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アヴィルとヴァンピールの友達

【?】

本編第5巻 閑話「思いがけない遭遇」の直前の話。


【登場キャラクター】

アヴィル / シュガレット



三人称視点 原作 / 裏話

 白く光る魔法陣(ペンタクル)の上、アヴィルはふわりと降り立った。瞬時に、甘い酒と血の匂いが鼻を掠め、どこか陽炎(かげろう)のような話声、笑い声が聞こえてくる。

 ここは見知った居酒屋──ベルンにある『有か無か』(*1)だ。ちょうどカウンターの奥、客に見えない位置にいる。


 自分だけ塔の外に出るのは少し(こす)いかもしれない、メアリに外の空気を吸わせた方がいいのか、などの懸念が脳裏によぎったが、すぐにかき消した。甘いことは言ってられない。


 転移(テレポート)魔法で現れたアヴィルを見て、女がにこりと微笑みかける。


「いらっしゃい」

「毎回わりーな、シュガレット」

「いいんでしゅよ。今日もまた居酒屋めぐり?」


 カクテルを作りながら、シュガレットはそっと問いかける。『す』だけを必ず噛んでしまうのは、彼女の癖だった。相変わらずまだ治っていない。


 シュガレットはヴァンピールという使族(しぞく)で、この店『有か無か』の店主だった。

 『有か無か』はヴァンピールのための居酒屋で、眷属やヴァンピール、彼らをよく思う者たちがやってくる。各都市に同じ名前の居酒屋があり、ヴァンピールのあいだではかなり有名な店だ。


 

 シュガレットはヴァンピール特有の赤い瞳を(せわ)しなく動かして、額に滴る汗を拭った。白い手袋が汗で滲んでいく。

 冷たいカクテルを作っているはずなのに、店の陽気のせいかどこか暑苦しい。


 邪魔にならない位置に移動すると、アヴィルは壁にもたれながら答えた。


「今日は宿屋の方に行こうと思って。昨日、大きな商隊がもうすぐ街に来るっつー聞いたからさ」


 アヴィルは壁から離れると、慣れた手つきで彼女に氷やリキュールを渡す。ここに来る時はいつもしていることだ。

 

 シュガレットの黄金からオレンジに変わる長髪は、接客や料理の際に邪魔なのか、太い三つ編みに結われている。前髪もきちんと両側で止め、額や頬──今も残る左頬の傷も含めて、(あらわ)になっている。


「明日も頼むと思うけど……なんつーか、忙しくねーか?」

「お母さんのときからの付き合いでしょ。今更そんなこと気にしないでよ」

「まーな。つーか、娘とかは手伝ってくんねーのかよ」


 シュガレットはヴァンピールで、まだ56歳だ。人間にすれば30歳ほどの見た目である。

 アヴィルが幼い頃世話になったのはシュガレットの母だが、彼女はもうヴァンピールの中ではいい歳だ。昨日は店にいたが、今日は裏にいるのだろう。


「あらぁ、もうあたしが死んじゃうことを心配してくれてるの?」


 冗談めかしにくすくす笑うと、アヴィルに「それ取って」とマドラーを指さす。


「さすがにそうじゃねーけどさ、お前は俺の娘みたいなもんだから」


 彼女はおっとりとした垂れ目を静かに瞬かせて、アヴィルの胸元に顔を寄せた。恥じらいと妖艶さを混ぜたような目付きで、からかうように言った。


「……じゃあミティは孫? お母さんはいいのに、あたしやミティとは遊んでくれないの?」

「はいはい、また今度な」


 これもいつものやり取りだった。頭をとんと叩くつもりだったが、ふと思いとどまってアヴィルはその手を宙で浮かせた。


「俺、彼女できたからしばらくはそーいうことすんなよ」

「『そういうことしゅるな』なんて、格好付けちゃって」


 シュガレットは怒ったフリでわざと頬を膨らませると、出来上がったカクテルを持ってアヴィルから離れた。長い三つ編みが左右に揺れる。

 それをなんとはなしに目で追いながら、彼女の後ろ姿に声をかけた。


「また明日も頼むぜー」

「意地悪しゅる人には、転移(テレポート)魔法なんて使ってあげないんだからねー」


 シュガレットもその母も、信用できる者のうち一人だ。だからこそ魔印を交わしてあるし、こうして転移(テレポート)魔法で転移先に指定することができる。

 どうせこれは冗談であると思いながら、もし彼女たちがいなくなったら色々と不便──そして、悲しいだろうな、と思った。


 ある意味、アヴィルは彼らを愛することがなくてよかったとさえ思う。恋愛という意味で愛してしまったら、ラミアの運命(さだめ)の通り束縛し、嫉妬し、そして塔に閉じ込めなければいけない。

 彼らがいなくなることを“悲しい”という感情だけでは片付けきれなくなるだろう。


 まるで自分が人間であるかように彼らと接することができるのは、彼らを“愛”してはいないからだ。ただ、大事には思っている。もしかすると、これが家族というものなのかもしれない。

 これくらいの距離でメアリとも仲良くできたら──と、アヴィルは意味のない“もし”を考えて苦笑した。



「悲しいこと、言うなよな?」


 笑いながらひらひら手を振って、居酒屋『有か無か』をあとにした。

*1『有か無か』

(ヴァンピールやその眷属、ヴァンピールと仲の良い者が利用する酒場。吸血行為も行って良いとされている。各地に同じ名前の酒屋が作られ、ヴァンピールたちの中では有名。店の名前は、ヴァンピールの特徴、感情を“有り”にするか“無し”にするか、というところからきている。

本編初登場は第69話『有か無か』。こちらはベルンではなく、アゴールという都市にある『有か無か』である)

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