冒険者の隣人は生きるか死ぬかです 2
「……ねぇサーシャちゃん。もしかして私達、いわゆる詰み、なのかしら?」
普段と変わらない様子でローレル姉がそっと囁く。
私と最も長く付き合っているのは彼女だ。だからこそ分かるのだろう。
普段の私なら、そろそろ異能の知らせによって行動している筈なのだから。
「ダメなんです……。この扉を開けても、訪れる結末は変わらない。ううん、むしろ開けた瞬間に死が確定してしまう」
もしかしたら、ここで粘っていればまた違う未来が手繰り寄せられるかもしれない。
それは本当に望みの薄い賭けではあったけど、少なくともこの扉を開けるよりは遥かにマシだと思えた。
いや、正直に言ってしまえば――――
「ここで粘り続ければ、貴女は助かるのね?」
ローレル姉の言葉が、重くのしかかる。
そうだ、私は見た。ここで粘る事でリーダーもゼップもローレル姉も斃れるけど、私だけは生き残る。そんな未来を。
「だけど、そんなのは嫌だよ。私……」
だから今、私はどうにかならないかと足掻いている。
本当に全部くまなく探したのか、隠し通路の見落としはないのか?
全員で無事に生還できる未来は掴めないのか。
「私だけ生き残るのは、嫌だよ」
自然と涙が浮かび、視界が滲んでよく見えなくなる。こんな所で泣いている場合じゃないのに。
どうにかしないといけないのに。
「と、言うことだそうよ。お二人さん?」
その言葉を聞いて、ローレル姉は二人に問いかける。
「いやぁ、今の流れでソレはズルいっしょ……」
決意を固めたような調子でゼップが言う。彼の持つ杖に力が集中していくのが感じ取れた。
「俺ぁ死ぬつもりなんぞないからな」
リーダーが納得行かないような口調で呟いた。私を安心させるような声色で。
「まあ最悪、サーシャちゃんだけでも生き残れば良し、よね」
珍しく微笑みを浮かべて、ローレル姉が意識を集中させる。もうとっくに限界を迎えているはずなのに。
「そんな……私!」
「勘違いするんじゃねえぞ。サーシャ」
私の言葉を遮ってリーダーが言う。
「お前の異能で助けられてきたのは事実だ。だがお前の見る未来は絶対じゃねえ、それも事実だ」
――――だから全員が助かる気でいりゃ、そういう道も見えてくるだろうよ。
そうしてリーダーが剣に気を集中させた所で、私は未来を垣間見た。
「ゼップ!そのスケルトンに衝撃の魔術!そしたらリーダーは天井を崩して!」
「応ッ!!」
「任せときな!――――<強く><圧せ>!」
咄嗟の指示にもかかわらず、二人は私の言葉通りに行動してくれた。
ゼップは魔力を込めた言葉により衝撃を生み出し叩きつける衝撃の魔術を黒いスケルトンへ。
リーダーは剣に纏わせた気で穿つ力を強化した刺突を天井へ向けて放つ。
衝撃によって黒いスケルトンは僅かではあるが後ろへ下がり、その隙にリーダーが気によって強化された刺突を天井に叩き込む。
私が見た未来では、その部分が攻撃で崩れることで誰かが落ちてきた。
特別脆くなっていたのかもしれないし、何か魔法的な罠が仕掛けられていたのかもしれない。
あるいは、攻撃に反応して崩れる床だったのかもしれない。経緯や理由は分からないが、崩れるという事実がある。
誰かが落ちてくるという事実もある。その人が居ることで何かが変わるという、確信に近い予感もある。
「おわぁ!?」
悲鳴とともに落ちてきた人物は、黒髪の男性で――――
「うわーびっくりした。落下罠か……」
なんというか、本当に普通の、鎧も武器も持たない普通の青年だった。
――――ごめん皆。私、選択を間違えたのかもしれない……。