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5. ラスト・ショット

 菅谷すがやはケイを捜した。方法は簡単である。事故に遭った高校に問い合わせ、修学旅行に参加しなかった生徒を捜し出すだけだ。


 ここでようやく菅谷はケイの本名を知ることが出来た。予想通り、“K” は名前のイニシャルだった。


 学校から今度は自宅を突き止めた。これ以上、ケイに罪を重ねさせたくなかったからだ。


 ところが、すでにケイは姿を消していた。新聞記者だと偽って、ケイの母親に部屋の中へ入れてもらったが、問題のライカも見当たらない。ただひとつ、机の上には写真が置かれていた。ケイが教室で撮影した、クラスメイトの写真が。


 また、親の銀行口座からは、すべての預金が引き落とされていた。何処か遠くへ行くつもりなのか。置き手紙などは一切なく、何も知らない母親はおろおろとしており、菅谷は胸が痛んだ。自分が一番の理解者だと思っていただけに、彼を止められなかったことが悔やまれる。


 それ以来、ケイとの連絡は途絶えた。


 あれから二十年近く――


 声は少し大人びた感じがするが、最後に電話をしたケイを彷彿とさせた。


「――あれからどうしていたんだ?」


 菅谷は何度も電話して尋ねたかったことを、長年を経て、ようやく訊くことが出来た。


『あれからアメリカへ渡りました』


「アメリカ?」


『ええ。昔から行ってみたかったんです。自由の国、人種のるつぼ――そこなら僕にも生きる場所があるんじゃないかと思って。偏狭な日本にはうんざりしました』


 ケイは疲れたような声を出した。初めて聞くような声。この十数年で彼を変えてしまったものとは何だろう。


「それで君にとってのアメリカはどうだった?」


『確かに大きな国でした。でも、日本と大きな違いはありません。自由だの平和だのと言葉だけは大層なことを掲げていますが、やっていることは同じです。他人を傷つけ、自分だけを正当化させる。人間はろくでもない生き物です。僕は幻滅しました。人間に。そして自分にも。僕も他の人と同じ人間なのだと気がつきました。結局は僕も人間という最低な存在の一人なのだと気づかされました……』


「そうか。でも、それを自覚することで、自分を変えていくことも出来るんじゃないのかな? 私は人間に絶望していない。人間にはイヤな部分もあるが、素晴らしい部分だってたくさんある。未来永劫、争いは絶えないかも知れないけど、少しずついい方向へ歩いていければと思っているよ。私はそう信じているんだ。──楽観的にも程があるかな?」


 菅谷は尋ねた。やや間があって、ケイは「そうですね」と短く言った。


『――ところで菅谷さん、パソコンのメールアドレスを教えていただけませんか? 今すぐ、そちらに送りたいものがあるのですが』


「ああ、分かった」


 菅谷はメールアドレスをケイに教えた。すると受話器から、微かにパソコンのマウスをクリックする音が聞こえる。


「何を送っているんだい?」


『写真です』


 ケイの言葉に、菅谷は不吉なものを感じた。まだ火も点けていないタバコを灰皿に投げ捨てる。


 菅谷は急いで自分のデスクに戻った。途中、忙しく立ち回る同僚たちに行く手を阻まれる。苛立ちを隠しもせず、邪魔な若手編集者を押しのけるようにして、菅谷は席に着き、パソコンのメールをチェックした。


 一通のメールが届いていた。画像が添付されている。開いてみると、ディプレイに表示されたのは都市部の景色だった。


「こ、これは……?」


 中央に大きなビルが二つ連なっている。そのビルが菅谷の記憶を呼び覚ます。


『それが何のビルだか分かりますよね?』


 ケイは十数年前のあの日と同じ声音に変わっていた。喉の奥で声を押し殺して笑うような不気味さ――菅谷は血の気が引いていくのを感じた。


世界貿易ワールドトレードセンター……」


 2001年9月11日、ニューヨークのシンボルのひとつでもあった世界貿易ワールドトレードセンターは、イスラム原理主義のテロ組織、アルカイダの標的となり、ハイジャックされた旅客機二機が次々と衝突、多くの犠牲者を出して崩壊した。


 アメリカ同時多発テロ――その後、アメリカはイラクに戦争を仕掛け、未だにアラブ各国を巻き込んだ紛争やテロは続いており、人々の苦い記憶となっている。


『その写真は、あのテロが起きる二日前に、僕がライカで撮影したものです』


 平然と言ってのけるケイに、菅谷は憤りを感じた。


「どうしてこんなことを!?」


『実験ですよ。それまで人物しか撮ったことがなかったので。でも、これでライカの力は人間だけでなく、建造物にも影響するのだと証明できました。もっとも、本当は建物じゃなくて、その中にいた人を死に至らしめるものだったのかも知れませんが。まあ、それはどっちでもいいことです。そこで僕はひとつの計画を立てました』


「計画?」


『そうです。地球のゴミみたいな人間はすべて死んでしまった方がいいんです。僕はそのために、ライカの力を使うことにしました……さすがに二十年近くもかかるとは、思いもしませんでしたが』


 ケイに対して反論しようとした菅谷だが、パソコンからメールの着信音がして、気勢を削がれた。発信者は──再びケイだ!


『もちろん、すべての人間と言うからには僕も含まれていますよ。僕も汚い人間の一人だ。菅谷さんが言った通り、自分の怒りを知らしめるために、クラス全員を殺した人間ですからね。今度は逃げたりしません。僕も同じ罰を受けます』


 菅谷は受信したメールを開いた。そして、愕然とする。


 ケイから送られて来た二枚目の写真──それは大人になったケイが自撮りをしたものだった。


 そして、肩越しに写っている小さな窓の外に見えるのは、漆黒の宇宙の中で鮮やかに浮かんでいる蒼い地球――


『菅谷さん、次の写真も届きましたか? それは一昨日、地球に戻って来る直前、国際宇宙ステーションで撮ったものです。地球全体を撮れなかったのは残念でしたが、それだけ写っていれば充分でしょう……菅谷さんには、是非とも見てもらいたかった……この世界で最後の写真です』

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