1. 月刊「アトランティス」編集部
月刊「アトランティス」の編集部は、締め切り間際ということもあり、まるで戦場のような騒ぎだった。あと六時間で、すべての原稿を印刷所に回さなければ、来月号の刊行に支障を来す。
現在はインターネットで簡単に購入できる電子マガジンが売上の七割以上を占めるようになっており、発売前日までにデータを入力すれば済むが、厄介なのは昔ながらの紙媒体だ。こちらは印刷物として、全国の書店に配送しなければならず、発売の前日までに原稿を上げればいいというものではない。
これでも昔に比べれば、入稿から印刷までの時間が短縮され、取材と編集に費やせる時間は増えたのだが、それでも締め切り前の慌ただしさは相変わらずだった。
第二特集記事担当である菅谷繁は、ゲラのチェックが終わり、一人、ホッと息をついていた。
月刊「アトランティス」は、世界の超常現象などを扱ったミステリー・マガジンである。UFOから超能力、心霊現象、果ては古代の超文明まで、ほとんどがフィクション紛いの怪しげな記事が売り物だ。
今回、菅谷が取材したのは、このほど新潟で発掘されたストーン・サークル――のようなもの――で、大きさは異なるものの、佐渡島でも同じものが発見された。造られたのは弥生時代の中期頃らしい。果たして、ストーン・サークルが意味するものは何か。古代のオーパーツの一種なのか──といった内容の特集だった。
この手の記事は何度も手掛けており、ベテラン編集者の菅谷にとっては、軽い仕事とも言えた。それに第二特集記事は、月刊「アトランティス」のメインになる第一特集記事に比べ、扱いが小さい。編集長からも、すぐにOKをもらった。
原稿の直しで忙しい第一特集記事の同僚たちを横目に見ながら、菅谷はタバコを吸おうと編集部から退室した。タバコは所定の喫煙コーナーで吸うのが決まりだ。菅谷が入社した頃は、自分のデスクでおおっぴらに吸えたのだが、これも時代の流れ、致し方ない。
普段はヘビースモーカーたちがたむろする喫煙コーナーも、さすがにこの忙しい締め切り日だけあって、誰も休憩している者はいなかった。
菅谷はややくたびれた長椅子にどっかりと腰を降ろすと、懐からタバコを取り出す。火を点け、タバコの煙で肺を満たすと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。ひと仕事終えたあとのタバコは格別だ。
一本目を吸い終え、二本目を口に咥えたとき、携帯電話の着信音が鳴った。
「はい、菅谷です」
口にタバコを咥えたまま、菅谷は電話に出た。
『菅谷さん、お久しぶりです』
「君は……」
菅谷はその男の声に聞き覚えがあった。思わず、口からタバコを離す。
「ケイ……君なんだな?」
『憶えてくれていたんですね、菅谷さん』
電話の声は抑揚に乏しかったが、微かに上擦っているように菅谷には聞こえた。相変わらずだ、と声の主の人となりを思い出す。
「もちろん、憶えているとも。もう十年……いや、十五年ぶりくらいか?」
『いえ、それ以上です』
「そうか、そんなになるか」
菅谷はケイと知り合った頃を懐かしく思い出していた。