3. 呪われたライカ
ケイの言葉を聞いて、菅谷はすぐにその意味を理解できなかった。
――撮影後、モデルになった人たちが死んだ?
「悪いけど、初めから順序立てて話してくれないかな」
菅谷はそう言いながら、手元にメモ帳を引き寄せた。
『分かりました』
ケイは語り始めた。自ら体験した不思議な出来事を。
『僕は前々からカメラに興味があったので、この春、アルバイト代を叩いて、中古のライカを買ったんです』
「へえ。中古とは言え、ライカじゃ高かったろう?」
菅谷はカメラのことに詳しくなかったが、さすがにライカの名前くらいは知っていた。プロの報道カメラマンも愛用しているカメラだ。
『ええ、まあ。でも、デジカメとかじゃなくて、本格的なヤツが欲しかったので』
「なるほどな。それで、そのカメラで撮影をしたんだね?」
『はい。とりあえず試し撮りということで、近所の商店街の人たちをモデルにして撮影しました』
菅谷は送られて来た写真を並べた。なるほど、何処かは分からないが、一定の地域で撮影されたものらしい。だが、そこが何処かを尋ねても、おそらくケイは答えないだろう。そのつもりがあれば、最初から自分の名前や住所を伏せたりはしないはずだ。
「よく撮れているじゃないか。いい写真だよ」
『お世辞はいいです。それよりも、そのあと、大変なことが起きたんです』
「モデルにした人たちが死んだ、と言うんだね?」
『はい』
ケイはやや緊張したような感じだった。きっと罪の意識に苛まれているに違いない。
昔から、写真を撮ると魂を抜かれる、という迷信がある。ケイが買った中古のライカは、まさに迷信通りの呪いのカメラなのかも知れない。或いは、ケイにそのような超能力でもあるのか。菅谷は様々なケースを頭に思い浮かべた。
『僕の話、信じてくれますか?』
ケイが尋ねた。
ネタとしては面白い話だ。しかし、それを真実だと受け取るかどうかは別の問題である。会話をしてみての感触としては、ケイがからかい半分に電話をしたとは思えないが、菅谷もプロの編集者だ。最後のところでは慎重を期す。
「最終的には編集長にお伺いを立ててみないと分からないけど、私としては君の写真をプッシュさせてもらうよ」
無難な答えだった。使用しなくても、自分の責任ではないよ、と暗に言い含めているのだ。
ケイは菅谷の意図を理解したかどうか、とりあえず「お願いします」とだけ言って、電話を切った。
それから菅谷は、送られて来た写真を持って、編集部の人間に片っ端から、ここは何処の商店街か尋ねて回った。もし、イタズラなら、それを投稿コーナーに載せてしまうのは癪だ。せめて、写真に写っている人物の安否を確認したかった。
やがて、編集部の先輩から、自宅があるという埼玉県入間市に、似たような商店街があるという話を聞けた。
翌日、菅谷がその商店街を訪ねてみると、当初の疑念は確信へと変わった。
確かに、写真のモデルたちは、全員、死んでいた。
死因は様々――老人は心臓発作、八百屋の主人はクモ膜下出血、小学生の二人は歩道に突っ込んだトラックに押し潰された。
それだけなら、あらかじめ死んだ人間の写真だけチョイスして送るという、手の込んだイタズラも考えられる。
しかし、限定された地域に住む四名もの人間が、同じ日に亡くなったという事実を突きつけられては、戦慄を覚えずにはいられない。ケイの話は本当だったのだ。
残念ながら、ケイが何者であるかまでは分からなかった。ただ、問題のライカを売っていたらしい質屋は突き止めている。商店街の人々が死んだ前々日くらいに、まだ高校生くらいの少年が買っていったという話を店主から聞けた。もちろん、それが呪いのカメラだったらしいことは黙っていたが。
編集部へ戻ると、菅谷はケイの投稿写真を翌月号の「アトランティス」に掲載することにした。編集長も面白いと言ってくれ、菅谷の取材記事も追加して、前代未聞の増ページが決定。投稿コーナーがここまで活気づいたのは、創刊以来初めてのことだ。
菅谷は携帯電話の番号を交換していたケイに、そのことを報告した。
『僕の話、信じてくれたんですね』
心なしか、ケイの声は弾んでいるように聞こえた。普段、仲間たちからも離れて独りになっている少年のイメージが思い浮かぶ。
「ああ、もちろんだよ。おめでとう。──ところで、これからどうする? そのカメラで人は撮れないだろう?」
ケイが人の魂を抜き取るカメラを今後どうするのか、それが問題だった。
『アルバイト代をやっと貯めて買ったものですから、今すぐ壊したり捨てたりは出来ませんが、押し入れの奥にでも仕舞っておくつもりです』
「そうだな。それがいいかも知れない」
以来、二人は時折、近況を報告し合う仲になった。
親しくなってからもケイは本名を明かそうとはせず、自分のことをあまり喋りたがらなかったが、徐々にではあるものの、次第に彼の人となりが分かった。
ケイは入間市の高校生だ。そして、おそらく兄弟はおらず、学校でも友達が少ないのだろう。ひょっとすると、一番、話しやすい相手は菅谷なのかも知れない。
ときに兄のように、ときに友人のように振る舞って、菅谷はケイを励ました。
次第にケイは明るくなっていった。その理由は菅谷の励ましばかりでなく、学校に好きな女の子が出来たかららしい。
もっとも、引っ込み思案なケイは、自分の気持ちを相手に打ち明けることも出来ず、密かに想っているだけのようだったが。