188、地下通路
翌日。
キキョウは顔を隠すのを止め、黒い編み笠は紐で引っ掛け、頭の後ろに置いていた。
今日は買い出しをして、そのまま遺跡に出発する。朝食は町の露店で済ませることにした。
朝食と買い出しを済ませ、町を出る。
向かうは、ラミュロス領土へと繋がる遺跡だ。
俺は御者席に座り、手綱を握るブリュンヒルデとのんびりしていた。
「それにしても、キキョウはすんなり馴染んだな……」
『センセイのおかげです』
「そ、そうかな……どっちかと言えば、ごま吉や猫たちだと思うが」
居住車内では、動物に囲まれて笑うキキョウや、キキョウと楽しそうに話すクトネやアルシェの姿があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨夜は、素顔を晒したキキョウと話した。
キキョウは、二階の空き部屋の一つを使わせることにした。
昨日のうちに宿から荷物を引き上げ、特に仲間と交流することなく部屋に籠ってしまう。何度か様子を見に行ったが、座禅のような座り方で微動だにしなかった。
なので、刺客を放った。
『きゅう』『もきゅう~』
「…………」
座禅を組むキキョウの部屋に、ごま吉とジュリエッタを投入したのだ。
初めて見るキキョウに興味津々なのか、二匹はのそのそとキキョウにじゃれつく。
「…………」
『もきゅ?』『きゅうう』
「…………ふふっ」
おお、キキョウが微笑んだぞ。
二匹の頭をなでなでしてる。
「セージさん、気になるのでしたら中へどうぞ」
「……バレたか」
「当たり前でしょう。この子たちは守護獣ですね? なぜ二匹いるのでしょうか?」
「ああ、旅の途中で拾ってな……」
部屋に入り、ごま吉を抱っこして座る。
ジュリエッタはキキョウにじゃれつき、おなかを見せて甘えていた。
「何度も言うけど、お前が女だってことは誰にも言ってない。ブリュンヒルデやジークルーネは最初からお見通しだろうし、三日月は鼻が利くから……」
「もういいです。それより、私のあげた剣は使っていますか?」
「ああ。さっきは言いそびれたけど、あれがなかったらマジで死ぬところだったんだ」
せっかくなので、これまでの旅の話をした。
フォーヴ王国で超野獣王アルアサドやその部下と戦ったこと、ディザード王国でオストローデ王国の秘密兵器『ウロボロス』や、アンドロイドのハイドラと戦ったこと、ユグドラシル王国でライオットと戦い死にかけたこと、その後すぐに巨大兵器『カラミティジャケット』と戦ったことを話した。
「と、戦いの連続だった……いやはや、みんながいなかったら何度か死んでるわ」
「…………」
「ん、どうした?」
「いえ…………とても楽しそうだな、と」
「ははは。楽しいかどうかはさておき、強敵との連戦だ。たぶん、これからもっと大きな戦いになる。キキョウに鍛えてもらってもっと強くならないと」
「…………いいでしょう。厳しくいきますよ」
「ああ、頼む」
『きゅう~』『もっきゅ~』
「よしよし、ふわふわな奴だよ。ほらキキョウ、ジュリエッタが腹を見せてる、なでてやってくれ」
「え……こ、こうですか?」
キキョウは、ジュリエッタのお腹をサワサワなでた。
ジュリエッタは、気持ちいいのかトローンとしてる。すると、部屋に三日月とアルシェ、シリカを抱いたクトネが入ってきた。
「せんせ、楽しそう……」
「そーよそーよ! アタシにも抱っこさせなさい!」
「いやはや、あの『夜笠』がジュリエッタをなでなでするとは……」
アルシェにごま吉を渡し、三日月はキキョウの隣に座った。
クトネもシリカを抱っこしたまま座る。
「わたし、三日月しおん。しおんでいいよ」
「し、シオン……」
「アタシはアルシェよ。あんたの名前は?」
「き、キキョウです」
「キキョウね。よろしくっ!」
「アルシェさん、ホントに怖いもの知らずというか、フレンドリーというか……あ、あたしはクトネですー」
すると、女子会が始まってしまい、俺の居場所がなくなった。
立ち上がり、部屋を出てポツリとつぶやく。
「ゼドさんとルーシア誘って、軽く飲みに行くかな」
あとは仲良く、ごゆっくりどうぞ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
てな感じで、キキョウは馴染んだ。
馴染んだと言っても、アルシェやクトネの問いにボソッと返すくらいだが、今までみたいに編み笠を被って無視するよりは全然ましだ。
「そういえば、オルトリンデたちは元気かなぁ」
『問題ないと考えられます』
「まぁ、どんな敵が出ようと瞬殺しそうだな。ライオットもいるし」
『はい。オルトリンデお姉様とヴァルトラウテお姉様の連携は最強です。現在の私では勝率がほぼ0%です』
「前はバグってたしなぁ」
『はい』
他愛ない話をしながら、馬車は進む。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
半日後。
オリジンが教えてくれたという遺跡に到着……遺跡?
「な、なぁブリュンヒルデ……ここ、だよな?」
『はい、センセイ』
俺の見間違いでなければ、何もない更地なんですが……。
遺跡どころか建物すらない。街道から外れた林の中で、ラミュロス領土に続く断崖絶壁が見える。
ラミュロス領土は不可侵地域と聞いたが、不可侵もなにも道がない。
断崖絶壁の向こうに陸がある。こんなのどうやって進めというのか?
「おいおい、まさか穴を掘れとでもいうのかよ?」
『…………』
御者席から降りると、ジークルーネも降りてきた。
「センセイ、どうやら地下通路があるみたい」
「地下通路も何も、それっぽい目印もなんにもないぞ」
「うーん、完全に土で埋まってるね。場所は間違いないんだけど……」
「掘るしかないのか?」
「うん。あ、そうだ。お姉ちゃんなら開けられるかも!」
「え、ブリュンヒルデが?」
「うん。お姉ちゃんお姉ちゃん、ちょっと来て!」
『はい、ジークルーネ』
ブリュンヒルデとジークルーネが何かを話し合うと、ブリュンヒルデはゆっくり歩きしゃがむ。そして、いきなり土の中に腕を突っ込んだ。
「ちょ、ブリュンヒルデ!?」
「大丈夫。お姉ちゃんに任せて」
おいおい、ブリュンヒルデが腕を肩まで突っ込んでるぞ。おかげでお尻を突き出すように寝そべっている。
ジロジロ見るのも悪いと思い、顔を逸らした。
『見つけました。このまま引き上げます』
「え」
すると、ビシビシビシっ!! と地面に亀裂が入る。
ブリュンヒルデの腕が持ち上がると、地面がボゴボゴっ!! と割れた。そして……地下へ続く道が現れたのである。
つまりブリュンヒルデは、地面に埋もれた地下通路の扉を、地面ごと持ちあげたのだ。
とんでもない力技だよ……。
「お姉ちゃんの腕の長さ程度に埋まっててよかったぁ。もっと深ければ、最悪扉を破壊しなくちゃいけないところだったよ」
「そ、そうなのか……」
『任務完了です。では、行きましょう』
こうして、ラミュロス領土までの道が開かれた。
たぶん、戦いは避けられない。俺もがんばろう!