2. 読者投稿コーナー
当時、菅谷は月刊「アトランティス」の読者投稿コーナーを担当していた。ハガキやファックス、Eメールなどで、読者が体験した不思議な出来事を募集し、四ページに渡って紹介するコーナーだ。
まだ電子マガジンはなく、ペーパーの雑誌が全盛だった時代。担当は菅谷を含めて三人いたが、毎月、千通くらいの投稿があるので、それをひとつひとつ吟味し、コーナーで採用できるかどうか検討する作業は骨が折れた。
そんな投稿者の中にケイがいた。A5サイズの封筒に住所は書かれておらず、差出人の名前もアルファベットの “K” のみ。たまたま菅谷の担当分に紛れ込んでいた。
中を開けてみると、何の変哲もない写真が数枚――公園か何処かのベンチに座った老人や商店街で働く八百屋の主人、登校中らしいランドセルを背負った二人の男の子といった写真だった。
編集部に送られて来るのは、普通のスナップ写真に白いモヤのようなものが写った心霊写真と称したものだったり、UFOの写真だと言って、ぼやけた風船みたいなものがほとんどだ。
ところが、ケイが投稿コーナーに送って来たのは、写真コンクールにでも出した方が良さそうな、ありきたりな日常を撮影したものだった。不審な点は何もない。送られて来た写真に共通しているのは、人物を撮影したもの、というだけだ。
本来であれば、そのような写真は月刊「アトランティス」にふさわしくないということで、菅谷も気にしなかっただろう。投稿写真なら、一目で読者を驚かせるようなインパクトが必要だ。こんな写真では使い物にならない。
だが、なぜか菅谷は、その写真が気になって仕方がなかった。
そこへちょうど投稿コーナーの担当者宛てに電話が入った。最初、電話を受けたのは、菅谷と同じ担当部署の若い女性だった。菅谷が応対した女性編集者の方を窺うと、彼女は露骨に怪訝な顔をして聞き返す。
「お名前は? ――えっ? ケイ?」
その女性編集者の声に、菅谷はハッとした。
「その電話、誰から?」
女性編集者は、電話の主に「少々、お待ちください」と言ってから、受話器を手で塞いで、
「ケイって名乗っています。多分、読者じゃないでしょうか。何でも、投稿写真がそろそろ届いた頃だと思うから、担当の人とちょっと話がしてみたいって」
「オレが出る」
「まだ子供っぽい声ですよ。イタズラかも」
渋る女性編集者の手から、菅谷はひったくるようにして受話器を取った。
「もしもし、お電話替わりました。私、担当の菅谷と申します」
『………』
電話の向こうからは、ためらうような沈黙があった。緊張しているのかも知れない。
「もしもし?」
『……もしもし』
ようやく声がした。女性編集者の言うように、まだ少年らしさが残る声だった。中学生、或いは高校生だろうか。
「君が写真を送ってくれたケイだね?」
『……はい』
声はとてもか細く、聞き取りにくかった。内向的な少年なのかも知れない。イタズラで電話を掛けてくるタイプではない、と菅谷は睨んだ。
「拝見しましたよ。でも、あの写真、どういう意味があるの? 私には普通の人物写真に見えたけど。それとも何か他に写っているとか?」
『……いいえ、そうじゃありません……写真自体は平凡なものです』
「それじゃあ、どうしてウチへ送って来たのかな? 君も知ってると思うけど、ウチは世界中のミステリーを集めた雑誌で──」
『知っています。だから、あの写真を送ったんです』
少年──ケイの口調が、少し早くなった。何かを知らせたいらしい。
菅谷は受話器を持ち直した。
「どういうことか、ちょっと分からないんだけど。説明してくれないか?」
『あの写真は──』
ケイは少し間を置いた。まるで緊張で乾いた唇を湿らすかのように。
『──あの写真に写っている人たちは、僕が撮影した数日後、全員、変死したんです』