186、タケミカヅチ・Type-SUSANOO①/刀神
男は、サムライのような格好をしていた。
濃い紫の浴衣を着て草履を履き、浴衣はだいぶ緩いのか、胸元が開かれ腹にはサラシを巻いている。
腰には、立派な拵えの日本刀が2本差してあった。
伸びっぱなしの髪、無精ひげを生やした、40代後半ほどの男。
「ほぉぉ~……いい景色じゃのぉ」
男の名はゴエモン。
またの名を、オストローデ王国最強アンドロイド。
正式名称・『Osutorodeシリーズラストナンバー=Type-SUSANOO』。
アンドロイドを狩るアンドロイドにして、Osutorodeシリーズ最強の戦闘力を持った、オーディン博士最強最高の戦闘マシン。
その特殊能力と戦闘力は、他のアンドロイドとは比べ物にならない。
ゴエモンは、断崖絶壁にある広場から下界を眺めていた。
青い空、白い雲、緑の匂い。
まるで、この世界の楽園のような場所。そう感じていた。
「お前さんもそう思わんか?……『無剣』よ」
ゴエモンが声をかけた先に、1人の初老男性が胡坐をかいて座っていた。
手には大太刀が握られ、雄大な下界を眺めることなく目を閉じている。
男の名はバンショウ。S級冒険者『無剣』と呼ばれた、この世界最強の剣士である。
「なんじゃ……童」
「おう! おぬしを斬りにきた!」
「…………」
ゴエモンは、とても楽しそうに笑う。
大してバンショウは、閉じた目を開けることもせずに佇んでいる。
「去れ、小童を斬る趣味はない」
「カッカッカ!! この儂を小童とは……人間とはやはり面白い!!」
「む…………ほぅ、おぬし、化生のたぐいか」
「まぁそんなもんじゃ。手土産もある、戦る前に付き合ってくれんか?」
ゴエモンは、亜空間収納していた大きな徳利を転移させると、バンショウの傍へ。
バンショウも拒まず、どっかりと座った五右衛門からお猪口を受け取った。
「まずは一杯」
「……酒となれば話は別、付き合おう」
「カッ、現金なジジィじゃ」
バンショウはニヤリと笑い、ゴエモンが注ぐ酒をジッと見た。
お返しとばかりに徳利を奪い、ゴエモンに注ぐ。
「で、何に乾杯する?」
「ふん、この大地に」
「おお、この大地に」
お猪口を掲げ、一気に呷る。
「ほぉ、なかなかの酒じゃ」
「だろう? とある少数部族が作った秘伝の酒じゃ。いろいろ吞んだが、これに勝る酒はない」
「ふ、化生の類が酒を語るか」
「カッカッカ!! 違いない……こんなもん、儂からすればただの水じゃ……」
「…………」
ゴエモンは、悲しそうに微笑んだ。
アンドロイドであるゴエモンのエネルギーは太陽光。酒を飲んだところで酔うこともないし、味なんてわからない。
人間が酒を飲み、酔い、笑う姿をよく見ていたゴエモンは羨ましく感じていた。
まるで人間のように。
「……おぬし、名は?」
「ゴエモン」
「……なぜ、ワシを斬ろうとする」
「最強になるため。それが儂の存在理由であり、オストローデ最強のアンドロイドである証。王に誓ったんじゃ……この大陸を統一するための『刀』となるとな」
「……ほう」
「儂は今まで998人の剣士を斬り、その力を我が物としてきた。中には、儂自身が破壊されてもおかしくない使い手たちもいた……やはり、人間は侮れん」
ゴエモンは徳利を掴み、バンショウのお猪口へ注ぐ。
「戦えば戦うほど強くなる、それが儂の開発コンセプトじゃ。戦闘技術、異能、必殺技、全てを完璧に模倣し己が物にする究極のトレース能力。そして儂はその能力の先を見た。模倣するだけでなく、全てを組み合わせ、新たな力に昇華させる……だが、まだ足りない」
「…………」
バンショウは、ゴエモンが何を言ってるか完璧には理解できていない。だが、とても楽しそうに語るゴエモンの邪魔をしようとせずに、お猪口を傾ける。
「ようやく、儂を満足させる剣士が現れた。しかも2人……『無剣』のバンショウ、そして『夜笠』」
「ほう、夜笠とな?」
「おう!! まずは『無剣』、おぬしを斬る!!」
「……いいだろう」
バンショウはお猪口を投げ、立ち上がる。
ゴエモンも徳利を投げ捨て、バンショウに向き直る。
2人の距離は、1メートルもない。
「話はさっぱり理解できんかったが……ゴエモン、おぬしは面白い」
「カッカッカ!! そりゃどうも……」
ゴエモンは、腰に差している二刀の柄に手を掛け、バンショウは長太刀の柄に手を添えた。
「死した場合、骸はここでかまわぬな?」
「うむ、バンショウ、おぬしも?」
「かまわぬ」
ブワァッ!! と、剣気が周囲に広がり、木々に止まっていた鳥が一斉に羽ばたいた。
チリチリとした空気だ。
まるで、重力が2倍になったかのような重さ。
「いざ、尋常に……」
「勝負!!」
そして、達人同士の戦いが始まった。