと。
俺はポカンと尻餅をついている少女の傍へ。
「大丈夫か?」
「え、あの……あれは、あちらの方が?」
「ああそうだ。それより怪我は?」
「えーと、平気ですへーき。ありがとうございます!」
少女は立ち上がり、俺とブリュンヒルデに向かってペコペコ頭を下げる。
とりあえず少女を観察する。
少女は長い緑色の髪を何本もの三つ編みにまとめ、丸メガネをかけている。顔立ちは幼く、まだ10代前半といったところだろうか。服はゆったりとしたローブに帽子を被り、手には仙人が持つような木の杖を持っていた。う~ん……なんか魔術師っぽいな。
「いやははは、実は森で薬草を採取してたんですけど、グリーンコングの巣穴に迷い込んじゃって。荷物は失くすし薬草は吹っ飛ばされるし、踏んだり蹴ったりですわ。あはははは!!………はは、はは」
「は、ははははは」
『………』
コメントしづらいな。明るく喋ってたけど最後のトーンが暗すぎた。
俺も乾いた笑いしか出なかったし、ブリュンヒルデなんて無表情に無言だし。
「おっと失礼。あたしは『マジカライズ王立魔術学園』1年のクトネと申します。よろしくですお兄さん、お姉さん」
「ええと、俺はセージ、冒険者だ。こっちは同じ冒険者のブリュンヒルデ」
『はじめまして。ブリュンヒルデと申します』
「セージさんにブリュンヒルデさんですね。……ほほう、セージさんは指輪持ちですか」
クトネと名乗った少女はメガネを光らせ、俺の指に装着されてる指輪に注目した。
「むふふふふ、実はこう見えてあたしも指輪持ちなんです。いやははは、お仲間に出会えるとは嬉しいですなぁ」
「お、ほんとだ。ははは、奇遇だな」
クトネは右手の指を上げ、俺に指輪を見せつける。
そういえば、指輪持ちって珍しいんだっけ。というかちょっと待て、この子。
「あの、マジカライズ王立魔術学園って?」
「おや、知らないのですか? マジカライズ王国にある最大の魔術研究所にして魔術学園でございますよ。魔術師を志す者なら誰もが憧れて入学する学園ですな」
「魔術……」
「むふふ、セージさん、魔術に興味がおありですかな?」
「……まぁ、使えればっては思うけど」
「なら、一緒にマジカライズ王国へ参りましょうぞ!! 助けてくれたお礼もしたいですし、道中であたしが指南してしんぜよう!!」
マジカライズ王国、魔術の王国か。
目的地でもあるし、クトネが魔術を教えてくれるならいろいろありがたい。
というかこの子……もしかして。
『なるほど。目的は道中の護衛ということですね』
「ぎっくりドキッ!! あ、ははは……その、荷物もなくなっちゃったし、あたし一人でマジカライズ王国まで帰るの大変だし……その、あはははは……」
「ははは……わかってるって。女の子1人で帰らせるつもりはないよ。それに、俺たちの目的地もマジカライズ王国だからな」
「おぉ!! さすがセージさん、ナイスです!!」
というか、クトネのテンション高い。
とにかく、マジカライズ王国出身のクトネなら、魔王についての情報も何か知ってるかもな。
というわけで、魔術師の少女クトネを連れてマジカライズ王国へ向かうことになった。





